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3睡目

 

「次は貴様らの番だ」


 その言葉をどう捉えたのか、兄が妹を庇うように一歩前に出る。

 その腕に出来た傷は少しずつ塞がってはいるが変わらずに血が流れ続けている。

 それを見て、賢者は少しだけ口角を上げた。


 魔族にしては回復が遅すぎる。


 賢者は己の考察が正しいことを確信し、心底愉快に笑った。

 それがきっと悪の親玉のように見えたのだろう。兄が震える声で「早く逃げろ」と妹に告げる。

 そんな兄の前に立ちはだかったのは他でもない妹だった。


「お兄ちゃん、違うの。この人は私達を助けてくれたんだよ」

「じゃあ何で獲物を見つけたヒュガーみたいな目してんだよ!?俺たちのこと殺すつもりなんだろ!」

「殺すつもりならもう殺している」


 淡々と告げる賢者に信じられないものを見る目を向ける兄を諌めながら妹は改めて賢者に礼を言った。


「あの、本当にありがとうございます!お陰でお兄ちゃんも私も助かりました!」

「礼を言うのはまだ早いんじゃないか?貴様は先程俺に"助けてもらう代わりに何でもする"と条件を出した訳だが」

「な、何でそんな約束したんだ!」

「だって、お兄ちゃんが死んじゃうかもしれなかったんだもん!」

「安心しろ。別に取って食おうとしている訳ではない。ただ少し知りたいだけだ」

「知りたい……?」

「対魔物用の結界に弾かれ、尚且つ人語を解する知能を持つとなると魔族が当て嵌るが一転魔物を屠る程の力は無く魔法を使える様子もない。それに魔族の特徴である魔力の放出も行っていない。しかし人間と言うには回路の巡りが速い。特に兄の傷がある辺りは俺よりも速い。超高速の魔力循環は魔物の特徴にも当て嵌るが結界に弾かれたのはこれが原因か?人間と魔物どちらの特徴も併せ持つ存在がいるとは思わなかったが、魔族と人間のハーフであれば説明はつく。そうだろう?」


 どこでスイッチが入ったのか、少女の言葉を皮切りに賢者は途端に饒舌に語り出す。

 勢い余って肩を掴まれた少女はその勢いに呑まれ、こくこくと頷くしかない。

 外野が『妹から手を離せ!』とか何とか言っているが賢者の耳には全く入っていなかった。


「ふむ。そうなると貴様らの親も知りたいな。魔族はただでさえ繁殖能力が低い。それが人と交わるなど……。魔族を取り巻く状況は今どうなっているんだ?貴様らの親はどこにいる?」

