免疫さん
人体には免疫と言うものがあります。
SF(特に古いもの)では、割と免疫をテーマや小道具にしたものが多いのですが、一方、最近でもどんどんと免疫に関する新しい知見が増え続けています。あえてここでその古くて新しい免疫さんについて語ってみましょう。
免疫、とひとくくりにしてしまうと怒り出す人もいるくらい、免疫というのは結構いろんな仕組み・仕掛けが絡み合ってできているみたいです。実のところ、その全容のメカニズムは解明されていないと言ってもいいくらい。ですが、皆さんはそんな難しいことを知る必要はありません。今解明できている範囲の免疫の出来事のことを知っておくだけで、人間が未知・未踏の大地で免疫をどのように働かせられるかを十分に妄想できます。
免疫を実現するための仕組みには、大きく分けて二つあります。
ひとつは、「自分じゃないものは全部破壊!」という乱暴な免疫。
もうひとつは、「危ないものだけを無害化」というクレバーな免疫。
前者はとてもシンプルです。免疫といっても生物の体の中の出来事ですから、だいたいは細胞がその役割を担っていますが、その中に、外来物をとりあえず食べちゃうという細胞があります。むしゃむしゃと噛み砕いてその中身を分析してみたら明らかに自分の体じゃない、と分かると、総攻撃を仕掛ける超危険な細胞たちがいます。たとえば、(細胞から見ればでかい)細菌がごそっと入ってきたら、こいつらが集合して十字砲火です。ひどい。
後者が難しい。いや、免疫のイメージって、割と多くの人が前者のイメージだと思うんですが、人間の免疫でもっとも効果を発揮しているのは、実はこちらなんです。
その前に、免疫が何のためにあるのかをおさらいしておきます。
免疫は、人間の体が何らかの攻撃を受けてもそれに対抗するためにあります。たとえば、先ほども書いたとおり、細菌が進入してきたらそれを排除しないと、感染症で危険なことになります。
ただ、そういった意思を持った(?)攻撃よりも、実は無意識の危険、割とありふれた小さなたんぱく質などのほうが危険なことが多いものです。たとえば、蛇の毒とか。
そういう小さなたんぱく質はどうして危ないのでしょうか。たとえば、ある危ないたんぱく質(以降、毒物と書きます)が体に入ったと考えます。その毒物は特徴的な形で、その構造の一部が上手く人間の体のどこかの細胞の表面にぴったりハマるようにできています。その表面のぴったりハマる部分というのが、実は大切な栄養素を細胞に取り込む入り口だったらどうでしょうか。細胞は栄養を取り込めなくなって死んでしまいます。同じように、ぴったりハマると細胞が他の細胞からの重要な信号だと勘違いしてクルンと中に取り込んじゃうようなくぼみもあり、中に入った毒物が細胞内の大切な組織を破壊してしまうこともあります。たとえば、神経細胞にだけある特定のくぼみにはまるような毒物は神経毒。神経をやられると一気に行動不能になるので、毒をもつ生物というのは結構神経毒を活用しているみたいですね。毒物というのは、こんな風な仕組みで人間の体に害を与えます。
じゃあそんな毒物パクパク食べちゃえばいいじゃん、ってことになるんですが、今度は、細胞に対して毒物分子が小さすぎます。小さい上に多い。桁が違うんです。ピストル一丁でマシンガンに立ち向かうようなものです。
じゃあこっちもマシンガン持てばいいじゃん。
という発想で生まれたのが、後者の選択的な無害化の仕掛け。
毒物よりもさらに桁が多い数の弾丸をぶちまけ、毒物を相殺するんです。その弾丸ってのが、毒物分子よりもさらに小さい「抗体」。
