12
真朱は、脚を強化して町まで出てきていた。
「二度と来るな。貴様は人との約束をなんだと思っている。連絡も寄越さず不愉快だ。この辺りで商売なぞ出来んと思え。」
「申し訳ございませんでした。」
頭を下げる。
「ツクモ鑑定士なぞ他にもまだいる。思い上がるなよ、小娘。」
「つまみ出せ。」
若い使用人が、真朱を門扉まで引き摺って背中を強く押して追い払う。
脚がもつれて倒れ込んだ。
真朱が再度頭を下げて去るのを確認して中に戻って行った。
「しようがない。」
浅葱に連れて行かれた日、鑑定の仕事が入っていた。
うっかり眠ってしまい連絡を忘れた自分の落ち度だ。
「困ったな、あの依頼主はこの辺りに影響力のあるじじぃだったのに。もう仕事が来ないかも。」
ますます、別の仕事も探さないとな。
真朱は、疲れていたので家に戻って泥のように眠った。
朝から良い天気だ。
川岸に腰を掛けて、足を付ける。
「今日は、先に禊をしよう。」
川の中にズブズブと入って行く。
肩まで浸かって泳ぐ。
気持ちいい。
「鑑定士。」
この川は少しだけ流れがあるので、水が濁らない。
底が透けて見える綺麗な川だ。
小石やら小さな魚が見える。
「鑑定士。」
足の甲が水面を叩いて勢いよく潜る。
川底を触りたくて潜った。
しばらく川底に居て、水面を見上げた。
水面の光りが川底にも届いて綺麗だ。
バシャンと音がしたが、水底にいたので気付かなかった。
目の前で、濃紺の髪が水に揺らめいている。
アンバーの瞳と目が合った。
腕を掴まれた瞬間、転移された。
川岸にいた。
「長い、溺れたかと思った。」
「とりあえず、服を着替えて来て。」
真朱は目の前の男を見上げてうんざりして、つい口から出た。
「あのなぁ。」
髪からポタポタと肌を伝って水滴が落ちる。
怖い…禊をすると、何故かこいつが来る。
「従者を玄関に待たせてる、入れてやって。ぼくも直ぐ戻るから。」
「何の用だ。」
「この間の依頼料の支払いと仕事の斡旋で来た。」
「よし、着替えて来る。」
「頼む。」
それだけ言うと何処かへ転移して行った。
着替えに戻るのだろう。
玄関のドアを開けると、この間の従者が立っていた。
「おはようございます、真朱さま。」
「どうぞ。」
今日は手ぶらか。
居室に通して、椅子を勧める。
呼び鈴が鳴った。
「早いな。開いてるぞ、勝手に入ってくれ。」
お茶を淹れる準備をしながら、玄関に声を掛けた。
そんなに広い家じゃないので、充分声が届く。
「済まない、では遠慮なく。」
声が浅葱じゃなかった。
居間に入って来たのは、陰陽師だった。
「ああ。浅葱殿の従者も居たか。」
「ええ。涼風さまがこのようなあばら家になんの御用で。」
桔梗、失礼だな。
お前が言うなという目を送る。
「涼風さま、すみませんね。気が利きませんで、こちらへどうぞ。」
桔梗が気を利かせて、自分の席を譲る。
助かった、家に椅子は3脚しかない。
未だ嘗てこんなに人が集まったことが無い。
「浅葱殿の恋人の家に何度も訪問するのも、はばかられたのだが、昨日の町でのやり取りをちょっと見てしまってだな。」
「私を尾行なさったのですか?」
真朱が手にとった茶筒を握りしめた。
「いや、すまない。それでだな、家で働かないか。」
「は。」
真朱と従者が声を揃えた。
「これ、良ければ桜餅だ。」
真朱の目がわかりやすく輝いた。
「陰陽師さま。昨日といい今日といいお気遣い感謝いたします。」
「好きか。」
「もちろんでございます。」
受け取ろうと手を出す。
「お待たせ。お土産と依頼料だよ。」
浅葱は、以前に自分が座った席を目印に転移してきたらしく、ちょうど真朱と陰陽師の間に転移して来た。
真朱がちょうど手を出したところを見て、浅葱がそのまま真朱の手にお土産を渡す。
「これは、クッキーか。」
透明の袋に入っていた。リボンが付いていて可愛らしくラッピングされている
「うん、やっぱり知ってたね。驚かせがいがないなぁ。」
「浅葱殿…。いくら恋人の家でも室内転移は…。」
「あれ、涼風殿。昨日謝罪に来たんですよね。まだ用がありましたか?」
従者が、口に手を当てた。
浅葱が恋人の下りをスルーしたのを見て面白いことが、起こっていると思った。
「いや、私の用は終わった。考えておいてくれ、邪魔した。」
「なんのお構いもせず。」
玄関まで見送る。
「後で、食べてくれ。」
そう言って玄関を出たところで転移した。




