15
浅葱が真朱の目をじっと見た。
「君の目は、本当に特別だよね。器が見れて、その器に霊力がどこまで溜まっているか見ることが出来る。」
「さっき言ってたけど、自分のは見れないのか。」
「残念ながら。」
「能力は、遺伝することが多い。」
「すまないが、君の親御さんについて聞いても?」
「父については全く覚えていないし、母のことについても覚えていない。」
真朱は席を立ち、壁の隅に置いていた大きめのカバンのところに行った。
大きめのカバンから小さな布袋を出した。
それだけを持ってソファに戻って来る。
真朱は再び席についた。
袋から手のひらサイズの丸い形の物取り出す。
浅葱と桔梗はそれを凝視した。
中に入っていたのは手鏡の縁だけのように見えた。
割れて鏡の部分が無くなっているように見える。
桔梗が喉を詰まらせて聞いた。
「真朱さま、それは…形見ということでしょうか。」
「これをずっと持っていたらしい。」
浅葱は少しだけ真朱の様子がおかしいことに気付いた。
色々聞きたかったが、何故かこのまま深堀りしないほうがいい気がして話しを打ち切る。
「もういいのか?」
真朱が浅葱に尋ねた。
「あ、うん。いつも、持ち歩いているの?」
知りたかった情報は聞けなかったが、様子が戻った真朱を見てホッとした。
「いや、いつもは蔵だ。大切な物は蔵に置いてある。」
師匠と約束だったからな。
「それで、私は何をすればいいんだ?」
「ああ、そうだね。まずは、結界師ならではの訓練方法を話すから聞いてくれる?えーっと…お茶淹れてくれる?」
真朱が立ち上がろうとしたところ、浅葱に腕を取られた。
「君は、物の場所もまだ分からないだろう。明日から頼むね。」
桔梗にお茶を淹れるよう目で指示する。
「ぼくらの訓練方法だけどね、食事を取らず、水だけを摂り霊力を枯渇ギリギリのラインまで一気に放出する。」
「それを今度は一気に限界まで戻す。これを繰り返していくことで器いっぱい霊力が溜めれるようになる。」
「器が大きくない者は、体を動かしたり生活するうちに、徐々に器も成長して自然に満タンにもなっていく。」
「我々、結界師は特に器が大きいのと、霊力が満タンまで無いと膨大な結界が張れないから無茶な訓練をするんだ。」
「そこで君の能力が活かせると考えてね。」
「私の…。」
「枯渇ギリギリのラインが視えないから、ずっと体感に頼っていた。目眩、嘔吐、意識障害。これらを限界の目安に追い込んできた。」
「私が、それを見極めてギリギリのラインの一歩前を教える…と。」
桔梗が、お茶を出してくれた。
「その方が、効率が良いと思うんだ。意識障害が起きると、下手したら1カ月以上訓練に戻れなかったりするしね。」
なるほど、それは私の能力が活かせる仕事だ。
「承知しました。」
「そうそう。良かったら転移の霊紋を教えようか。中等部までの教育なら習ってないだろう。」
「体に負担がかかるからね、高等部からしか教えないんだ。」
「向き不向きはあるから、習っても使わない者も多いんだけどね。」
「機会がありましたら、お願いします。」
絶対やりたくない。
桔梗が驚いた。
「え。転移出来なかったんですか。それなら明日から、また走りますか?」
霊術学園、この世界の最高峰の高等学院である。
校内は迷子になるほど広い。
「しまった。訓練施設はどこだ。」
あの後、1時間の休憩をもらって校内地図を渡された。
訓練施設に来るように言われたが、迷子になってしまった。
「良かったら一緒に行かない?」
優しいコがいた。
「ありがとう。助かる。今日から配属で。」
「訓練施設でしょ、最初は迷うよね。ほら、そこ右に曲がって外廊下を渡ったら、突き当たりが訓練室なんだよ。」
「私も昨日、上級生に案内してもらって、なんとか覚えたから。今日初めてなら迷っちゃうよね。」
外廊下を通ると、屋根が付いていて日差しが遮られる。風が通って涼しい。
「みんな揃ってるみたい。急ごう。」
真朱の手を引っ張る。
10人ほどの生徒に混じった。
訓練室は、余分なものが全くないと言っていいぐらい殺風景で、窓すらない。
天井が高く、部屋も広い。床はクッションが効いている。
しばらくして、浅葱と桔梗が入って来た。
「この特別クラスの教師、浅葱です。このクラスは中等部の成績を見て霊力の高そうな人を、ぼくが特別に集めてもらったんだ。」
「今までとは、違う訓練の方法を考えてるから、よろしくね。後、彼女はぼくの補佐みたいなもので浅葱桔梗。」
「先生と同じ名字ってことは、先生の奥さんですかー?」
からかい半分興味半分で生徒の1人が聞く。
