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連載予備軍

瓶底眼鏡はわたあめの夢を見る

作者: 遠野


 終わらない書類の山。次から次へと舞い込む案件。職務放棄して仕事をしない会長たちに、彼らを侍らせるご令嬢。何もかも、どいつもこいつも神経を逆撫でし、私を苛立たせる要因である。


 イライラをぶつけるように強い筆圧で書き殴り、一枚、また一枚と、着実に仕事を減らしていく。手を酷使しすぎてそろそろ腱鞘炎(けんしょうえん)にでもなりそうだと思う。それでも、生徒会役員である以上、仕事を投げ出すことはできない。ただひたすら、無心で書類と向き合い続ける。


 いかに前世の文明の利器、もといパソコンが優秀だったのか、どれほどパソコンに助けられていたのか、今生ではしみじみと実感する。神様、後生ですから今の私にパソコンをお恵みください。なんて、そんなことを願ったところで叶う望みはないのだが。わかっていても祈らずにいられないくらい、仕事に追われる日々が続いている。


 本日何件目かの棄却案件を処理するなか、コンコンコン、と控えめなノックの音が静かな生徒会室に響いた。ペンを走らせる手を止めて、どうぞ、と扉の向こうに声をかける。


 さて、今度は誰だ? 会長たちに対する苦情ならもう耳にタコができるほど聞き飽きているし、追加の案件なら勘弁して欲しい。なにせ最近は授業にろくに参加できていないのだ。特待生として授業料を免除してもらっている以上、成績が危うくなるのだけは避けたいところ。警戒と緊張でドギマギしながら来客を迎える。



「失礼します。お疲れさまです、オフェリア先輩」

「こんにちは、スタイナーさん」



 果たして入ってきたのは顔見知りの後輩ちゃんだった。私よりも小さくて、ほわんとした雰囲気の女の子。性格もちょっとおっとりしているらしく、そこがますます可愛いかったりする。ちなみに宮廷貴族のご令嬢だが、本人の希望により様付けではなくさん付けで呼んでいる。ご実家の爵位は忘れた。


 ……うーん、今日もスタイナーさんの笑顔が可愛い。癒される。彼女みたいな子が妹だったら毎日よしよしして、甘やかして、とびきり可愛がるのになぁ。ついそんな妄想をしてしまうくらい、精神疲労は積もりに積もっていた。この思考がバレて不敬だと言われる前に、妄想に歯止めをかけておかないと。



「もしかして、今日も届けに来てくれたんですか?」

「はい。だって先輩、今日もずっと生徒会室にこもりきりだったんでしょう?」



 そう言ってスタイナーさんが渡してくれたのは、先生方が特別に作ってくださった授業の資料である。毎日毎日、朝から晩まで一人で生徒会の仕事にかかりきりな私を見かね、授業に出席していなくても勉強できるようにと気を遣ってくれている。


 規則で生徒会に介入できない先生方なりに助け船を出そう、という厚意には、本当に感謝してもしきれない。授業の資料があったお陰で、私はこの前の中間試験も順位を落とさずに済んだのだから。



「……オフェリア先輩、ちゃんと休めていますか?」



 ぱらぱらと資料をめくって授業内容を確認する私に、スタイナーさんは気遣わしげな声をかけた。



「今日はなんだか、いつも以上に顔色が悪い気がしますよ」

「そうですか? 別段、体調が悪いわけではないんですけどね」



 むしろ、ここ数日で一番体調が良い気がしているのだが。スタイナーさんが表情を曇らせるあたり、他者からは真逆に見えるらしい。



「はい。……先輩、今日こそちゃんと寮に戻りませんか? 生徒会のお仕事がたくさんあるのはわかります。だけどそれは、先輩が自分を犠牲にしてまでやらなくてはいけないことなのでしょうか?」



 切々と訴えてくるスタイナーさんに、自然と私は困り顔になった。ずいぶん難しいことを言う子だなぁと思う。まあ、冷静に考えれば、スタイナーさんが言う通りだろう。私が身を粉にしてまで働く意味はないし、誰もそこまで望んではいないんじゃないかな、とも思っている。だけど。



「私がやらないと、ほかに仕事をやる人もやれる人もいないですから」

「それは、……そうかもしれないですが」



 そうかもしれない、ではなく、事実そうなのだ。この学校の生徒会は規則上、教師や一般生徒など、役員以外の人間による介入を許していない。そのくせ仕事量は馬鹿みたいに多く、これくらい各自で決めてもいいだろう、という案件さえ生徒会が吟味しなければいけなかったりする。


