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まず、蔵を開けて風を通す。
「おはようございます、付喪神さま。」
それから一体ずつ、丁寧に磨いたり声を掛けたり。
一番最後に鏡を袋から出して手に持つ。
心の中で話しかける。
心を落ち着けて会話する、この時間が一番好きだ。
朝の禊をして、朝食を摂る。
今朝は卵焼きがうまくいった。
昨日、浅葱が転移で送ってくれたおかげでゆっくり休めた。
「今日は、郵便箱に返事が来ているかな。」
朝食後に郵便箱の中を確認しておこう。
家の外に郵便箱を設置している。
郵便箱の中を覗く。
「小包?なんだ。」
昨日、向日葵に手紙を出したが小包が来るとは。
小包を手に取ると、勝手に開いた。
「え。」
梅芝が執務室の扉を叩く。
中から返事があったので、扉を開けた。
執務室に入って、浅葱を目で探して声を掛ける。
「浅葱先生、真朱先生がまだ(門のところに)来てないんですけど。」
「こっちにもまだ来てないよ。」
浅葱が執務机から顔を上げた。
「いつもこの時間には、来てるんですけど。」
梅芝は、だいたい自分か守衛が真朱の送迎サービスをしているので心配していた。
「私、見て来ましょうか。」
桔梗が気を利かせた。
「いや、ぼくが行くよ。桔梗は行きは転移で行けるけど、帰りは連れて来れないだろう。」
「私は、今日は帰りも転移しますよ。」
「彗さまのお手伝いがあるので、真朱さまだけ走って来られたらいいんじゃないですか。」
梅芝が桔梗の提案に目を剥く。
真朱ちゃん一人で来させるなんて駄目だ。
それじゃ、いつ学院に到着するか分かったもんじゃない、と思い梅芝が提案する。
「オレが行って、一緒に走って学院まで戻りますよ。場所教えてください。」
「浅葱先生の親戚なら、学院の近くですよね。」
桔梗が片腕を組んで、片方の手のひらを頬に当てる。
小首を傾げて言った。
「真朱さまは、どちらかというと山の近くですかね、彗さま。」
「桔梗、梅芝くんに地図を渡して。場所を教えてあげて。」
「あれ、やっぱり真朱先生まだ来られてないですか?」
守衛さんも執務室に確認に来た。
「あらあら、真朱さま人気者ですね~。」
桔梗が書庫棚から地図を探して、複写して梅芝に渡す。
梅芝が桔梗から地図を受け取った。
「今からオレが迎えに行きますので。」
守衛さんに大丈夫だと目で伝える。
梅芝は守衛さんをいわゆる同志だと思っていた。
「さ、彗さまは今から講義ですよね。行きましょうね。」
梅芝は地図を参考に何度か転移してようやく着いた。
すごい山の中だ。
山道が続く。
これ以上の転移は止めよう。
獣が出た時の為に霊力を残しておこうと考える。
「しかし、本当にここに住んでんの。静かというより寂しい感じなんだなー。」
50m先に平家が建っているのが確認できた。
あれか〜。
「あれ…。」
家の前で気を失っているのか、真朱は倒れていた。
「真朱ちゃんっ」
抱き起こす。
髪に付いた土やらが、パラパラ落ちる。
「ん。」
黒目がちの瞳が、潤んでいる。
「梅芝くんだ。」
「いや、え。は?」
明らかに様子が違う。
頭を触って確認する。
「頭ぶつけた、とか?え、双子?」
クスクス…
「私は、一人っ子だよ。」
「心配かけてごめんね、迎えに来てくれてありがとね。」
真朱は黙っていれば美少女の部類だった。
可愛らしい喋り方がそれに拍車をかける。
「桃源郷…?ここを出たら夢から覚めるとか。」
梅芝は頭を振った。
「とりあえず、立てますか。」
「ん。」
手を伸ばして『抱っこして』をする。