周りがざわつく。
「え、と。君は…」
「彗さま、梅芝 青くんです。」
桔梗が耳打ちする。
プラチナホワイトの肩までのサラサラヘアに黒い瞳、背も高い。
女のコが好きそうな容姿だ。
「梅芝くん、彼女はぼくの親戚なんだよ。」
「浅葱先生の伴侶候補は、ここにいる藍白若菜だよね。先生!」
梅芝の横にいた女の子が出しゃばる。
「ちょっと、茜ちゃん!候補ってだけだから。ここで大袈裟に言わないで。」
真朱を訓練室まで連れて来てくれた優しいコは藍白若菜というのか。
真朱は自分の隣にいる薄い緑の髪、黒い瞳の少女を見た。
「そうだな。先に自己紹介しようか。もう一人ぼくの補佐がいるけど、ちょっと遅れているみたいだから。」
ちらっと桔梗を見た。
「探して来てくれる?」
耳打ちする。
浅葱と桔梗の距離の近さに女子が騒ぐ。
「じゃ。自己紹介、私から藍白若菜です。料理に霊力を込めるのが得意です。」
藍白若菜が自己紹介をすると、他の生徒も自分の自己紹介に備えて静かになった。
「梅芝 靑です。耳に霊力を流すのが得意なので新聞屋とかを目指すつもりです。」
「蘇芳 茜です。霊力が視えるので、巫女目指してます。後は情報通ですかね。」
「じゃ、10人自己紹介が終わったかな。」
「先生、このコのこと忘れてますよ。ほら、あんた前に出て。先生に忘れられてるじゃん。」
蘇芳茜が、背中を押す。
「かわいい。中等部にいたっけ。」
梅芝青が近付いて覗き込む。
「知らない。記憶してないなぁ。」
「留年組とか?ほら。みんな気にしてるから、自己紹介しなよ〜。」
蘇芳茜が興味津々に急き立てる。
浅葱は今、気付いたようだった。
「君、そこにいたの…他の生徒に紛れて気付かなかった。桔梗に探しに行かせちゃったな。」
「真朱です。よろしくお願いいたします。皆さんが恙なく学院生活を送れるよう…」
「真朱ちゃん、名字も名乗ってよ〜。陰陽師ってわけじゃないんでしょ。」
梅芝青が興味を持ったようだ。
ここで名字が、無いと言っていいのか。
正解がわからない。
高等学院は、義務ではない。
誰でも行けるわけじゃない。
多分、名家の子息子女が通うのだろう。
名字がないことをここで言って、浅葱に迷惑がかかりクビになるのは困る。
常識が無いのでこういう時どうしていいのかわからない。
「彼女は、浅葱真朱だ。ぼくの遠縁の親戚だ。」
浅葱が助け舟を出す。
「先生、親戚って。またですか。」
生徒達が笑う。
扉が空いて桔梗が戻って来た。
「こちらに、来られてましたか。真朱さま。」
「いや、どうやら最初からいたみたいだね。ぼくらが気付かなかっだけだったみたい。」
「ちょっと、いい。」
浅葱が、生徒の中から真朱を連れ出す。
生徒達が不思議そうな顔をする。
「ここで、今あの子達を視て。器の大きさと、今どれぐらい霊力が溜めれているか。」
早速仕事か。
真朱は10人一気に視る。
ついでに桔梗も視えた。
「ここで、器と魔力量に齟齬があるのは5人。」
「後は、もう訓練しても一緒だな。器も大きくないし、容量も目一杯に近い。」
「そうか。名前を教えてくれる?」
「伴侶候補の藍白若菜が入ってるか、気になるか?」
真朱がからかう様に聞く。
「バカな。周りが言ってるだけだ。」
浅葱が憮然とした。
「安心しろ、入っているぞ。後は、梅芝青、蘇芳茜、月白 空だな。」
「4人?もう一人は?」
「お前の従者の浅葱桔梗だ。」
「…そう。」
「ん。なんだ、桔梗が入ってて、嬉しいのか?」
「なんで、そう思うの?」
「ああ。今、お前の霊力が揺れたからな、心が踊るように。」
「まだ霊術を展開しているから視えた。まだ細かい情報がいるんだろ。」
「一旦、術を解こうか。」
「細かいことは、執務室で教えてくれるかな。今から君をぼくの補佐だと紹介しなおすから。」
浅葱が生徒の前に真朱を引っ張って行った。
「もう一人の補佐は、彼女なんだよ。初めてで緊張してるみたいで、生徒と混じってしまったらい。」
「かわいい。真朱ちゃん。」
梅芝がからかう。
生徒がくすくす笑う。
「今日この後、通知書を送る。受け取ったものは、明日のこの時間に訓練室へ来てね。明日から開始する。届かなかったものは、通常通りの授業を受けていい。」
「それは、見込みがないということですか。」
不安な声で質問がある。
「違うんだ。その者の霊力の量はもう完全だということだと、思ってくれていい。そうだな。この訓練の成果によっては後々論文にする。その時に詳しいことを話す。では、解散。」
「桔梗と真朱は後で、ぼくの部屋に来て。」