この抗体、毒物分子の形の中で一番特徴がある部分にぴったりとハマるように作られています。そこに抗体がぴたりとハマるとどうなるか。毒物が目的の細胞のところにたどり着いても、細胞のくぼみにぴたりとハマれなくなってしまいます。くっついた抗体が引っかかって。つまり、毒物は毒物として働けなくなってしまうんです。
よーするに、毒物が細胞に対してやってることをそのままやり返しているだけです(笑)。
じゃあ、この抗体は、どうやって作りましょうか、ってことになるんですが、ここはもうなんちゃら細胞のなんとかレセプタがどうのこうのって話になるので、すっごく省略してお話しすると、「むしゃむしゃして毒物の一部を取り出す細胞」と「その一部に自分を押し付けてカタを取る細胞」と「とれたカタにたんぱく質の元を押し込んで抗体を作る細胞」の連携作業です。ちなみに「カタを取る細胞」が「カタごと増殖・継承する」ことで毒物のカタをずっと覚えておけるので、こいつをメモリー細胞とか呼んだりするみたいです。
この抗体、ややこしい仕組みだけあって、活躍範囲は非常に広範囲。たとえば、細菌の進入に対しても、細菌が細胞を溶かして食べようとするその溶かす酵素(毒素)を抗体で無効化する、みたいな形で、でかい相手との戦いにも参加できますし、もちろん、最小の分子である毒物にも対抗します。
ちょうどその中間くらいにいるのが、ウィルスや細胞に感染する超小さい細菌。細胞よりもずっと小さいけれど単純な毒物ほど小さくない。ほっとけば薄まる毒物に対してこいつらは条件を満たせば爆発的に増殖する。という一番厄介な相手で、抗体はこいつらとの戦いのまさに主戦力となります。
対ウィルス・小細菌の戦いの勝利条件は「一粒残さず無害化する」です。一粒見逃して細胞内に逃げられたら何万倍になって出てくる連中です。まずは直接やっつける。抗体をどっかにくっつければ、それだけで「俺は異物やでー」の信号になるので、むしゃむしゃ君がやってきて食べてくれます。それでも数が多いので時間がかかる。次にやることは、こいつらを細胞内に逃げさせない。そのためには、ウィルスが細胞内に侵入する仕組みを抗体で無害化してやればよいわけです。ウィルスや小細菌が持っている、細胞に進入するためのツルハシ的なものに抗体をくっつけて役立たずにしてしまいます。さらに、それで細胞への進入を防げなかったとしても、抗体がくっついたウィルスが細胞内にいると、細胞の表面にひょっこりと抗体がはみ出てきたりします。つまり、細胞曰く「俺は異物やでー」。むしゃむしゃ君がやってきて細胞ごと一網打尽です。外にいれば抗体の嵐、中に入れば丸ごとむしゃむしゃ。ウィルス的なやつらからしてみれば、実に分の悪い戦いですね。
ちなみに、後者の「危ないものを覚えておいて無害化」というタイプの免疫は、人間をはじめとする高等生物にしかありません。逆に、このタイプの免疫を得たから様々な環境変化に耐えて種として高度に進化できたとも言えます。
逆にこれが困るのが、いわゆるアレルギー。別に害があるわけでもないたんぱく質に、何かの拍子に「こいつは悪いやつだ」とカタを取る細胞が反応しちゃったらさあたいへん。カタが増える→抗体ができる→次に入ってきたときに抗体がくっつく→抗体「俺は異物やでー」→もっとカタ取らなきゃ→カタが増える……食べれば食べるほど悪くなる悪循環。ソバだの何だの、そういうことを起こしやすい特異的なたんぱく質を含む食べ物というのはありますが、たんぱく質を含む食べ物や接触物であればすべてのものにこの可能性はあります。いや、むしろ、よくぞそういうのに反応しないでバランス保ってるよな、と驚くくらいなんですけどね。
ナノマシンを使ったら免疫はどう反応するか? あるいはナノマシンで全く新しい免疫システムを作ってみたらどうだろう? そんな妄想を拡げたりする、ちょっとしたネタにでもなれば幸いです。




