絶対零度
絶対零度。マイナス273度です。常識ですね。渋谷のギャルに聞いても即答すると思います。
私は渋谷のギャルに声をかける勇気はありませんので皆さんで試してもらいたいところですけどね。
そもそも渋谷にギャルっているんですかね。前に、半日渋谷で突っ立ってるっていうわけのわからん仕事をしたことがあるんですけどね、ギャルらしいギャルを見なかったんです。最近は外見で分かりにくい隠れギャルが多いんですかね。
ギャルの話じゃないですね。絶対零度です。
絶対零度とは、マイナス273度ですが、摂氏温度に慣れた感覚で言うと、たとえば『溶岩は1500度』と比べてしまうと、え、たった273度ですか、って感じますよね。事実として、273度まで冷やした氷と1500度の溶岩、触ったら危ないのは溶岩の方です。摂氏温度目盛りの基準が人間の体温近辺を表現しやすくしている関係上ってのもあるとは思いますが。
一方、物理学的に正しくいろんな計算をするには、摂氏なんていうご都合主義の温度目盛りよりは、絶対零度を文字通り『0度』とする目盛りを用意したほうがよろしいかと思います。と言うわけで考え出されたのが『ケルビン』(K)という目盛りです。これは、目盛りの間隔は摂氏と同じで、基準を絶対零度にしたもの。つまり、常温が摂氏27度だとすればちょうど300ケルビンになります。体温が311ケルビンだったらおとなしく寝ているか病院にいったほうがよいと思います。
さて、先ほど、マイナス273度の氷と1500度の溶岩はどっちが強い?(意約)という疑問に対し、そりゃ溶岩でっせ、と答えましたが、では、どっちを作るほうが難しいか? という疑問に対しては、はっきりと『マイナス273度の氷を作るほうが難しい』とお答えしておきます。
便宜上、273度373度と連呼していますが、正しくは0ケルビン、マイナス273.15度のことと改めてお断りしておいてから話を進めます。
そもそも温度というものは何か。
実は、完全完璧に温度という現象を説明することはできません。ただ、形式上、温度とは『その物質を構成している最小粒子の振動のエネルギー』のこと、のように言われます。水なら、水分子(H2O)がブルブルと震えている、その振えのエネルギーです。
マクロ的な描像の観点で言えば、ブルブル震えているものは、いずれブルブルがゆっくりになって止まってしまいそうですが、ミクロな視点では、そうはなりません。別に量子力学がどうとかを持ち出さなくても、です。そもそも、マクロな視点で何かが震えたり会いたがったりするものが次第に遅くなって止まる現象というのは、ミクロの視点で見れば、たとえばブルブル物体が乗っている面の分子がブルブル物体を受け止めそのエネルギーを一時的に受け取って、すぐに返す……と思いきや、さらに後ろの別の分子にまた貸ししてしまうことでエネルギーを全額返済してもらえないことで起こります。これが積もりに積もって不良債権化してしまうとブルブルは止まってしまうんですね。一方、その不良債権はどうなったか。借りた隣の分子は、さらに隣に貸し付けています(笑)。帰ってくるかどうかも分からない隣の隣のさらに隣にどんどんとまた貸しした結果不良債権になっているわけです。返さなかった分子たちは何をしているのかと言うと、もらったエネルギーで一人でブルブル震えています(笑)。そんな中で、あ、ちょっとだけ返すわ、とか、ちょっと黒字になったからもいっかい貸すわ、みたいな事を、大元のブルブル物体の知らないところで勝手にやってるわけです。つまり、ミクロの視点で見ると、ブルブルは永遠に止まらない。もっとブルブルの少ない物体にくっつくと、「お、そっちずいぶん(懐が)寒そうやなあ、コマ回したるで」ってな感じで少しブルブルを分けてあげることはできますが、完全なゼロという状態にはどうしてもならないんですね。
いきなり答えを言ってしまいましたが、『温度とは物質粒子の振動エネルギーのことである』『振動エネルギーはどうしてもゼロにはできない』……つまり、絶対零度=0ケルビンというのは、絶対に実現できない温度の一つです。ちなみにもう一つ実現できない温度は、全宇宙のエネルギーを一点に集めたときにできる途方も無くでかい温度より高い温度です。閑話休題。
という感じで、温度は振動エネルギー。そして、隣り合っている違う温度の粒子の間では『ちょいとコマ回したるで』の法則で振動がゆっくりと伝わる。このことだけを見ると、宇宙はいずれどこもかしこも同じ温度になってしまいそうです。そういうのを『宇宙の熱的死』と呼んでいます。これをかっこよく『宇宙全体のエントロピーの総和が最大の状態』なんて表現することもできますが、本質的には『全ての粒子の間でのブルブルの貸し借りがゼロ』の状態です。
では、局所的にブルブルを増やす方法と減らす方法を調べてみましょう。
