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「浅葱殿、結界を。」

陰陽師が浅葱を促す。



真朱が陰陽師の方を見ずに言った。

「待ってくれ、陰陽師さま。」

「後3分で良い、時間をくれ。」


目に霊力をじゃぶじゃぶ流す。

滝壷のようなイメージで目に霊力を集める。


訓練室でのことを思い出す。


霊力を一気に大量に放出して、集めるという訓練をしたのはあの日が初めてだったが、ここで活かせるとは。


思ったより訓練の結果が出ていそうだ。


自分で思った以上に一気に霊力を集められる。


もっといける。


展開中の霊紋を瞬時に書き換える。

これで遠視が出来るはず…。


よし全体が視える。


広大な空間の結界を可視化した。


真朱は眉を顰めた。

結界の綻びは一箇所じゃなかった。

何箇所もある。


広大な空と、眼下は海だ。


目印となるものも無い。

どうやって結界の綻びがある場所を伝えればいいのかわからない。


全体を把握することは出来たが…やはり結界を大きく張りなおす以外に方法はないのでは…。


筆と鏡の付喪神の犠牲だけでは足らないだろう。


出来る事なら、私が同行した以上付喪神の犠牲は避けたい。


浅葱の方を向いた。

「相談だが、何箇所か綻びがある。」

「しかもお前は視えない、どうやってお前に伝える。」


浅葱が嬉しそうに真朱を見る。


「それについては、考えて来たよ。」


さすが先生、手ぶらじゃなかったのか。

アイデアを持参してたのか。

真朱は感心した。


浅葱が涼風の方を向いて頼んだ。

「涼風殿、式神を貸してください。」

「式神に結界を張る場所に案内してもらおうと思って。」


真朱にも、浅葱がやろうとしていることがイメージ出来た。


「なるほど、いい案だ。浅葱、直ぐ結界を張る心積もりを。」

「陰陽師、先ずは蝶を一体出せ。」

浅葱と涼風に指示を出す。


陰陽師が圧倒されたように返事をする。

「ああ…。」

術を展開し蝶の式神が出た。


「結界の綻びは全部で10カ所。」

「順番に行こう。」

「左上10時の方角に、綻びがある。」

「式神を飛ばしてくれ、いいところで合図を出す。」


陰陽師の式神が真朱の指示通り飛ぶ。


「もっと上だ、式神を大きくしてくれ。」


隣で陰陽師が霊紋を書き換える。

「この位でよいか?」

「十分だ。」


真朱は人間界にいた時に、空を飛んでいた飛行機を見たことを思い出した。


高く上がれば上がるほどサイズを大きくしないと見えない。


「陰陽師、式神をあと3体出してくれ。」


真朱の号令で大きくした蝶の式神が飛ぶ。

「もっと上だ。」


涼風が式神の蝶々を発光させた。


薄暗く幻想的な春の夕刻の空に、星のような光を纏って蝶々が舞い上がる。


「陰陽師、流石の機転だな。見やすい。」


真朱は4体の式神を、結界の綻びのある四隅に誘導する。

蝶々が結界のほころびに触れるのを確認する。


真朱は、ここに集中力を注いだ。

隙間無く結界を塞ぐために、蝶々が確実に結界に触れていることを視る。



「見えるか、浅葱。」

「式神が囲んでいるところが、結界が解れているところだ。」

「30m四方か、大きいね。」


浅葱が柏手を打った。

直衣の袂が浅葱の動きに合わせてはためく。


大きくて緻密な霊紋が5つ、夕刻の空に浮かぶ。

直ぐさま展開されて術を練り上げる。

一気に式神の蝶々を一緒に取り込んで結界が張られる。



残り8カ所も同様にして3人で協力して、結界を張った。


真朱が全ての作業が終わったのを確認して、霊力を一気に放出して大気の霊素を一気に取り込んだ。


今日はこれで訓練したことにしておこう。


少し溜めれる霊力量が増えてるといいのだが。


陰陽師が警備隊に帰宅指示を出してこちらに寄って来る。


真朱が浅葱を視る。

「浅葱さま、今日は霊具を破壊せずにすんでよかったな。霊力も器に半分ほど残ってるようだ。」


「そうだね、全修復じゃ無かったからね。鑑定士のお陰だね。」


やはり呼び名は鑑定士のままか。

真朱で良いと言ったのだが…忘れっぽい男なのか。


真朱が目に発動していた術を解除した。


そんなことより確認をせねば!


