『一匹狼』と呼ばれている白狼さん
「ふわぁぁ。ねみぃ‥‥」
朝、学校へと登校してきた俺は、教室へと続く道を歩きながら盛大なあくびをしていた。特段早く起きたわけでもないのに、学校がある日はなぜかあくびが出てしまう。一体なんでなんだろうな。
「お、瑞人じゃねーか。おはようさん。朝から辛気臭い顔してどうしたんだ?」
教室に入るなり、俺に話しかけてくる人物が1人。
「玲央か。おはよ。ただ眠いだけだよ」
俺に話しかけてきた友人――犬山玲央に返事をしつつ自分の席へと着く。コイツは、高校にできてからの友人で、俺と最も仲のいい友人である。‥‥向こうがどう思ってるかは知らないが。
というのも、玲央は友達がかなり多い。少なくとも俺の在籍しているクラスのやつらとは全員友達だし、ほかのクラスにも何人もいる。だからまぁ、向こうからしたら俺なんてただの友人の1人だろう。
「これから学校だってのにそんな感じで大丈夫なのかー?」
「いけるいける‥‥多分」
軽いノリで聞いてくる玲央に俺は適当に相槌を返しておく。どんなに頑張っても起きていられないってわけでもないし、何とかなるだろ。
「まぁ、大丈夫ならいいけどよ。―――あ、そうだ。お前、白狼さんと席隣だったよな?仲良くなれそうか?」
「あぁ、それについてだけどよ。なんか白狼さん、俺たちとは――――」
「ちょっといいかしら?」
俺が玲央に、昨日白狼さんから聞いたことを話そうとしたタイミングで、驚くほど透き通った声が聞こえてくる。
「は、白狼さん!?」
声のした方向へ顔を向けると、そこには無表情の白狼さんが立っていた。い、いつの間にこんなに近くに来ていたんだ。
(お、おい。なんで白狼さんがこんなとこに?俺、まだ話したことないぞ?!)
(知るかよ!俺だってちょっと挨拶した程度だわ!)
耳元で玲央が囁いてくるので、俺も小声で返す。
果たして昨日の《《あれ》》を挨拶といっていいのかは疑問ではあるが、今説明するのも違う気がするし適当に言っておく。
「さっきから何をコソコソしているのかしら?」
「「はいぃぃっ!どういったご用件でしょうかぁ!?」」
若干の苛立ちを含んだ白狼さんの声に、俺と玲央はピシっ!と効果音が付きそうな勢いで背筋を伸ばし、変な口調で返事をする。
マジで白狼さんこえぇ‥‥。
「さっきから変な人たちね。まぁいいわ。私が用があるのはあなたよ」
「へ‥‥?俺‥‥?」
呆れたようにため息をついた白狼さんは、俺に用があると指をさして指名してきた。
(お前、『一匹狼』って呼ばれてる白狼さんに個人指名されるとか、なにやらかしたんだよ!?)
(一匹狼?)
「何もやらかしてなんかいない」とツッコみたいところではあったが、それよりも白狼さんのよくわからないあだ名の方が気になってしまった。
(白狼さんって転校初日の昨日、誰とも話さなかっただろ?クラスのやつらも何人か話しかけようとしたみたいだけど、圧がすごすぎて話しかけられなかったって。それで名前にも『狼』ってついてるから『一匹狼』って呼ばれるようになったんだよ)
(転校初日なのにあだ名付くの早すぎだろ!!)
「‥‥意図的に私を無視しているのかしら?」
「「大変申し訳ありませんでしたぁぁぁぁぁ!」」
机にぶつける勢いで頭を下げる俺と玲央。気づかないうちに白狼さんのことをそっちのけにして玲央と話し込んでしまっていた。
「え、えっとー、俺に用があるんですよね?」
「そうよ。ついてきてくれるかしら?」
「あ、はい」
艶のある銀髪を靡かせ、踵を返し歩いていく白狼さんに、俺は慌てて席を立ちあがりついていく。教室を出る途中で、クラスメイトの好奇の視線が集まっているのには気づいたし、玲央に関しては合掌をし何やらブツブツ言っていた。
別に俺は死にはしないだろ‥‥‥‥しないよね?
「ここなら大丈夫そうね」
ふと前を歩いていた白狼さんが立ち止まる。白狼さんが立ち止まったのは、教室がある本棟とは別で、理科室などの特別教室が主に集まる別棟の端っこだった。この辺は、朝の時間帯はほとんど人の出入りがないし、端っこならなおさら人目には付きづらい。ここで殺されるようなら間違いなく俺の死体は腐るだろうな。
「えっとー、なんの用でしょうか‥‥?」
「あっ‥‥えっと、その‥‥」
恐る恐る口を開くと、白狼さんはさっきまでの堂々とした態度を崩し、見るからに狼狽し始める。さっきまでとはまるで別人だ。
「あの、白狼さん?」
「ひゃいっ!」
え?今「ひゃいっ」って言った?「私はあなたたちとは仲良くするつもりはないわ」とか言っていたあのクールな白狼さんが?‥‥気のせいだよな?
「んんっ。ごめんなさい。少し取り乱してしまったわ」
咳ばらいをして落ち着きを取り乱す白狼さん。というか、咳払いまでいちいち艶めかしいな。
「それで聞きたいのだけれど」
「あ、はい」
白狼さんは、改めて俺の目をまっすぐ見据え口を開く。
「あなた、昨日の放課後は何をしていたのかしら?」
「放課後?」
予想だにしていなかった質問に、俺は首を傾げる。放課後って言われても‥‥。
「昨日の放課後は、スーパーで晩ご飯の買い物してそのまま家に帰ったかな」
「やっぱり‥‥。ということはあの時の‥‥」
俺の返事に何やら納得したようにウンウンと頷いている。
(てか、『あの時の』って何だ‥‥‥‥あ。)
そこまで考えたところで俺はあることに気付く。この流れは‥‥マズイ‥‥!
「は、白狼さn――――」
「昨日スーパーで私にみりんの位置を教えてくれたのは‥‥あなたよね?」
やっべぇ。墓穴堀っちまったせいで白狼さんが真実に気づいていしまった‥‥。
どうしよ、これ。