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浅葱が勝手に椅子を引いて座った。

自分の定位置だと思っているようだ。


「これ、依頼料ね。とりあえず座って。」

「お茶も、もらおうかな。」

浅葱が封筒をテーブルに置いて、涼風を見送って戻って来た真朱に着席を促す。


「…お前の家じゃないだろう。」

渋々自分の椅子に座る。

「今日は、こっちの茶筒から淹れてくれるのかな。」

浅葱の手に、特上の茶筒が握られていた。

「ちっ」

真朱が遠慮なく舌打ちしながら、茶を淹れる準備をする。


「さあって、本題なんだけど。うちの霊術学院に来ない?ぼくの補佐として。」


浅葱がテーブルに左肘を付いて顎を手の甲を置いた。

「え。」

お茶を注ぐ手が止まる。


浅葱が、テーブルの上に紙を置いた。

「給料とか待遇とか書いて来たよ。目を通してサインして。」

「ほら、手が止まってる。苦くならない?」


「ああ。」

書類を目で追いながら、お茶を淹れる。


「お前、この学院で教師してたのか。」

最後の一滴まできちんと出るように急須をしっかり傾ける。


「ご存じなかったんですか。」

桔梗が自分の目の前に置かれたお茶に先に口付けた。


「ほら、サインしてくれたら帰るよ。」

着流しの袂から万年筆を取り出した。


「どっかの悪徳業者みたいだな。お前の補佐でいいんだな、サインするから帰れよ。」


「よろしいので?先ほど涼風さまから御屋敷に来ないかと誘われていたようですが。」

「そうだった。忘れていた。」


浅葱が余計なこと言うな、という目線を桔梗に送る。

「涼風殿の仕事は、住み込みだよ。いいの、蔵。」

「それは困る。」

「ほら。」

万年筆を手渡して来た。


真朱の目が万年筆に釘付けになる。

「ペンちゃん…。久しぶりだね。いいコにしてた?」

ニマニマしながら、万年筆を敬々しく受け取り頬ずりする。

「サ、サインを。」浅葱の目が明後日の方を向く。


「…ここでいいのか。」

真朱が確認すると、浅葱がサインする場所を指で示した。

そこにそのまま言われた通りにサインをする。

浅葱が、それを横目に見ながらお茶を飲んだ。


桔梗が、「真朱さま、裏面読み…」と言ったところで、浅葱が桔梗の口をすごい速さで結界で塞いだ。


「記入したね、お茶美味しかったよ。じゃ、明日迎えを寄越すから。」

万年筆を取り上げ契約書を引ったくって桔梗と転移して帰った。


「明日って、急だな。」

真朱は、浅葱の置いて言った封筒の中を覗いて驚愕した。

前金で10万円入っている。


「こんな大金。蔵が無かったらこれを持って逃げたい。あいつ金銭感覚大丈夫なのか…。」





朝は今日から少し早めに起きて、いつものルーティンを終わらせた。

昨日の契約書には、浅葱の専属補佐をする事と勤務時間が書いてあった。

後は結界の緩みの調査の同行か。

これは前にも打診されていたからな。


「服が、3着しか無いんだよな。」


とりあえず、一日目は白いブラウスとグレーのパンツにブーツ。

少し大きめのカバンを持った。


「こちらの学校は中等部の、最後の1年しか行けなかったから楽しみだな。」

顔には出さなかったが本当は、この仕事はすごく嬉しかった。


準備万端にして待っていると、呼び鈴がなった。


「おはようございます、真朱さま。準備はいいですか。」

桔梗が一度呼び鈴を鳴らしてから、居間に転移してきた。


「今日は走って行きますからね、学院に行って目印を付けられたら、明日からはそこに飛んでください。では、強化してください。」


「良かった、パンツにしておいて。」

「よろしくお願いします。桔梗さま。」

ニコリと笑って真朱が脚に術を掛ける。


「あら、笑うと普通にかわいいですね。」

桔梗が自分の脚を強化した。




霊術学院は、堂々たる佇まいだった。


門は見上げると首が痛くなるほど高くて大きい。

創立が古いだけあって、一見すると宮殿のようにも見える。

門から昇降口まで、庭が整えられていて噴水やガゼボなんかもある。


エントランスホールは大理石で壁や天井が造られている。


昇降口から上がると床には深い緑のカーペットが敷いてある。

浅葱の執務室は3階だった。

真朱は初日から不安になった。

広すぎる。


桔梗が執務室の扉をノックした。

「どうぞ。」

中から浅葱の声がした。


桔梗が扉を開けて中に入り、真朱もそれに続いて入る。

「おはようございます、彗さま。真朱さまを連れて参りました。」


学院までは、脚を強化して走って30分程度だった。

これなら無理せず通える。

桔梗と一緒ならだが…。



「ああ、ありがとう桔梗。」

浅葱は執務机の上に書類を広げて見ていたが、手を止めて桔梗にお礼を言った。


今日は着流しじゃなかった。

白のシャツに薄いグレーのパンツと同色のジャケットだ。


執務室の中は広かった。

大きめの執務用デスクと重厚感のある椅子。

応接セットとちょっとした流し台があった。



「あら、遅かったですわね。」

この間、涼風と家に来た巫女が一人掛け用のソファに座っていた。


今日も、身体の線が出るピタッとした濃紺のロングワンピースを着ている。


「今日は、転移せず一緒に走りましたので。」

桔梗が巫女に答える。


この巫女もここにいるということは、浅葱の補佐なのか…。

とりあえず、最初が肝心。

仕事を教えて貰う立場だ。


「おはようございます。頑張りますので皆様、どうぞよろしくお願いします。」


頭を下げた。

浅葱から受け取った10万円で、実は長年欲しかった布団を新調した。

3週間もしたら届く。

もうクビになるわけには行かない。


真朱の特殊な態度に浅葱の手に持っていた書類が滑り落ちた。

桔梗が机に散らかった書類を集めるのを手伝う。


巫女が真朱の挨拶を受けて微笑む。

「ええ。良い心がけですわね。さあ、こちらにお掛けになって。」

真朱を客用の二人掛け用のソファに勧めた。


桔梗も笑顔で巫女に同意する。

「そうなんです。私にも挨拶してくださって、実はかわいい方だったんですよ。」


真朱は、見た目だけはかわいいのだ。


巫女がチラっと浅葱の反応を見る。

「私は、良い心がけと言ったのです。かわいいとは申しておりませんわ。」

「ところであの後、涼風さまとは進展ありまして?」


進展_、仕事の斡旋のことか?

「それは断りました。」

蔵のことがある。

陰陽師の仕事は断った。


「あの時、2人きりになりたがっておりましたでしょう。それなのにお付き合いをお断りしたということをですの?」


真朱が涼風と2人きりになりたがっていたというワードが浅葱の耳に止まる。

浅葱は仕事をしてる顔をして聞き耳を立てた。


「そうですね、屋敷に住み込みは私には荷が重くて。」

浅葱と乗り込んだが、広すぎて迷子になりそうだった


「お屋敷に住み込みって、あの後にもうそんな話が出たんですの?!」

「それはお断りして当然ですわ。」


浅葱は巫女が一人で勘違いをしていただけと知って、巫女に仕事をしてもらうべく声を掛けた。

「巫女殿、頼んでいた仕事をいいかな。」



「わかりましたわ、浅葱さま。」


「私のことは遠慮なく(かすみ)とお呼びくださいと何度も申しておりますのに。」

霞が上目遣いで浅葱を見た。


巫女が対面で真朱の手を握って凝視してきた。

「フフ…わかりましたわ。」



















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