「…、やっぱり誰これ。」
しょうがないので、横抱きにする。
この格好で学院まで走るのは、かなり恥ず。
「掴まってください。」
鍛錬と思おう。
腕と脚に霊力を纏って術を発動させた。
学院に辿り着くまでの間、通りすがりの人達から好奇の目で見られた。
「やっと、着いた。」
「もー、しばらく表歩きたくない。恥ずい。」
「急いで、浅葱先生のとこ行こ。」
真朱は、ぐっすり眠っている。
覗き見る。
睫毛が長く、鼻が小さく唇が上品だ。小さな寝息が溢れる。
いい気なもんだな、と梅芝は思った。
急に前方から声を掛けられる。
「梅芝、誰を抱っこしてんの?」
「え、真朱先生?」
「何、まさか2人付き合ってんの。」
浅葱の執務室に向かう途中の階段で、蘇枋茜と遭遇する。
「鍛錬だ。」
これで乗り切ろう。
蘇芳は、意外にすぐ信じた。
「鍛錬って、それするの?…他になかったの?」
「お前も、真朱先生に教えてもらうんだろ。その時にさせられるから。」
「私も…?真朱先生の訓練怖っ。」
「とりあえず、浅葱先生の執務室がゴールだから。じゃ。」
さっさとやり過ごすに限る。
しかし、見つかったのが蘇芳か…。
噂になりそうだと梅芝は頭が痛かった。
コンコンコン、足で扉を蹴る。
「梅芝です。」
「どうぞ。今、手が離せないから勝手にどうぞ。」
中から桔梗の声がする。
「すみません~こっちも、手が塞がってて…。」
梅芝がそういうと扉が開く。
浅葱が扉を開けてくれた。
「これは…?」
浅葱は運ばれて来た真朱を見て頭が混乱した。
「どこか、寝かせるとこありますか?」
強化してるとはいえ、1時間近く抱いて来た。
強化解除したら手足が怠そう。
「そうだね。2人掛けのソファがあるから、そこにいい?」
「なんで寝てるのかな?」
最後の一言がちょっと声が冷たい。
梅芝がようやく真朱をソファに横たえる。
「最後の一言ってオレ疑われてます?」
桔梗が、顔を出した。
「あれ、真朱ちゃん。寝てるの?」
「よっぽど梅芝くんのこと信頼してるんだね〜。」
桔梗ニヤニヤと浅葱を見る。
浅葱は桔梗にうっとおしそうな目を向ける。
「桔梗、何か掛けてあげて。」
「じゃ。オレ、訓練時間前にまた来ますんで。」
「ありがとう、梅芝くん。」
浅葱がお礼を言う。
「掛けるの無いですよ~、どうしますか。」
「ぼくのコートを掛けよう。」
「私のコートがありますよ。」
「桔梗のコートより僕のほうが大きいから。」
「それより、校医室に転移するから校医に状況を報告しておいて。」
「かしこまりました。」
転移で移動して行った。
「単衣で来るって、普通は無いと思うんだけどね。」
コートを掛ける。
真っ白の天井が見える…。
「ん、何だ…気持ち悪い。」
「目が覚めたわね。あなた、大丈夫?」
校医が、真朱の額に手を翳している。
「誰だ?」
頭がボーっとする。
「どうですか、彼女は。」
浅葱が校医に状況を聞く。
「何かに、霊力の干渉をされたみたいね。何か思い当たらない?」
真朱の額に翳していた手を離して聞く。
「そういえば、郵便で小包が…。ん、コート?」
少し身体を起こす。
コートを羽織っている。
「それ、ぼくの。」
「そうか、返しとく。」
汚したり、皺が寄ってまた洗濯屋に持って行くことになったら破産する。
「だめ、羽織ってて。君、単衣で出勤してるんだよ。」
「は?」
真朱は、自分の装いを見て目を剥いた。
職場に下着同然で来てしまった。
「す、すみません。お借りします。」
殊更下出に出る。
「はい、どうぞ。今日はこのままお持ち帰りください。」
浅葱も真朱に合わせて返事をした。




