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今朝は、曇っていて少し風が冷たい。

蔵の中はちょっと冷える。


「本当にごめんね!クッシーくん。」

新品の布で優しく櫛の霊具を磨く。

「ああ、テマちゃんも寂しかったよね。大丈夫、今日もかわゆいよ。」


手毬の霊具にも声を掛け終わったところで、一通りの付喪神たちへの挨拶が終わる。


真朱は蔵の換気をして、しっかり鍵を掛けて外に出た。

それから、今日は朝の禊はせずに朝食を食べた。

雑穀米とお味噌汁と卵焼き。


昨日も禊中に来客があり、蔵の換気も付喪神たちへの挨拶も朝食も摂れず帰宅が夕方頃。

そのまま疲れて眠ってしまった。


禊をする時に限り、来客が来るのでは…と思い今日は朝食後に、家の裏に湧いてる温泉に行く予定にしている。

今朝はちょっと冷えるので温泉が気持ちいいだろう。


「温泉、いいんだけど熊と遭遇するんだよな、時々。」


食べ終わった後、茶碗を台所で洗い終わって歯を磨き持っていく着替えの準備をした。


温泉に行く準備をしながら、真朱は昨日見た浅葱の下着を思い出した。


「私がいた頃、あんな下着あったかな。まあ、世話になっていたのはじじぃだったからな。ああいうのは履いてなかったのかも。」

「ああいう下着ならこちらでも取り入れやすいかもな。女性用も一緒に出るんだろうか。」


勝手口から家の裏道を進むこと15分程で、少し開けた場所があり温泉が湧いてる。

周りを岩でぐるっと囲んでそれっぽくしたのは真朱だ。

人間界に住んでた時、テレビでこういう温泉を観た。


「よし、先客がいないうちに楽しもう。」


いそいそ準備をして、かかり湯をして中に入る。

今日は特に曇っているので、やはり身体がじんわり温まって良い。


「少し、しみる。」

切り傷が残った腕を見た。


一通り温もったら、単衣を羽織って帯を締める。

長居は無用だ。

熊と遭遇したら面倒だ。





林の中を、慣れない足取りで歩く一組の男女がいる。

やっと木造家屋の平屋の前に着いた。

「こんな鬱蒼としたところに本当に住んでいるのか。」


妖怪は出ないだろうが、獣に出会いそうだと聞いていた為霊力温存の為に歩いて来た。


「そのあばら家の中に、モヤっとした霊力が視えますわ。あの娘の霊力で間違いないですわ。こんな辺鄙なとこ、他に家などないでしょう。ここで間違えようがありませんわ。」


玄関先は、殺風景で花の一つもない。


「とても女のコが住んでるようには、見えないが。」

「浅葱さまが、ここら辺りだとおっしゃったのでしょう。じゃあ、間違え無いですわ。でも、何故ご存知なのかしら。」

「恋人の住んでるところくらい知っているだろう。」


「まあ!でもあの娘。意識の無い浅葱さまを置いて帰ったじゃありませんか。恋人じゃありませんわよ。」


「とりあえず、呼び鈴を鳴らそう。君は、彼女だと確認が取れたら帰っていいよ。」

「歩いて来たし、霊力は残してるだろう。一人で転移して戻ってもらえないか。」


「涼風さま、私も残ります。本人の口から恋人かどうか確認して、身の程知らずを説いて差し上げるつもりです。」


「そんなつもりで、同行してくれたのか。悪いがそれは別日にやってくれ。」



真朱は、玄関の開き戸を思いっきり勢い良く開けた。


「壁の薄い、広くも無い家屋なもんで騒いでる声が中まで聞こえるんですけど、呼び鈴の変わりですか。身分のある方達は違いますね。」


呆れた目で2人を見た。


「まあ。なんて言い草ッ…」


「昨日は、助かった。」

涼風が勢いよく頭を下げた。





最敬礼だ。


巫女が目を丸くした。


「あなた、なんてことを涼風さまにさせるのよ!」


「涼風さま、この娘に頭を下げるために遠路はるばるこんな辺鄙なところまで来られたんですの?」


「お気になさらず、陰陽師さま。」

真朱は涼風の謝罪に対して返事をした。


「涼風さまにここまでさせるなんて。気にしたほうがいいのは、あなたよ!」



「君がといると、ややこしいんだが…。」

目が帰れと言っている。


「玄関先っていうのも何なんで。とりあえず中に入りませんか?」


しょうがなく勧める。

「そうしますわ、こんな家でも玄関先よりいいわ。虫が出そうで、さっきからずっと落ち着かないわ。」


禊をせず蔵に行き、温泉に入ったのがバチが当たったのか。

真朱は見当違いなことを考えて2人を居間に案内した。


「何も、おもてなしできるものがありませんが。」

椅子を勧め、一番安い茶筒に手を伸ばした。


お湯は朝の沸かしたのがちょうど良い温度になっただろう。


「これを、大したものではないが。」

だんご屋、吉のみたらしだんごのお土産だった。


さすが、涼風。

朝食前に手ぶらで押しかけ、あまつさえ了解も取らず転移の霊紋を展開する奴と大違いだ。


比較対象が出来たことで、真朱の中で浅葱の好感度は急激に下がった。


真朱は特上の茶筒に持ち替えた。


「まあ。涼風さまこの娘の為に、朝早くからだんご屋を急かして準備させましたのね。」


巫女が頷きながら、胸の前で両手を叩いた。

「そうでしたの。そういうことなら、私お二人の恋を応援しましてよ。」

「君がいると、肝心の話しができない。」


「ふー。巫女さま、応援してくださるなら涼風さまと2人きりにしていただけませんか。」


上目遣いで巫女を見た。


「あら、そうですわね。気が利かずごめんなさいね。」


「私は帰りますけど。娘、節度を保って接するのですよ。お前は直ぐに男性に抱き着くようだから。」

「涼風さまとお前ではやはり身分が違いますからね。」


男性に抱き着く…?ああ。直衣に抱き着いたことを言っているのか。

真朱は面倒くさいので誤解を放置した。


巫女は椅子から立ち上がると2人に軽く会釈をして転移した。


やっと静かになった。


「すまない。昨夜長着の供養の為に彼女を呼んだんだが、その時に君の住んでいる場所を浅葱殿に尋ねているところを見られて、自分が役に立つから連れて行けと言われてね。」

「浅葱殿にも場所が辺鄙だから彼女がいた方が都合がいいかもと言われて、同行を頼んだんだが…。」


「まさか、別の思惑があったとは。」

最後のは小さな声で溜息混じりに溢された。


「さ、お茶が入りました。お気になさらず。せっかくなのでいただいたお土産で恐縮ですが、だんごを一緒にどうですか。」


浅葱は自分をこの家に送った後、長着の供養のためにまた涼風のところに戻ったのか。


「では、ご相伴に預かろう。」

涼風は吉のだんごに目がないのだろう。お土産にするくらいだ。

「この茶は、うまいな。淹れ手も良いが水が良い。浅葱の話と違うな。」


浅葱が口に含んだ茶を、なかなか嚥下できずにいたのを思い出した。日向水(ひなたみず)ような味だっただろう。真朱がほくそ笑む。


「さて、本題にどうぞ。私に聞きたいことがあるのでしょう、陰陽師さま。」


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