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月立淳水の科学カタログ  作者: 月立淳水
2.基礎科学
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運動量を守ろう

 SFを書くってとき、ちょっと気にすることってあるじゃないですか。

 それは、単に『科学的厳密さ』みたいに言われることもあると思うんですけど。

 ただ、架空の科学理論や技術を登場させた時点で、科学的には厳密に正しい話ではなくなってしまうんですね。

 それでも、SFとしてそれらしい話を書くにはどうするのか。

 その一つの答えがですね、保存則だ、というのは、割と知られた考え方。

 少し前の節でも書いた通り、世の中のほとんどの物理法則は、保存則の組み合わせで記述されています。どの量が保存されるか? というのを決めて、その量の変化や発生・消滅を表す現象を『項』として足し算していって、最終的に『=一定』と結ぶ(実際は=0で結ぶ場合が多い)。物理法則ばかりでなく化学とか工学の分野の理論式導出でもよく用いられる方法です。情報学ですらそれに近い保存式があったりするくらいです。

 そんなわけで、保存則を守ると、SF的にいい感じに厳密チックな話が書けると思います。

 実はこの辺は割と誰でも意識してるレベル。

 だけど、問題は、その保存則の対象がどうにも『エネルギー保存則』に偏りすぎてるんですよね。

 広義のエネルギー保存則。質量もエネルギーの一種として、総エネルギーが保存される、その理屈は外さないようにSFガジェットを登場させるよう気をつけている人は結構多いのです。

 ところが、もう一つ、とても大切な保存則があるんです。

 それが、運動量保存則。

 これも、保存則の項でちらっと書きましたけど。

 運動量って、エネルギーとは独立して保存されなきゃならない量なんです。

 簡単に言えば、押せば押し返される。動き続けようとする『勢い』はそれをどこかに移さない限りゼロにできない。運動量は、なんと言うんですかね、座標に対する貸し借りみたいなもので。実際、少し高度な定式化の中では、座標と運動量はペアで出てきます。質量とエネルギーがペアで出てくるように。エネルギーとは全く違う概念なんですね。

 運動量がちゃんと保存できない理論や技術は、ちょっとSF的にはいただけない。こんな風に厳密に考えなくてもですね、運動量が保存してないっぽい理屈が登場すると、普通に読んでいるだけでも「なんだかその理屈、おかしいな?」という違和感があるものです。

 先ほども書きましたが、運動量というのは、例えばボールが右から左に動いていたら、「動いているという事実」そのものを表しています。ただ、象が動いていても蟻が動いていても同じ事実ってことはないだろ、ってことで、「動き」×「質量」がその定義になっているのですが、「運動エネルギー」というのが動きの二乗×質量って定義なもので、どうせ似たようなもんだろ、と扱ってしまいがち。

 だけど、運動エネルギーそのものは、簡単にほかの形のエネルギーに形を変えることができます。たとえば、1トンもの車が、ブレーキを踏むだけでピタリと止まる。瞬く間に運動エネルギーがゼロになり、そのほぼすべてがブレーキパッドの摩擦熱のエネルギーになってしまいます。

 ところが、運動量はそうはいかない。車体が車軸を押す。車軸がブレーキドラムだかブレーキディスクだかを押す。それがブレーキパッドを押す。ブレーキパッドは固定されているので車軸を押し返す。車軸は押し返されたから今度はタイヤを押す。タイヤは地面を押す。地面は押されて……さて。どこいった。分かりますね。その分、地球そのものがわずかに車の進行方向に向けて回転を速め、重心方向成分の運動量分、加速しているんです。だから、運動エネルギーのほんのわずかな部分だけは、地球をちょっと加速するのに使われています。

 保存すべき運動量をほぼ無限の容量を持っている地球に引き渡せる地に足の着いた話ならまだいいんです。でも、SFとして、(文字通り)地に足の着かない妄想をしているとき、これは困ります。宇宙の戦いで突進してくる敵巨大ロボットをがっぷり四つで受け止めて上手出し投げを決める……なんて描写があると、ちょっと心がざわざわします。割と本能の部分に、運動量保存って染み付いている気がするんです。だって、ムシャクシャしたときに蹴っ飛ばすのは巨岩じゃなく小石ですよね。運動量が保存されるっていう本能的な感覚があるから、「巨岩だと蹴っても動かないから足が痛いかも」と直感で分かるわけです。だからこそ、そこを破ると、なんだか変だぞ、と感じちゃうんです。

 そんなわけで、みなさん、いろんな保存則はありますが、特に運動量は用法用量を守り正しく保存しましょう。保存方法を誤るとせっかくの妄想が傷むことがありますのでお気を付けください。

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