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月立淳水の科学カタログ  作者: 月立淳水
8.生命科学
27/32

鏡が左右逆になる理由

 鏡はなぜ左右逆に映るのでしょうか。


 長い間人々を悩ませてきた哲学的な問いの一つです。

 ここで私が驚愕の事実をお伝えします。


 鏡は左右逆に映っていなかった!!


 ……はい。そうですね。想定内ですね。むしろ、今頃お前何言ってんのくらいの話ですね。

 鏡は、左右ではなくて奥行きが逆に映っているというのが正しいようです。

 だって、右手を動かしたら、鏡の中の自分は、()()()()()()()()()()()()()()もんね。全然左右逆になってません。


 そう。左右逆になってないんです。

 事実として、右手を動かせば虚像の右側の手が動いているわけですから、左右が逆になっていないことは紛れもない事実なんです。


 にもかかわらず、ヒトは『鏡は左右逆に映る』と認識します。

 実のところ、左右逆に映っていると思う人と、左右逆になっていないと思う人、分かれるみたいです。某公共放送によると。


 私は、小さな子供の頃は割と普通に『左右逆になっている』と受け取っていました。

 しかし、結構歳をとってきた今では、『左右逆になっていない』と考えるようになっています。

 これは、いろんな(屁)理屈を頭に詰め込んでしまったためという理由もあるとは思いますが、ということは、(屁)理屈が無い状態であれば、左右逆に映っていると受け取ることの方が自然なのかもしれません。


 さて、ここからは、私の説。同じ説唱えてる人いたらゴメン。でも、私が独自に思いついた説なので『私の説』で押し通します。


 社会性、というか、文化を持っている生物というものがいます。もちろん、人間はそうですが、霊長類の一部やそれ以外の『頭が悪い生物』(ひどい)の一部にも、社会性とある種の文化を持った生物がいます。

 ここで言う『文化』というのは、ある個体が後天的に獲得した技能が集団内で共有されること、としておきます。要するに、誰かが編み出し他の人が共有する何らかの知識や知恵、のことを文化と呼んでおきます。


 で、文化を持っている生物の筆頭であるホモサピエンスですが、その文化の伝え方はどのようなものでしょうか? 言葉でしょ、という回答が大多数を占めると思いますが、確かに、言葉は結構細かなニュアンスまで伝えることができる万能文化伝播ツールとなりえます。が、やはり言葉では伝わらないことは多いのです。そう、あなたの気持ちとか、ね☆


 ……えーと。変なものが紛れ込みましたが、よく職人が弟子に「見て盗め!」なんて言うシーンをドラマなどで見るわけですが、これは、よほど職人の語彙が不足しているか弟子の語彙が不足しているかそもそも言語では表せない技かのいずれかです。いずれだったとしても、弟子は見て盗むしかないんですね。要するに、師匠のやっていることを見て、それを模倣する。

 実は、この世で生きているホモサピエンスのほとんどが、この作業を行っています。言葉を覚える前。言葉を覚え始めたとしてもまだたどたどしく、語彙に不自由な子供時代。大人がやっていることを見て、それを模倣することで、いろんな文化を学んでいきます。箸の使い方なんて実際にやって見せないと絶対に伝えられません(三児のパパ談)(苦笑)。


 もう少し対象を広げて言ってしまえば、文化を持つ生物は他者の模倣で文化を共有する、ということです。


 さて、模倣するときに、困ったことがあります。相手のやっていることを、自分の身体に置き換える、という複雑な処理です。相手がベロを出す。自分は、それを見て、唇を緩め舌の奥の筋肉に力を込め舌全体を前に押し出しながらさらに舌の両側の筋肉を引き締めて前に突き出す。案外難しいんです、これって。ってことで、どんな生き物でも文化を持てない理由はこの辺にあります。文化を持てる生物は、この辺の変換処理を本能的にできるブラックボックス的な回路を脳の中に持っているのだと思うんです。要するに、脳の回路の中にこの『模倣回路』があるかないか、これが、文化を獲得できるかどうかの分かれ目になっているように思うんですね。


 人間は特にこの模倣回路が発達していて、小さな子供のうちから親のやることは何でも真似できるようになります。そして重要なことですが、たとえば親が『左手で茶碗を持ち右手でスプーンを使う』のを見ると、同じように『左手で茶碗を持ち右手でスプーンを使う』のです。でもよく考えてください。子供から見た親は、子供から見て()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そのまま真似をしたら逆になっちゃいませんか? そこで模倣回路。模倣回路はおそらく、『対面している人の向かって左側の手が動いたら、それは自分の右手のことである』と変換してくれているはずなんです。


 さあ、鏡が左右逆に見える理由が分かりました。


 そう、文化を持つための本能、『模倣回路』が、鏡に映った自分の『向かって左側の手』を『右手』と認識させているために、『左右が逆だ』という新たな認識を生んでしまっているのです。

 そして、ある程度歳をとって、模倣回路による本能的な反応をほとんど使わなくなった人は、別に左右逆じゃないじゃん、と感じることもあるわけです。


 ということで、この模倣回路がどこになるのかを特定する仕事は脳科学者の皆様にお譲りいたします。いや、そこまで私がやっちゃうと、ね、ノーベル賞じゃさすがに足りないですから。

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