ブルブルを増やすにはどうするか。先ほど、大きなブルブル物体が触れている面、勝手にブルブルエネルギーを奪ってまた貸ししていました。別にブルブル出なくても、クルクルでもツラツラでも何でもいいんですが、何かが動いていて、それに別の何かが接触していると、そのマクロ的な動きから勝手に微小なブルブルエネルギーを取り出す連中がいます。一般的に『摩擦』と言われているアレです。なので、何か動いているものを別のものに押し付ければ確実に局所的なブルブルエネルギーを増やすことができます。火打石を打ち金にぶつけてもいいですし、電子を勢いよく空中にたたき出してもいいです。また、化学変化や核反応で飛び出す『勢いのよい粒子』も、周囲の粒子にランダムにぶつかることで最後はブルブルになります。この世の中、大体何をどうやってもブルブルを増やすようになっているんです。
減らすほうは難しい。たとえば化学反応でブルブルを減らそうと思ったら、ある分子があり、「あとちょっとだけエネルギーがあったら分裂しちゃうんだけどなー」という条件にしておいて、そこにブルブルを吸収させる、ということが考えられます。しかし、一般的にブルブルのミクロなエネルギーはものすごく小さく、分子が分裂するほどのマクロ的なエネルギーには到底及びません。前述の「あとちょっとだけ」の『ちょっと』さが、本当にギリギリのちょっと、もう、ほぼそれって不安定やん、ってレベルでギリギリのちょっとにしておかないといけません。『温まる携帯懐炉』はありふれているのに『冷える懐炉(?)』が極一部の用途を除いてほぼ見られないのは、この困難さが原因です。実際に世の中で冷たいものを作るときはもっと泥臭い方法で冷やします。ある物体に対し、すごい圧力差を内部に作ったりすごい電位差を内部に作ったりして、その物体の片側にブルブルがすごく集まってくるようにします。ブルブル自体はただの現象ですが、ブルブルの大きさ次第で通りやすくなったり通りにくくなったりというゲートを作ることは可能なので、そういうゲートを隔てて圧力や電気の力でブルブルの大きいやつだけを集めたりということは可能なのです。結果として、反対側にはブルブルの小さいやつが取り残されます。一方、ブルブルの大きいやつが集まった側には、少し温度の低い物体をぺたっとくっつけます。すると、『少しコマ回したるでー』の法則で、大きなブルブルが少し小さくなります。そこでたとえば一旦全体の圧力だの電圧だのを取り除いてやると、全体が混ざって、最初よりもほんのちょっとだけ全体のブルブルの平均が小さくなった物体になっているはずです。これを延々と繰り返して行くことで徐々に温度を下げて行くわけです。実際、熱力学の法則で、これ以外で温度を下げる方法は無いと証明されています。
さて、増やすほうは何か動かしてぶつければいいし、なんか燃やしたり核反応起こせばいくらでも増やせるのに、減らすほうはえらい手間がかかりますね。と言うわけで、たとえば仮に『温度を上げる能力』と『温度を下げる能力』があれば、後者のほうがよっぽど上等な能力と言えます。なにしろ、温度を下げる能力は、その能力の途中に『ブルブルの大きい(熱い)部分を一端に集める』を含んでいますから、上位互換なんです。
温度を下げるのが難しいことは分かった。でも、上の議論を見て、おや、と思いますか。思いませんか。思いますよね。
そう、現実の『低温を作る方法』の考察から、絶対零度が絶対に到達できないってことが証明されちゃってるんですね。
高温と低温の部分を作って高温部分の温度を下げて低温部分と混ぜて全体を冷やす、を繰り返していくとすると、仮に、高温部分を冷やすものが『絶対零度』だったとしても、低温部分が絶対零度以上であれば、平均温度は必ず絶対零度以上になります。加えて、振り分けゲートも『ブルブルの大きい人』と『ブルブルの小さい人』を振り分けているだけ。ブルブルが伝わるのをゼロにするということはできません。常にまた貸しが発生しているので、ブルブルがゼロの人というのがそもそも存在しないため、絶対零度以上の温度の物体を高温と低温に分けたとき、どちらも必ず絶対零度以上の温度になります。
10ケルビン、1ケルビン、0.1ケルビン、0.01ケルビン、0.001ケルビン……絶対零度に近づいて行くことはいくらでもできますが、完全なゼロには絶対に到達しない。それが絶対零度というものです。
逆に、絶対零度の視点(?)で見れば、1ケルビンは0.0001ケルビンの1万倍、大変な高温です。体温311ケルビンの風邪気味の人は、たかがその311倍に過ぎず、1500度の溶岩もたかが1500倍に過ぎません。絶対零度を基準に世の中を見れば、人間とその周りのヤバイ熱さの物体なんて、実に狭い世界なんです。0.0001ケルビンと同じヤバさというのなら、太陽表面6000ケルビンを持ち出してきてようやく同じくらいのヤバさです。1ケルビンより下の狭い世界、それでも宇宙のほとんどの領域は太刀打ちできないほど広い世界なんですね。
ということで、もし『絶対零度まで冷やせる能力者』なんてのが出てきたら、それは、宇宙で一番ヤバイ人です。宇宙の温度単位全てを包含しても余りあるほど広いレンジの温度を自在に操れるということですから。まあ、何がヤバイってヤバイヤバイと連呼してる私の語彙力が一番ヤバイですが。