歯車
歯車というと、一体どんなものを思い浮かべるでしょうか。
はい、また馬鹿にしたー。読者馬鹿にしたー。
大丈夫です、皆さん、ちゃんとギザギザのついた輪っかを思い浮かべていることなんて百も承知です。当然です。
そう、そのギザギザ輪っか。
なんでギザギザなんですかね。
滑らないように。
そう、滑らないように、ギザギザでしっかりと噛み合います。このことを、もうちょっとアカデミックに表現すると。
歯車システムの起点から終点までトルクを百パーセント伝えるため。
となります。
いきなりトルクなんていう言葉が出てきました。困りますね。トルクというのは、なんというか、「ぶん回し力」みたいな感じです。長い棒の先っちょに重りをつけたのと、短い棒の先っちょに重りをつけた場合、重りと反対側の端っこをつかんで持ち上げようとすると、前者のほうが明らかに大変です。その「大変さ」をあらわすのがトルクです。「支点と力点の距離」×「力の大きさ」で表します。よーするにテコの原理と呼ばれる法則で保存される量です。
何かがくるくると回って力を伝えるとき、回る支点=輪っかの中心と、力を伝える点=輪っかの外縁の間には必ず距離ができます。なので、「回って伝える」というシステムは、トルクを伝えている、と言うことができます。
たとえば、トルクを百パーセント伝えていない例はどんな状態でしょうか。たとえば、後輪を浮かせた自転車をこぐところを想像してみてください。こいでもこいでも後輪は空回りして、どこにも力を伝えていませんね。こぐ速さよりも後輪の速さのほうが大きくなると、全く力がかけられなくなり、足のほうが空回りします。こぐトルクは、タイヤを回すエネルギーとしてタイヤ自身が反力を発生させ、タイヤのところで百パーセント反射されてしまったのです。タイヤがある程度速く回り始めると、タイヤを回すエネルギーが不要になるので、反力を発せさせられず、足が空回りです。
タイヤが地面から浮いているからこうなったのですが、たとえば、つるつるの氷の上だとどうでしょう。ちょっとはマシですが、やはり空回りする可能性はあります。コンクリートや砂利道でもこぐ力がすごい競輪選手なら空回りさせられるでしょう。
究極的には、「押しても絶対に壊れない出っ張り」と「押されても絶対に壊れない引っ込み」をかみ合わせれば、どんなに強い力でこいでも空回りしません。これが、トルクを百パーセント伝えることができている状態です。
それを無限に繰り返せるように、輪っかの周りに出っ張りを並べ、出っ張り同士が噛み合うようにしたのが歯車。現実では絶対に壊れない歯車の歯というのはありえませんが、材料そのものがぶっ壊れる限度まではトルクを百パーセント伝えられるというのは、単に摩擦で動力を伝えているだけにくらべればはるかに効率が良いということは言うまでもありません。
さらにもうひとつ、歯車の役割を挙げるなら、二つの歯車が噛み合っているとき、片方の歯車の回転の程度(回転角度)ともうひとつの歯車の回転角度の比が必ず一定になる、というものがあります。
たとえば時計。アナログ時計では、長針が十二回回ると短針が一回回ります。回転角度の比率は十二対一。何があってもこの比率はずれません。なぜなら、歯車同士ががっちりと噛み合っているからです。歯車の歯をもっともっと小さくしていけば、もっと精密な比率を作り出すこともできます。無限の歯車材料があれば、この世にあるすべての有理数を再現できてしまうのです。なんてことを考えてると、歯車だけで計算機とか作りたくなりますよね。そんな変態が昔には結構いて、おかげで電子計算機が全盛になる前は、計算機といえば歯車式でした。
というように、歯車は、「力」と「精密さ」のどちらにも対応できる万能デバイスなのです。もちろん、時計用の歯車がダムの排水扉を開閉したりできませんし、自動車用の歯車でムーンフェイズ&パーペチュアルカレンダー付き機械式時計を作ろうと思ったら家ほどの大きさになってしまいますが(笑)。
ちなみにかなりどうでもいいウンチクをひとつ。歯車の歯数や歯の高さ、歯車の直径はJIS規格などである程度決まりがあります(モジュールとかいいます)が、モジュールさえ合っていればちゃんと噛み合うように歯の形は数学的に工夫されています。そしてもうひとつウンチクを足しましょう。歯の加工精度にも限界があるので小さな傷などができますが、毎回同じ歯同士が噛み合うとその傷などがどんどん増幅してしまいます。それを防ぐために、二つの歯車の歯の数はお互いに共通の約数を持たないように設計するのがいいんですって。理想は、両方とも素数の歯車。すべての歯が全く同じ比率で触れ合うので、一番寿命を長くできます。
ね。歯車文明なSF、書きたくなったでしょ。




