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「はあ…。ため息が出ちゃうほどかわゆい。」
「今日も美人さん、手毬のツクモのてまりちゃん。」
「もちろん。櫛のツクモのくっしーくんもいいよ。」
小一時間ほど蔵の年代物の霊具を順番に愛でる。
器物が100年近く経つと、その器物から付喪神が生まれて霊具となる。
「真朱っ」
勢いよく蔵の扉が開かれる。
「向日葵。蔵の扉が壊れたらどうしてくれる。この蔵は後20年もしたらツクモが憑くかも知れないんだ。豆腐を触るように扱って欲しい。」
「へいへい。相変わらず毎日飽きもせずよくやるよね。何点あるのよ。その骨董。」
「14体…。多ければいいってことはない。愛情をかけられる位の数であることが大事なんだ。」
「じゃ、付喪神の情報いらない?せっかくこの耳を使って情報収集したけど。」
「え。」
真朱はツクモ鑑定士という仕事をしている。趣味と実益を兼ねた仕事だ。
彼女の霊力は目に特化しているので、器物に付喪神が宿っているかどうかを視たり、器物を見て付喪神が生まれるかどうかを鑑定する。
また、憑いている付喪神が人に益か害かを鑑別する。益であれば付喪神が個人が持つ霊力を上げてくれたりするのだ。
向日葵は新聞屋をしている。
彼女の霊力は耳に特化していて彼女は霊術で2キロ先の音まで拾える。
つまり盗み聞きをして情報を拾っている。
新聞屋にはよくある霊術の使い方だ。
「お茶でもいかがでしょうか?向日葵さま。」
途端に態度が変わった。
母屋に通して、茶を淹れる。
真朱がちょっと特別な日に出すお高い茶葉で、グラム2千円する。
1回分の依頼料の半分位のお高さだ。
「良き、茶葉である。」
向日葵は、満足そうに茶を啜る。
「それで。さっきの続きを聞かせて。」
懇願するように向日葵を見た。
「それが、今度の目玉は鈴彦姫らしいよ。」
向日葵が茶を啜る。
鈴彦姫は、鈴に憑く付喪神で扇を持っている。
「え…。」
「そんな…運命じゃないだろうか。」
真朱の湯呑みを持つ手が震える。
「闇市が開かれるらしいよ、都で。あんた、その湯呑み割らないでよ。大丈夫?」
「これは町で買った二束三文の湯呑みだ。まだ作られて新しいし、私も思い入れもないから付喪神が憑く予定は無い。」
「もし割れても大丈夫だ。」
「基準おかしいから。普通に割れたら危ないでしょう。それより、都まで行くのに先立つものがいるでしょ。懐具合は大丈夫?」
向日葵がお茶の催促で湯呑みを差し出してきた。
「たしかに、ここ最近は鑑定の依頼も3件しか…蔵の棚を作り替えたばっかりだしな…。」
「ま、そんなことだろうと思い仕事の話しもセットで持って来たわ。喜んでいいわ、太客よ!」
太客…!
このお茶はまだ一煎目だが…。
通常なら三煎までは飲むが、断腸の思いでそれを捨てて茶葉を変えた。
「隣町に野狐が出たらしいのよ。どうも結界の綻びがあったみたい。献上品の作物を荒らしてたらしくて、それで陰陽師さま達が派遣されるらしいよ。」
「それが私に何の関わりがあるの?」
真朱は茶葉を新しくしたのを後悔した。
「それが、野狐をおびき寄せるのに何だかお偉い方が来るらしくてね。その方がツクモ鑑定士を急遽探しているらしいの。」
「なんでもツクモ憑きの年代物のお召し物を着込んで防衛しながら囮をするとか。で、ツクモがちゃんと憑いているか鑑定して欲しいって。」
「付喪憑きのお召し物…」
真朱のお茶を注ぐ手順が早くなった。
「依頼料も1万円。」
「向日葵さま。是非、私にその仕事を回してください。」
「ここに、日時と場所が書いてある。あんたの為に猿でも分かる地図も一緒に準備してるから。」
向日葵がテーブルにメモ紙と地図を出した。
湯呑みにお茶を注ぐ。
先ほど茶葉を変えたので、濃くて旨味たっぷりの一煎目だ。
茶菓子になりそうなものがあったか頭をフル回転させた。