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桔梗が洗濯屋に行ってくれたことで、少し時間が出来た。


「何か茶菓子はないだろうか。」

茶葉にも霊力が含まれているので、お茶でも霊力は少し補えるが、この後に囮のお守りもある。


棚を開けて物色する。

年代物のいい棚だ。


「この棚も、付喪神が生まれそうだな。」


お菓子の箱を見つけた。

「あ、これを貰おう。」


真朱は幻昏界の食べ物かどうか視るために、目に霊力を纏わせ術を発動させて確認した。


浅葱は人間界の食べ物をよく持っているみたいだからな。


「大丈夫だ。さつまいものお菓子だ。」

一つだけ食べる。


勝手に2煎目を淹れる。



浅葱が転移で執務室に入って来た。


「ちょうど良かった、これこの間仕入れたばっかりでね。」

「家から筆と鏡を持って来たんだ、視て。」


浅葱がローテーブルの上に、桐箱に入った筆と鏡を置く。


先程の術をまだ解いてなくてちょうど良かった。


「筆と鏡は憑いている、直衣は一緒に持って来たんだな。」


後でご挨拶せねば。

しかし、浅葱の家にはどんだけ霊具があるんだ。



「うん、念の為にね。後で着るよ。」


「もう年代物の着物ってほとんど流通してないんだよね。この間着流し、破っちゃたし。」


直衣のスペアに育てていたやつか。


私が破ったな…。


「私の単をやろうか、まあまあ年代物だぞ。」


師匠の家にあったやつをもらったから、間違いなく年代物だ。


「お前が持てば付喪神が生まれるだろう。頑張れば着れないか?」


「多分、着る時に引き裂くことになるよ。」

「残念だ、なら渡せない。」


「これ、現地の場所を書いた地図だけど。」


ちょっとした賞状くらいの大きさの紙を渡して来た。

浅葱が真朱の前のソファに腰掛けた。


「これ、見やすいな。お前が書いたのか。」

驚いて浅葱を見る。


「ちょっと、思い当たることがあって詳しく書いてみた。何なら猿でも分かるように書いて見た。」


真朱の顔がわかりやすい位、花が咲くように綻んだ。


「お前が大好きになったぞ。」


浅葱が嬉しそうに真朱を見る。

「守衛さんには伝えなくていい?」

「これがあれば、大丈夫だ。」



「あら、お帰りなさい。彗さま。なんだか、ご機嫌が良いようですね。」

洗濯屋から転移で桔梗が戻って来た。

「これ、紙袋はお返ししますよ。真朱さま。」


浅葱が紙袋を見た。


なんだ。

気の所為じゃないな。

浅葱に睨まれている気がする。

勝手に桔梗を使ったのが不味かったか。


そうか!洗濯屋はタダでは無かったはず。

金か?

踏み倒そうなど思ってないが、浅葱に疑われているのか。


「いくらでしたか?」

恐る恐る聞く。

これで踏み倒そうとした訳ではないと伝わるハズ。



「一万円でした。」




え。




真朱は頭を鈍器で殴られるぐらいの衝撃を受けた。


涙が出そうになった。


シルクってそんなにするのか…簡単にこんな物貸しやがって。

金持ちめっ。


真朱は切り詰めてやってきた。


確かに布団を新調したが、せんべい布団のようにペッチャンコだったんだ!