「あ、無我夢中で逃げてて……。お兄ちゃん、ここどこ?」

「え?俺も見覚えがない……」


 二人を解放し一人ぶつぶつ呟く賢者を怖々と見る兄妹だったが、賢者の問いにはっとする。

 そしてその顔はどんどん青くなっていき、賢者は呆れたように眉を寄せて目を細めた。


 途端に泣き出しそうに顔を歪める二人の子供は、紛う事なき迷子だった。





 ◇◆◇





 賢者は悩んでいた。

 面倒と好奇心、どちらを取ろうかと。

 賢者は困っていた。

 結局好奇心には抗えず、少年と少女を連れて歩く。

 範囲を広げた探査の魔法にそれらしい反応が複数引っかかったのでその集団の元へ向かっている道中のこと。


「お兄さん、強いんだね!さっきのリンッて鳴ってぶわーってなったあれ、何!?」

「魔法」

「魔法って凄いんだな、兄ちゃん!」

「……」


 歩く賢者の周りをちょこまかと動く二つの影。

 賢者は思わず頭を抱えたくなり、溜息を吐くことでそれを抑えた。

 怯えていたのは最初だけ。なぜか少年と少女、二人の兄妹は賢者に懐いていた。


 人の手が全くと言って良いほど入っておらず、荒れ放題の獣道。

 そんな悪路を自らの体力に正直にのんびりと歩く賢者を急かすでもなく、ただただ楽しそうに同行する兄妹。

 子供に懐かれた経験もなければ、何故こんなに懐かれたのか心当たりもない賢者は静かに痛む頭を労りながら、ひたすらに歩くのだった。





 ◇◆◇




 野を越え山を越え時折兄妹に相槌を打ち、黙々と進むこと数時間。

 ようやく森を抜け進んだ先にその村はあった。いや、野も山も越えていないが。


 辛うじて柵のような役目を果たす木の格子に囲まれた空間に、簡易的なテントのような建物がちらほらと建ち、決して多くないが人々があちこちを駆け回っている。

 二人の子供が行方不明となってどこか焦燥とした村の雰囲気に、兄妹は自分たちが原因とはまるで思っていない様子で首を捻りながら入っていく。



「ノエル!オキュリ!」


 すぐに兄妹に気付き駆け寄る、少女とよく似た面差しにそっくりな茶色の髪を持つ嫋やかな女性と、少年の赤毛をさらに濃くした真紅の髪を持つ長身の男。

 十中八九、兄妹の親だろう。


 大好きな親を見て安心したのか、無事に帰ってこれた実感が湧いたのか、目を輝かせた兄妹が二人の元へ走る。

 置いて行かれた賢者はえっちらおっちらと重くなってきた足を気合いで動かし、その後をゆっくりとマイペースに着いていった。

 苦労はあったものの目的を果たせそうで何よりだ、なんて思いながら。


「あ、お兄さん!」

「兄ちゃん!」


 賢者を置いてきてしまったことに気付いた兄妹が慌ててパタパタと駆け戻ってくる。

 その様子は心なしか先程までよりもさらに元気そうだった。

 それを一瞥してから賢者は目の前の大人に向き直る。

 190~200cmはあるだろうか。

 身長の高い男性に対して賢者では大きく見上げる形となり、首が痛くなる。幼子であれば怖くて泣き出すかもしれない。


「君が子供達を助けてくれたんだね?」


 だからだろうか。

 威圧感を与えないよう屈み、柔らかく伝えられた言葉に男の優しさが滲んでいた。


「本当に、ありがとうございます…っ!」


 母親であろう女性も涙を浮かべ礼を告げる。

 命を助けられた子と子を救われた親。そして救世主。

 まさしくハッピーエンドと呼べる光景だった。

 しかしながら、その朗らかな雰囲気は長くは続かない。


「面白いな。人間と魔族が共に暮らす村か」


 賢者がそう告げた瞬間、赤髪の男は柔和な態度を一気に崩し、最高点となった警戒心を露わにする。

 茶髪の女性は何事かと戸惑う子供達を連れ村の奥に逃げ、隠れた。

 それを目で追う賢者と緊張した面持ちの男の間にピリピリとした空気が流れていく。


「成程な。どうやら迎えた客を袋叩きにするのがここのやり方らしい」

「……この村に何用だ?」

「特に何も。ただの好奇心で立ち寄っただけだ」

「ふざけないでいただきたい。答えによっては……」


 そう言い、まるで脅すように周囲をちらりと見る男。

 もちろんそれが示すものを既に賢者は把握している。

 二人の周りを取り囲むように構えている十数の魔力反応。

 この村の平和を守らんとする皆様だろう。

 だが。


「止めておけ。大方まともに魔法を使ったこともないのだろう?こちらに敵対意志はない」


 魔力の扱い方に無駄が多く、拙い様子からそう察する。

 辛うじて戦力になりそうなのは目の前の男を含めて3人。賢者なら瞬き1つで捩じ伏せることも可能だ。

 だが、賢者としても魔族と人間の村なんて面白いものと敵対関係になることは好ましくなかった。

 何なら是非仲良くなって根掘り葉掘り色々と聞きたいと思っている。

 なので大人しく両手を挙げて交戦の意志がないことをアピールした。


 もしもこれでも攻撃してきたらその時は少々強引な手段もやむを得ないと物騒なことを考える賢者。

 しかしその瞳から本当に好戦の色を見出せなかったのか、或いは賢者の力量を推し量り敵わないと察したのか、赤髪の男から戦意が消えた。


「……突然申し訳ない。子供たちのことで少し気が立っていたようだ。恩人に対する態度ではなかった」


 それでも滲み出る警戒は彼らの生き方を考えれば当然のこと。『気にしていない』と伝えようとして、思い留まる。

 少し悩んだ末賢者が口にしたのは別の言葉だった。


「ならば代わりに色々と聞かせて貰おうか」

「色々と?」

「ここには好奇心で来たと言っただろう」


 普段の眠り目を輝かせ(当社比)、ワクワクとした様子を隠そうともしない賢者に戸惑いつつ、未だに周囲で様子を窺っていた他の魔族も姿を現す。


 魔族と人間が共に暮らす村。

 やはり有り得ない光景だ。

 戦闘衣装を来た魔族の女性が不安そうに見守っていた人間の男性に駆け寄って行くのを、弓を担いだ人間の男性が老齢の魔族に手を貸し歩き出すのを、賢者は心底面白そうに、興味深そうに眺めていた。


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