人はなぜ生きるのか
人はなぜ生きるのか。
何千年も時代時代の哲学者たちを悩ませてきた疑問に私が明快にお答えします!
……しません。うそです。すみません。生きててすみません。
人はなぜ生きるのか。
純粋に、生物として、なぜ人は生きているのかを考えてみたいと思います。
生き物、つまり生命と呼べるものが地球上で誕生してからこちら数億年、実は、この生命の鎖は一度も途切れたことがありません。よくよく考えれば当たり前のことなんですが、突然言われると驚きますよね。いや、もしかすると生命は二回以上誕生した可能性も否定はできませんが、今のRNA/DNAベースで自己増殖する形がそうそう何度も生まれても困りますので、本当の誕生は一度きりだったと言うことにしませんか。しておきましょうよ(誰に言ってるんだ)。
と言うことで、生命は、そう呼べるものが誕生してからあなたに連なるまで一度も途切れたことが無く、進化論的な考え方を正とするのであるならば、もっとも強く働いた進化圧は『あなたまで繋がること』だったことは疑いようがありません。つまり、次の世代を産むこと。
あなたはなぜ生きるのか。それは、次の世代を産むためだったのです!
……なんていう結論になるわけがありません。それだったらこんな稿を起こすわけがありませんって。ここからがとても大切なポイントです。
人、ホモサピエンスを代表として、多くの生物は、『社会性』というものを備えています。オスメスの番だけの関係ではなく、もっと広く、薄い血縁関係の間に、利益の共有や役割の分担が生じるような特徴です。
蜂や蟻を思い浮かべると分かりやすいのですが、いわゆる働き蜂、働き蟻は、一切生殖しません。自分の子孫を残すことが無いのに、黙々と与えられた役割を果たしています。つまり、社会的生物としては、生きて社会を維持するだけで種の存続に貢献しているとも言えます。安心ですね。
ただ、結果として、自分の兄弟筋に当たる子孫がより生き残りやすくすることに寄与しています。働き蟻は同じ女王蟻が、同じ精子卵子の組み合わせから生み出した子孫たちで、最後に女王蟻が産む『次世代の女王蟻』も、最初の受精で得られた受精卵からです。つまり、働き蟻たちは、全く同じゲノムを持つ兄弟を生かすために働いていると言うことになります。
もしあなたが双子や六つ子であれば、あなた自身が結婚して子をなすことが無くても、同じゲノムを持った兄弟を生かすために社会の一員として働いている、という弁は立ちましょうが、そうでなければ、あなたの生きている意味はなんでしょうか(煽り)。あなたがどんなにがんばっても、あなたと同一のゲノムを後につなげることはできないのです。
さて、ここでちょっと話が逸れます。
人間の寿命の話です。寿命心拍数仮説なんていうことを聞いたことがあるかもしれませんが、一般的な哺乳類はおおよそ20億拍の心拍数で寿命を迎える、という仮説です。もちろん仮設は仮説なので、これが未知の生物に当てはまるかはなんともいえませんが、よく研究された生物ではこれに当てはまるものが多いそうです。が、そこに当てはまらない代表生物が、人間だったりします。せいぜい一割二割ずれている、と言うのならまだしも、おおよそ二倍にも及ぶ寿命を持つようです。
栄養状態だの医療だのという要素があるのは当然ながらも、割と大昔から、人間は現在と近い寿命を持っていたようです。平均寿命ではなく、限界寿命として。で、人間が生殖できる限界は、せいぜい40歳くらいまでですよね。この40歳くらいというのが心拍20億回仮説から導かれる限界寿命なのですが、その辺まで健康に生きた人は、たいていはその倍近くまで生きちゃうみたいです。
なぜ人間の寿命は(進化の過程で)延びたのか。その答えのひとつは、『言葉』ではないかと私は思っています。
言葉は、人間を人間たらしめている最大の特徴の一つです。たとえば、働き蟻の行動は、おおよそゲノムに刻まれた本能的な行動を逸脱しません。行動様式の変化が起こるのは、何らかの進化圧の晒されたときくらいです。親から子への情報の伝達はゲノム頼みなんですね。一方、人間は、親から子への情報伝達のほとんどを言葉を以ってします。成人した人間の行動のほとんどは、本能よりも親から学んだ行動様式に従っていると言っても過言ではありません。
言葉は、ゲノムが伝えるよりもはるかに抽象的な概念を伝えることができますし、はるかに具体的な事物を伝えることもできます。『人前で裸になるのは恥ずかしい』とか『多変数関数の全微分はその全微分に関する変数に関する偏微分と各変数に関する偏微分に全微分に関する変数の各変数微分を乗じたものの和である』なんていう知識を言葉で伝えることができるわけです。
狩りや採集に関する様々な知識を、言葉によってより詳細に、なおかつより包含的な概念として伝えることができるようになったことは、人類の生存性に大きな影響があったと思われます。よりたくさんの知識を蓄え、それをより正確に集団内に拡散すること、それが『人類が人類である最大の武器』だったはずです。
当然、知識が増えるに従い、学習時間は増えます。学習に必要なものは、『教わる側の生徒の時間』だけでなく『教える側の教師の時間』も、です。しかし、生産のための貴重な人材を教師に割くのはもったいない、となると、おおよそ生産を終えた40歳以上の『老人』たちが、教師の役割を負うようになっていったはずです。
つまり、生産年齢を過ぎても十分に長い寿命を持っているのは、そこからさらに『教師として第二の人生を歩むため』、とも言えます。教師としての第二の人生を歩める人を多く含む集団ほど生き残りやすかったはずで、それが、寿命を延ばす進化圧になったと思われるのです。
その後、科学の発展に従い、人類が持っている知識は一人の人間の頭脳に収まる限界をはるかに超えました。知識の全てのインデックスを脳内に持っている人間さえいないと思います。ほとんどの知識はインターネットや本などの中にぎっしりと詰め込まれ、分野ごとにそれらのインデックスを脳内に格納した人がいて、インデックスに従い必要な知識を取り出して使う、という知的分業がかなり進んでいる状態です。
どの知識に関しても『絶対に無駄』と言い切れるようなものはありません。宇宙の究極法則から旬のAV女優のピー(自粛)ーーまで、その知識のインデックスを持っている人は、それをどこかで誰かに伝えることがとても大切なことです。
つまり、あなたが生きているのはなぜか、それは、『情報タンクとして』です。これは、人類特有の生きる目的です。
生殖によりゲノムを伝える以上に、情報、あるいはそのインデックスを言語の形で後世に伝えて行くことは、人類が進化の結果言葉を獲得したことから必然的に導かれる『個の役割』の一つになっているのです。
つまり、あなたがいつまでたっても童貞で子孫を増やせる気配が無くても気にすることはありません。あなたは人類に対して情報タンクとしてとても大切な役割を負っているのです。どんなくだらないことでも学んで記憶し、時にはそれを誰かに対して吹聴すること、それがあなたの生きる意味です。人類の遺伝子プールに一ミリも貢献していないとしても!!