 去年も一昨年もそのまた前も、ずっと生徒会役員が全員がかりで捌いてきた量を今年は私一人で捌いている。会長以下数名の役員が軒並み役立たずだからである。一人の女の子に貴族のお坊ちゃんたちが寄って(たか)って言い寄り、婚約者の方々を蔑ろにしているなんて一体何処の悪役令嬢モノだ。いっそ全員、一度と言わず殴り飛ばして罵倒してやりたい。無理だけど。できないけど。平民の私がそんなことしようものなら即効首が飛びますけどね、なんたって会長はこの国の王子様なんで。



(……こんなことになるとわかっていれば、昨年のうちに役員選出方法の改定案を推し進めていたのに)



 この学校の生徒会役員は寄付金の多い順に四名+学校全体の成績トップランカー一名で選出される。つまり、寄付金さえ積めば、どんな馬鹿でも無能でも肩書きと学内権力が手に入ってしまうのである。まあ、だからこそ今代のような事態が起こっているのだが。学校側は間違いなく成績選出枠に尻拭いさせる気としか思えない。どこのどいつだ、こんな下らない制度を作った馬鹿は。



「ご心配ありがとうございます。でも、大丈夫ですから」

「……ごめんなさい。本当は、私がお手伝いできればいいんですけど」

「そのお気持ちだけで十分ですよ」



 もしも彼女が私を手伝ってくれるなら、もちろん助かる。しかし、私ごときがスタイナーさんを手伝わせたと会長たちに知れれば、きっと難癖をつけられるに決まっている。だって彼らは、この学校に平民が通うことを嫌がる側の人種だから。


 会長たちにつけいられる隙を見せれば、私なんてあっという間に罷免と退学強制のコンボを決められかねない。それは困る。非常に困る。マジで生徒会が機能しなくなるし、それによって迷惑の及ぶ規模を考えただけでゾッとする。だってあの人たち、先代の会長たちからロクに引き継ぎも受けてないんだぜ……?


 それがわかっているからこそ、スタイナーさんも手出ししないでいてくれる。手伝えばかえって私の迷惑になるから、その代わりにと、先生方からのおつかいをしてくれるのだ。


 ……私も既に相当な迷惑をかけているけど、会長たちはもっと迷惑をかけていることをいい加減に自覚して欲しい。私が迷惑かけている原因、間違いなくアンタらですからね? もはや存在自体が害悪だと自覚しろポンコツども。本当に、スタイナーさんをはじめとする婚約者の方々が気の毒すぎてならない。おファックですわ!



「部活動みたいに生徒会顧問の先生がいたら、少しは違ったのかなぁ……」

「……生徒会に、ですか?」

「え、あっ、聞こえてしまいましたか?」



 まさかひとりごとを聞きとめられるとは。スタイナーさんにごめんなさい、今のは聞かなかったことにしてくださいと慌てて頼んだ。彼女はあれこれ言い触らすタイプじゃないけれど、もし私の呟きについて外で話した時、誰が聞き耳を立てているかもわからない。下手な弱みは作りたくないという心情を察してくれたらしく、わかりました、とスタイナーさんは神妙に頷いてくれた。ヨカッター!



「そうだ、今日は先輩に差し入れを持って来たんです」

「差し入れ? って、まさかこれ……!」

「オフェリア先輩もご存知だったんですね! そうです、今王都で大人気なエクレアですよ!」



 差し入れ効果はすさまじいもので、年甲斐もなくきゃっきゃとはしゃいでしまった。前世以来、今世では初のエクレアに絶賛テンションが爆上がり中である。


 甘いものは疲れきった脳に効くだけじゃなく、心に潤いも与えてくれる。なんて素晴らしい。神様ありがとう、この世はまだまだ捨てたもんじゃないですね。優しくて可愛い女神みたいな後輩ちゃん万歳!



「本当にありがとうございます、スタイナーさん!」



 今世では前世以上に苦学生な私である。卒業までの必要経費を考えると嗜好品を買う余裕はないし、今年に至っては外出なんてできず、校内か寮内の購買に行くのが関の山。そんなわけでスタイナーさんからの差し入れはとびきりのプレゼントだった。優しさがしみるのと嬉しすぎるのとで、なんだかちょっと泣きそう。……あ、泣いた。




   + + +




「足元が暗いですから、気をつけて帰ってくださいね」

「……はい。オフェリア先輩も、今日はちゃんと休んでくださいね。おやすみなさい、また明日」



 ポロッとこぼれた涙に狼狽えるスタイナーさんをなだめ、ちょっとだけ強引に寮へと送り出す。なにせ彼女は厳しい門限のある女子寮の生徒なのだ。あまり遅くまで引き止めて、門限に間に合わない、なんてことがあってはまずい。


 ちなみに余談だが、私のように平民の出の生徒は男女共用の寮に部屋がある。男子寮、女子寮に比べると見劣りするものの、事前に申請さえすれば色々と融通が利くので、少なくとも所属の寮生には評判が良い。共用寮は寄付金で運営されているお陰でお金を払う必要がないし、何より寮母さんのご飯も美味しいしね。閑話休題。