「依頼料の分はきちんと働けただろうか。」

一万円分になるだろうか…ドキドキして聞く。


「ああ、あの水色のワンピースの洗濯代?」




「水色のワンピース?私の贈った物か。」

急に会話に涼風が入って来た。


「涼風さまが…?」

浅葱が聞き返す。


真朱が振り返ると、陰陽師さまがいた。


「洗濯に出しましたので、仕上がり次第お返しに伺うようにしますので。」

「私にシルクは不要です。」


はっきり言っておかねば。


涼風が意外な顔をした。

「返さなくて良い。あれは、浅葱の恋人殿に差し上げたのだ。」


「え、そうなのですか。」

高価なシルクをくれるとは…なんて太っ腹。

見る目を変えねば。


真朱が目をキラキラさせているのを見て、浅葱が真朱と涼風の間に立った。


「涼風殿は、真朱を私の恋人と思っていて自分の通り名の由来となった色のワンピースを贈ったということですか?」


「お前、何を…。」


何を言い出すんだ。

真朱が浅葱の袖を引っ張る。

たまたまそこにあったものを貸してくれたに決まっているだろう。


「しッ、君はしゃべらないの。ややこしくなるでしょ。」

どっちが、だ。


「彼女は恩人である故。他意は無い。」

「不快にさせたら謝ろう。」

涼風が軽く頭を下げた。


真朱は、謝る必要なんて微塵も無いだろうと思った。


「常識として、あり得ないかと。」

浅葱が不機嫌な声で言い放つ。

お前こそどんな立場で陰陽師さまに言ってる。


「失礼した、浅葱殿の恋人。」


そういえば、浅葱の恋人と呼ばれているが私のことなのか?

よくわからんが、私のことなら訂正もしておかねば。


「長いのは、面倒だ。真朱と呼んでください。」


「良いのか?」


「私のことは皆そう呼びます。猫も杓子も。」


「なかなか呼ばぬのはお前だけだよ。浅葱さま。」

浅葱を見上げる。


「名を呼ばぬとは…恋人では無いのか。」


「依頼人と依頼主、他には無い。」

真朱がきっぱり言い切る。


「…そうか。」


「では、私のことも涼風と。皆そう呼ぶからな。」

真朱に向けて微笑む。



「陰陽師の涼風さまには選ぶことが出来ない娘ですよ。」

浅葱が涼風の耳元に寄り、分かり易く牽制する。


「どうかな。」

フフ…と笑む。


真朱が振り返ると、涼風の空色の髪が風になびいているのが見えた。

後ろで一つでくくってあるがけっこう長い。

腰までありそうだ。




「さてもういいか、私は帰る。」

「じゃ、お先に。浅葱さま、涼風さま。」


スカートを捲くろうとしたところで、浅葱に手を取られる。

「おい、邪魔をするな。」

「それは、今日は必要無いよ。」


「お先に、涼風さま。」

浅葱が真朱を抱き込む。


一気に転移術が発動した。

速すぎて逃げれない。



「あら、涼風さま。浅葱さまはどちらですの。」


「ここの崖まで上がって来るの大変でしたわ、久し振りに脚を強化して上がって来ましてよ。」


「転移で来たら良かったであろう。」

能天気な登場だ、と横目で見る。

「転移した先の足元が不安で、岩がごろごろしてますのよ、もう無理ですわ。」

「巫女は皆、平地に避難してましたの。それより浅葱さまに、霊力は注がなくて良いのですか。」

「これからは、必要ないかも知れんな。」




「お前、また勝手に転移して…」

「ぼくと転移するのが怖いなら、教えようか。」

浅葱が直衣を脱ぐとこちらに投げやった。


フリスビー犬のように飛びつく。

「付喪さまぁ、ご無沙汰しておりました。真朱です。」

「直衣の付喪神さまは気高い気配が致します。この間お会いしたの覚えておいでですか。」

面白いので、筆と鏡も投げる。


「投げるんじゃない。」

犬のように、ジャンピングキャッチする。

それを見ながら、指貫袴を脱いでソファに掛けシャツとパンツを着て春物の仕立ての良いコートを羽織る。


「さあ、って帰ろうか。霊具へのご挨拶は終わったかな。」

「この子たちは、どうするのだ。」

「明日、桔梗が片付けるよ。」


「そうか、名残惜しいが仕方ない。」

ワンピースの裾をベルトに挟む。


今日は窓からいいだろうか。

窓枠に手を掛けて、飛び降りた。



「はい、捕獲。」

ちょうど飛び降りた真下に浅葱が転移して待っていた。


「え。」

真朱を抱え込むと一気に真朱の家へ転移した。



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