無駄使いではないはず…。


この間浅葱にもらった3万も、2万は使わずに置いてある。ただこんな洗濯代の為ではない…。鼻の奥がツンとする。


真朱は席を立って、浅葱の前に膝を付き胸元で祈るように手を組んだ。


「良ければ、お給料天引きという訳には…」

震える子鹿のような目で祈るように浅葱を見つめた。


「ぐっ…君その落差はわざとなの。いいよ、詳しいことはよく分からないけど、その代金はぼくが出すよ。」


「しかしそれでは…。」

嬉しいが、良いのだろうか。

浅葱からもらってばかりだ。


「今日の同行の依頼料だと思ってくれたらいいから。ほら、この話しはもう終わり。」


「では、彗さま。私に後でくださいね。」

桔梗が浅葱と真朱の間に身体を割り込ませて来た。


「守衛さんに、今日は1人で大丈夫だと言って来る。」

真朱は立ち上がり、脚を強化して執務室を飛び出した。


執務室を出て直ぐにボロボロ涙が出た。

初めての貯蓄がこんなバカなことで、無くなるという恐怖が過ぎ去り、安堵してどうにも涙が止まらない。

とりあえず、闇雲に走った。



「やってしまった。ここはどこだろう…。」

学院の裏庭に出てしまっていた。


もう夕方だ。

陽が大分傾いている。


「真朱ちゃん。何、ここで何してるの?」

「梅芝くん、真朱先生って呼ばなくていいの?」

足元の芝生に2つの影がかかる。


「梅芝と藍白か。」

送ってもらえるかも。


ちょっと探りを入れよう。

「2人ともここで何してるんだ。」


「私達はただの掃除ですよ、裏庭の。真朱先生はお散歩ですか?」

藍白が優しく穏やかな声で、聞いてきた。


出来れば、迷子とは言いたくない。


梅芝に真っ赤な目と鼻で訴えた。


「オレ、ちょっと訓練のことで相談があったんだー。」

「ふふふ。ならちょうど良かったね。先生に会えて。」

藍白が気を利かせた。

「そうだな。」

「また、明日ね。」

可愛く手を振って、藍白は転移して行った。


「真朱ちゃん、浅葱先生に怒られても、こんなとこまで逃げ出してきたらダメでしょ。」

「筋金入りの方向音痴なのに、帰りどうするつもりだったの。」


「迷子は事実だが、怒られたわけでは…。」

「はー、説得力ゼロ。目も鼻も真っ赤ですけど〜。」

梅芝は、自然に真朱の手を繋いでくれる。

なんだろう、泣いた後だからだろうか人肌が心地よい。

「で、浅葱先生の執務室?」

「先に守衛室に頼む。」


そのまま、守衛室まで送ってもらって今日の帰りの案内は大丈夫だと伝える。



「じゃあ次は、浅葱先生の執務室ね。」

梅芝が気を利かせてくれる。


親切に執務室の扉の前まで送ってもらい、そのまま梅芝と別れた。


なんて良い子だろう。

この恩は何処かで返そう。

そう心に誓い扉を開けた。


「鑑定士、もう現地に先に行ったのかと思ったよ。」

直衣姿の浅葱がこちらを見ていた。

着付けを桔梗がしていたようで、後片付けをしている。


「あら、真朱さま。コケたのですか?目と鼻が赤いわ。」

「いや、…そうだ。ちょっとコケた。」

「え。何処で転んだの。」

浅葱が覗き込むように見る。

「近いぞ。」

浅葱の直衣を手で押そうとする。

「じゃあ、桔梗ありがとう。後はもう帰ってゆっくりしていてね。お疲れ様。」

そう言うと、いきなり真朱を抱え込んだ。

「お前、やめろってー」




断崖絶壁の近くに転移した。

春とはいえ、夕方。

肌寒い海風が吹く。


「お前、勝手に転移に巻き込むな…。」

真朱は自分の身体を確認した。

全部付いて来たか心配した。

「君が戻ってくるのが、遅いからしょうがないでしょ。」

「先に言えよ。」

手が震えて来た。

「言ったら君、逃げ出すでしょ。」


確かに。

思いっきり目を逸らす。



急に甲高い声がする。

「そこ、いつまでくっついていますの。あなた直ぐ男性に抱き着く癖お止めなさい。」


霞が足場の悪い中、近寄って来る。

今日に限って巫女装束じゃ、崖は歩きにくいだろう。


「ああ、いつもすまない。浅葱殿、本日もよろしく頼みます。」

涼風が、こちらに気付いて声を掛ける。


霞が、一生懸命岩の上を歩いて近寄って来る。

「浅葱さま、お約束を果たしてくださいませ。ずっと首を長くしてお待ちしておりますのよ。」


真朱の方を見て納得いかない顔をした。

「そもそも、彼女はなぜここにいるのかしら?」


「いや、彼女は浅葱の恋人だ。彼女はこれからは、浅葱殿と共に来られるだろう。大事な役目がある。」

「涼風さま、どういうことですか?あの娘が何か特別なことができますの?」




真朱は、今は陰陽師と話したくなかった。

シルクのワンピースの恨みが沸々と再燃しそうだった。


巫女が何やらまだ必死に陰陽師に話しかけている。

それを振り切って陰陽師がこちらへ来た。

「この周辺で夜雀が何体も目撃されているんだ。頼めるか、浅葱殿。」


「わかった、行ってくる。」

真朱の目を見つめて堂々と告げる。


単に囮だろう、と普段なら思うが浅葱には洗濯代の恩があるせいで真朱の目には尊敬フィルターが掛かっていた。


「頼りにしてます、いってらっしゃいませ。」

頼もしく見えた。


浅葱が、断崖絶壁の崖っぷちに立つ。

波が崖に当たって潮が弾ける。


霊力を少しずつ垂らし始める。

初夏の草原のような爽やかな霊力が走り抜ける。


ああ、いい。

真朱が恍惚の表情を浮かべる。


夜雀が集まって来た。


そうだな、お前達も吸い寄せられたんだな。



浅葱が真朱の横に転移して戻って来た。

「視て、結界の綻び視える?」


警備隊が陰陽師の盾になるように組む。

陰陽師が術を発動して夜雀を一網打尽にして1キロ先に転移させる。

夜雀自体は、そんな恐ろしい妖怪ではない。


「綻びが小さい…。変な感じがする。」


もっとよく視なくては。


霊術を幾重にも目に掛ける。

「不味いぞ、あっちこっち破れている。小さな綻びが何箇所もある。」








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