 スタイナーさんを帰したあとは、再び書類仕事に取りかかった。本当はすぐにでもエクレアに飛びつきたかったが、中途半端なところで区切った仕事が気になってしまったためである。いやほら、やっぱり途中で放り出すのはどうなのかなと。ゲームしかり、マンガしかり、小説しかりキリの悪いところで放り出すのって気持ちが悪い。それと同じだ。



「よし、こんなもんかな。次のは休憩のあとってことで」



 さ、おやつだおやつ! ウキウキしながらお湯を沸かし、お茶の準備を始める。何日ぶりにまともに固形物を食べるだろう? 食べている暇がないか、そもそも食欲がないか。そのどちらかでここ最近は食事を抜くことの方が多く、すぐには思い出せそうになかった。


 ああでも、忘れ物を取りに戻った時、寮母さんにいただいたスープは美味しかったなぁ。あっさりした味つけだけど、野菜と鶏肉の旨味がしっかりと出ていて。柔らかくてほろほろの具材に深みのある味わいが染み込み、ほんの少しでも満足感と多幸感に満たされた。思い出すとじわりと唾があふれて、一気に寮のご飯が恋しくなった。



「……やっぱり今日は、寮に戻ろう」



 あったかごはんを食べて、一時間でもベッドで仮眠を取れば、メンタルのケアは十分だろう。そのためにも、今日中に済ませる必要のある案件をさっさと片付けないと。エクレアで糖分を摂取し、ぱぱっと最低限の案件を片付け、数日……一週間……一ヶ月……? ぶりに寮に戻る。うむ、完璧な計画だ。明日は馬車馬の如く働くことが確定しているけれど。


 大丈夫だいじょうぶ、ちゃんと休めば作業効率も上がるはずだから。大丈夫できるできるオフェリアお前ならできる大丈夫だ諦めんなよもっと熱くなれよ!! ……そろそろ本気でテンションがおかしいかもしれない。脳内の熱血漢パイセンはそっとお引き取り下さいお願いします。



「うわっ! ……あー、しまった。やってしまった」



 考え事をしていてからだろう。手元が疎かになり、いつも使っているティーカップが床に落ちてしまった。ガシャンッとそこそこ大きな音を立てて、陶器の破片があちこちに飛び散る。このカップは私の私物だからいいけど、……私物として気に入っていたものだからこそ、かえって心にクるものがあった。大きくため息をつき、とりあえず大きな破片を拾ってしまおうと膝を折って。



「今、大きな音がしたけど大丈夫?」

「えっ、あ、はい!」



 突然開いた扉と、初めて聞いた男性の声に心臓が飛び跳ねる。ビクッと震えながら振り向きざまに立ち上がる。一体誰が来たんだろう。今はただ、そんなことが気になって。


 戸口に佇んでいたのはやはり知らない人だった。私が顔を知らないということは、今年からの新しい人なのだろう。うっすらとピンクがかった白髪に深い青色の瞳。白皙にはシミひとつなく、優しげな面立ちをした好青年である。


 真っ白な白衣を着ているあたり、科学の先生だろうか? いやでも、科学の先生が辞めたとは聞いてないな。保健室のおばあちゃん先生が持病で入院したって話は聞いたけど。それなら保健室の先生か。ちゃんとご挨拶しておかないと……そう思ったのもつかの間。



「──っ?」



 突然、ぐらりと視界が大きく(かし)いだ。天地がひっくり返ったみたいになって、平衡感覚を失った身体からフッと力が抜ける。あ、これ、もしかして貧血じゃね? そう思ったのと、ばたーんと床に倒れ込んだのは、ほとんど同じタイミングだった。


 先生が焦った様子で駆け寄ってくる。大丈夫かと声をかけられたが、口がまわらず答えられない。頭の中がぐるぐるして、思考にぼうっと霞みがかっていた。手にも足にも力が入らないし、いよいよこれはまずいのではなかろうか。貧血って怖いなと、遠のきつつある意識の中で考えて。完全に落ちる間際、ふと目に留まったものは。



「……」



 しまった、スタイナーさんからもらったエクレアが……! なんて思っても時すでに遅し。私の意識はプツリと途切れ、視界は真っ暗闇に染め上げられたのだった。

こんな冒頭の連載をそのうち始めるぞ! というお話。

いざ始まると奥手とヘタレのじれったい関係になりそうな予感。あとは流行りの『ざまぁ』とか、『もう遅い』系の展開も入れられたら……いいなぁ(願望)


いざ連載が始まれば、同タイトルで投稿予定です。

よろしければ評価・ブクマ等お願いします。

(連載に向けた作者への尻叩きになるかも……?)

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