素ととなる粒
この世は小さなツブツブで出来ています。
と唐突に言葉にしてみると、なんかキモイですね。
素粒子の話。
はるか昔、この世の物質をどんどん割って行くと、いつかこれ以上割れない限界が来るんじゃないか、と考える人がいました。それを原子(ATOM)と名付けたわけですが、その後、本当に原子は見つかってしまい、そこで、原子という言葉は無事現実の概念に落着しました。めでたしめでたし。
……とはなりませんでしたね。
原子の中を良くみてみると、原子核と電子がありました。
まあ、ここまでは許しましょう。原子は質量の大半を担う原子核とその電荷に従い捕縛された原子で出来ている。これ以上割れない単位という前提は変わらなさそうだ。うん。
原子核の種類が変わることが分かり、よくよく見てみると陽子と中性子がありました。
ふざけんな。
これ以上割れないんじゃなかったのかよ。
ということで、これ以上割れないすべての素となる粒、という概念としての原子という用語は有名無実となってしまったのです。
その後、陽子や中性子はクォークという粒で出来ていることがわかり、これらと電子の仲間をまとめて素粒子と呼ぶことにしました。
素となる粒子。
もうこれ以上の内側はないぞ。
そう宣言しているわけです。
ほんと?
ここで、怪しいと思わない人のほうが少ないと思います。どうせ、もっと内側があるんだろ、と。
今のところ、素粒子論に登場する粒子たちを量子力学で計算してあげると、この世にあるほとんどの現象が説明できそうな雰囲気です。なので、素粒子は本当に最後の内側かもしれません。
一方、素粒子に関わるいくつかの対称性(保存則)が破れていることは有名です。その発見に対してノーベル賞さえ与えられています。
これ以上割ることが出来ないもののはずなのに、その挙動が時によって変わると言うのです。
ね、原子核の種類が変わることがあった→中に陽子と中性子がいました、という流れに、ちょっと似てますよね。
表面的には同じものが、何かの理由で違うものになったり違う動きをする場合は、たいていはその内側にさらに何かの構造があります。
自動車が前進も後退もできるのは、中に複雑な構造があるからです。
もし自動車がそれ以上分割できないただのボール同然のものなら、ただ坂道を転がり落ちることしか出来ません。
あとは、クォーク間に働く力を現す色力学の問題も、どうにもまだその正体がはっきりしないので、色電荷を持つもっと根源的な粒子があってもおかしくないですね。何しろ、同じ種類のクォークが三つの色とそのマイナス色、合計六色の異なる状態を持ちうる、ってんですから。
そんな感じで、素粒子という言葉を容易に信じるな、と言いたい。のです。
とはいえ、素粒子は素粒子じゃないと反トートロジーを繰り返していても仕方がないので、今は今見えている素粒子のことを考えてみましょう。
素粒子は、大きく分けて三種類。力を伝える連中と力を伝えない連中と力を伝えるのを邪魔する連中です。
でもややこしいんですが、力を伝えない連中も力を伝える連中を身にまといながら突進することで結果として力を伝えてしまうので、この分け方だとすっきりしないと言う人もいます。質量の有無で分けてもそれはまた変な分類になっちゃいますし。
話がわき道にそれる前に書いちゃいましょう。力を伝える連中は、光、重力子、グルーオン、ウィークボゾン、だいたいこの辺です。重力子を素粒子に入れることには否定的な意見が多いでしょうけど、個人的には入れてあげたいです。グルーオンとウィークボゾンはさらに何種類かあるらしいです。
力を伝えない連中は、クォーク、電子の仲間、ニュートリノ。クォークは全部で六種類。電子の仲間は三種類で、その対となるニュートリノが三種類あるので、電子とニュートリノの仲間をまとめて一つの仲間と考えるのが主流です。つまり、クォーク会と電子会、それぞれが六名のメンバーからなっているわけです。だいたい目に見える物質はこいつらの組み合わせで出来ています。組み合わせるための接着剤として力を伝える粒子達を使っているし、何しろ「見える」という現象そのものが光の仕業なので、力を伝えない連中だけで物質世界を作れるとは言えないのですが、押せば押し返されるとか光を当てれば色が見えるとか鼻に吸い込むとくしゃみが出るとかそういった「実感として物質がある感じ」はほぼこいつらが作っています。
最後に邪魔する連中。連中というか、ヒッグス粒子なんですけど。
こいつのことはよく分からないので、もう別の項で思う存分「わけのわからなさ」を語ります。
素となる粒子は、これで全部です。
たったこれだけの粒子が、単に数を変えて組み合わさっただけで、土星の輪から猫のしっぽまで、あらゆるものを形作っているんです。この世の多様性を考えると、ちょっと少なすぎ感さえあります。
ちなみに、先ほど出てきた「まだ内側があるだろテメー」に対する答えの一つとして、今見つかっている素粒子に対して何かを反転させた「裏素粒子」があるよ説があります。超対称性粒子とかいうらしいんですけど。何を反転させたのかはもう現実の概念では説明できないみたいです。「超対称性」ってぐらいなので、「超ひっくり返した」存在なんですけど。言葉遊びの世界です。
保存則の項で話した、対称性(保存則)を包含するさらに大きな対称性が見つかり、それさえ包含するさらに大きな対称性が……っていう(今のところの)終着駅は、この超対称性になりそうです。この超対称性では、ヒッグス粒子と重力子の振る舞いだけが保存されることになりそうな感じですが、まだよく分かりません。ただ、対称性をまたいで振る舞いが保存されるということは、今見えている振る舞いが「まだ半分しか見えてない」ということになるので、逆に言えば、今見えている振る舞いに何か足りない部分があれば超対称性の証明になります。どうも、ヒッグス粒子の質量がちょっと足りないっぽいなんて話があるので、怪しいです。
素粒子界隈は今こんな感じみたいで、素粒子が本当にすべての素となっているのか、まだ半分以下しか見つかってないのか、まだまだ内側があるのか、決着がついてないようで、そのへん、SF書きとしては妄想のしがいがありそうですよね。




