階層モデル
通信というのは、情報をあっちからこっちに伝えることです。
Aさんが「バナナ食べたい」と言ったら、Bさんが「あ、Aさんはバナナ食べたいんだな」と理解する、これが通信。
だけどこれ、ちょっとヘンじゃありませんか?
だって、Aさんは「バナナ食べたい」しか言ってません。なのになぜ、Bさんは「Aさんはバナナ食べたい」と思ったんでしょう。
そこには、理解の深さ、洞察、そういうものが働いています。Bさんから見れば、Aさんが唐突にバナナ食べたいとか言い出した以上、バナナを食べたいのはAさんに違いないと洞察するのに十分な状況だった、そういうことです。
ここで言う「唐突」とか「状況」とか、そういうものは、伝えている情報そのものには含まれていませんが、結果として伝わっています。情報の本当の意味を理解するのに必要なのは、情報の中身だけじゃない、ということです。
これは、実際の通信技術でも活かされています。
確かに発した言葉は「バナナ食べたい」なのでしょう。ですが、その言葉に、「誰が発した」とか「いつ発した」とか「そのときこういう状態だった」という付加的な情報が付け加えられていって、本当の意味が通じるようになります。こうした付加的な情報を付け加えて行くのは、通信技術では「レイヤー(層)」と呼ばれています。
Aさんの高次脳(欲求)は、おなかすいた、今だったらバナナ百本くらい食えちゃうぜ、なんて思います。続いて中位脳はBさんからバナナをもらおうと思い「バナナ食べたいと言いたい」と思います。次に低位脳が、「その言葉にこんな表情や身振りをつけてみよう」と判断して付け加え、口や舌や全身に指令を出します。声帯と舌ははバナナ食べたいを空気の震えに変換し、体は身振りをします。口はそれをBさんの方向に向けて放ちます。空気は、その音がAさんの口から発したことをBさんに伝えます。ついでに空間は身振りや表情を光としてBさんに伝えます。
Bさんの耳は、空気の震えを受け入れ、空気の振るえの到来方向や大きさを本能的に察します。内耳は振るえを音階に分解して脳に伝えます。同時に目や触覚などでBさんが付加的につけた表情や身振りを捉えます。低位脳は音を言葉として認識し表情や身振りから感情を読み取ります。中位脳は感情と合わせて情報の内容を理解し、高次脳が「こいつ百本くらい食えそうな顔でバナナ食いたいとか言いやがった、やるわけねーだろ」と思います。
こうやって考えると、お話しているペアは、次のようになりそうです。
・Aさんの高次脳とBさんの高次脳
・Aさんの中位脳とBさんの中位脳
・Aさんの低位脳とBさんの低位脳
・Aさんの声帯や舌とBさんの内耳
・Aさんの口とBさんの耳
・Aさんの身振りとBさんの目
たとえば、口と耳は、空気を介して震えを共有しています。声帯と内耳は震えのパターンをやり取りしています。実際、口とか内耳は、「あーバナナ百本食いてぇなあ」なんてことは理解していません。理解しなくてもやり取りは成立しています。一方、バナナ百本食いてぇなあと思った高次脳は、声帯の筋肉や舌の形の微調整のことなんて何も気にしなくても、あるいは「私は」なんて主語をつけなくても、なんとなく相手に意図が伝わるだろうな、と思っています。
これが、いわゆる階層モデルというやつです。
上の人は下の人の仕事を気にしなくても良い。下の人は上の人の仕事を気にしなくても良い。最低限の仕事の依頼・受領だけをしていれば、トータルとして通信は成立している、というわけです。
それぞれの階層で、お話している言葉が全く違う、ということに注意しましょう。この例では、狭い意味での「言語」をしゃべったり聞いたりしているのは中位脳の階層です。高次脳は、さらに他の情報や状況を組み合わせて、言葉の持つ真意を理解しようとしていますし、低位脳は単に音のカタマリとしか理解できません。それでも、AさんとBさんの中のそれぞれの階層は、お互いに理解できる言葉でお話しています。通信ではこれを「プロトコル」と呼びます。単なる空気の震えも組み合わせの言葉も、それぞれに組み立てるルール=プロトコルがあるから、お互いに情報を伝え合うことができるのです。
ホンモノの通信の例を挙げてみましょう。たとえば、スマホで動画を一つ見ようと思ったとき。
・画面上の点一つ一つの色や輝度とそれを表すデータを相互に変換する人
・数字になった情報を規則正しく並べたり戻したり人
・並んだ情報を動画の再生速度に合わせて送り出したり受け取ったりする人
・届くまでの時間や情報欠損などを検知したり知らせたりして送り出し・受け取りペースを調整する人
・届けるデータが他のアプリなどの情報と混ざらないように札をつけたり札を見て仕分けする人
・届けるデータが他の人のスマホに届かないように道順を考えてあげる人
・道順の交差点ごとに曲がる方向を間違えないように教えてあげる人
・通行方向を管理して正面衝突が起こらないように管理する人
まだまだ細かくあるんですが、こんな感じで、それぞれはそれぞれで必要だけど、同じレベルの相手と話をしていれば十分に仕事が成り立つ、というペア同士で通信が成り立っています。大雑把に、下の方がより簡単な仕事だけれど、仕事をしなくちゃならない機会が多い、という関係になっています。たとえば、スマホで動画ではなく、PCでSNSをやるときも道順や通行方向の管理の人たちは全く同じ仕事をします。一言で言えば分業制ですが、特に「上位」「下位」という観点で分業したのが階層モデルです。
この利点は、「難しいことをやんなきゃならない人を少なくできる」ということ。一人の人が難しいことから簡単なことまですべてできて、全員がそうなっている、という状態よりは、難しいことができる人には難しいことだけに専念してもらう、簡単なことに専念してもらう人にはその分たくさんの仕事をしてもらう、と考えると、仕事の質ごとに変えなきゃならない部分と、どの仕事でも共通でやらなきゃならない部分、という分け方が幾通りも出てきます。共通の部分はその部分に専念する人にやってもらえば一番効率がいいですよね。なんだか話してて、ゼネコンとかなんとかいう言葉が頭に思い浮かんできましたが放っておきます。
このように、通信は、一つのことをやるためにもいろんな人がそれぞれの言葉で相手とやり取りする仕事を担っている、ということです。
「バナナ百本とかは無いんだけど、一本くらいなら」
「一本? すくねぇなあ。他に何か出ないのかい」
「うーん、出なくもないけど……」
「え、何が出んだい」
「……海草も出る」




