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不真面目な騎士  作者: 青石めい
番外編 婚前狂詩曲(ルーシア視点)
9/25

第一話

エメセシルとアレクスの恋愛模様をルーシア視点で描いた番外編になります。後日談同様、ヒーロー視点の拙作『君は僕の真面目な婚約者』の結末を踏んでいるので、『不真面目な騎士』の本編結末と少し繋がらない部分があります。ご了承下さいませ。

 

―――様々な紆余曲折を経て、私ことルーシア・ヴィクセンはかねてから婚約していた幼馴染であり、職場の同僚であったエリック・カーシウスと周囲の温かな祝福の下、結婚した。


 これまでの長い道のりについては色々話がややこしいので割愛させて頂きたいのだけれど、今私達は主君であるエメセシル様とその未来の配偶者、セイクリッド王国第二王子アレクス殿下のご厚意もあって、結婚前後の長期休暇中である。私達は以前からの計画通り、王宮にほど近い場所に屋敷を借り、お互いの実家から連れて来た使用人達と慎ましやかに暮らしている。


 本来生家の家督を継ぐわけでもない私達は一介の騎士の身分に過ぎず、実家から独立してしまうと大した爵位があるものでもないのだけれど、約1年前に起こった王国軍の一部によるクーデターの際の功績が認められて、王家預かりとなっていた跡継ぎのいない貴族の領地を与えられ仮の子爵位を授かっている。つまり、今の私はエリック・カーシウス子爵の夫人ということになる。

 さらに将来的にはより広大な領地を賜る可能性もあり、その場合は私達の家名も変わるかもしれないが、どっちにしても私達はただの一騎士であり、エリックの妻、という肩書以外は私にはどうだって良いのだ。


 エリックとの新婚生活は至って順調で、幸せに暮らしている。まぁ、小さい頃からの幼馴染だしお互いのことで今更知らないことも無いのだけど……ううん、違うな。結構新しい発見が日々あるかもしれない。エリックが私のことを初めて会った日から好いてくれてたことなんて、つい最近知ったばかりだし。

 うん、それに彼がどれだけ私を大事にしてくれているのかも、日を追うごとに実感が深まって、悪くない。……夜の生活のことは恥ずかしいので、聞かないで欲しい。


 そんなこんなで特に問題なく日々を過ごしていたのだけれど、もうすぐ休暇も終わるということで、一度主君であるエメセシル様にご挨拶を兼ねてご機嫌伺いに行くことに私達は決めた。職場復帰はもう少し後だけれど、現在の王宮の様子を先に見ておいた方が良いだろうという話になったのだ。


 


 ―――でもまさか、それがまた新たな波乱の幕開けで、それに私達が巻き込まれることになろうとは、この時は少しも予想していなかった。



 

 私達が王宮に到着すると、エリックは直属の上官であるゲオルグ閣下に先に挨拶をすると、私からは離れて王国軍の施設の集まる右宮へ向かった。


 私は直接本来の私の職場である、王族方の住まう王宮の最奥、奥宮へ真っ直ぐ向かっていた、が、馴染みのエメセシル様付きの近衛騎士見習いの一人が珍しく中央宮内を歩いているのを見て、私は足を止めた。


 「イングリッドじゃない!こんなところでどうしたの?」


 私が声を掛けると、そのまだ近衛騎士の制服に着られている印象がぬぐい切れない少女は、びっくりしたように振り返った。


 彼女はイングリッド・サーシュ。サーシュ伯爵家のご令嬢にして、先日の王女エメセシル様近衛騎士隊の新隊員公募に自ら名乗りを上げて来た14歳の見習い騎士だ。真ん丸の胡桃色の瞳がまだ幼い印象だが、負けん気の強さは人一倍で将来の成長が楽しみな一人である。


 「あ!ルーシア様!!どうしてここに!?」

 「休暇ももうすぐ明けるから、エメセシル様にご機嫌伺いの挨拶に来たのよ」


 少女騎士見習いは、少し癖のあるふわふわの小麦色の髪を揺らしながら私に駆け寄って来る。


 「そうなんですね!丁度良いところに!今、大っ変なんです!!」

 「大変?」


 私は少女がぐっと両手の拳を握りしめて強調した、大変という言葉に首を傾げる。感情豊かな胡桃色の瞳がさらに真ん丸に、めいっぱい見開かれる。その小さめの鼻が空気を吸って一回り大きくなった。


 「アレクス王子の元彼女さんが、突然乗り込んで来たんです!!!」



 ・

 ・

 ・


 ―――……何ですって?




 「―――姫様!!」


 私はエメセシル様とご婚約者であるアレクス王子が、招かれざる客人を迎え入れているらしい来賓室に勢い込んで駆け込んだ。


 「ルーシア!?あなたどうして!?」


 来賓室のソファに腰を掛けられていたエメセシル様が、予期せぬ私の出現に驚いて立ち上がる。その横にはアレクス殿下が腰掛けられており、普段は私などには全然関心を払われない方なのに、今日は珍しく私に視線を投げかけた。


 「姫様、先触れもなく参上し、申し訳ありません。休暇明けのご挨拶に参りましたが、姫様がこちらでお客様を迎えられていると聞き、私もぜひ立会いをさせて頂きたくこうして馳せ参じました」

 「まぁ、そうなの……。メルヴィナ様、騒ぎ立てまして申し訳ありません。この者は私の近衛騎士の一人ですの」


 エメセシル様は少し困った様子で眉を下げられると、向かいに座られている女性に済まなさそうに詫びた。


 「あら、構いませんことよ。アルカディア王国の有能な女性騎士のお噂はかねがね、セイクリッドでも話題になっておりましたもの。私もお目にかかれて嬉しいわ」

 

 やや甲高い、少し威圧的な声音で返事をしたその女性は、実に洗練された仕草で立ち上がり余裕たっぷりに嫣然と微笑んだ。


 「初めまして、ルーシア・ヴィクセン。あ……今はご結婚されて、ルーシア・カーシウスになっているのだったかしら?私はメルヴィナ・ジル・セイクリッド。セイクリッド王国王太子マティアスの妻ですわ」


 その妖艶な微笑みに、不覚にも同じ女性でありながら圧倒されてしまった。


 毛先が美しく巻かれた、絹糸のような銀色の髪に真紅のルビーをはめ込んだような意志の強そうな瞳。透けてしまいそうに白い滑らかな肌に赤い唇。まるで、月の女神が舞い降りたかのような幻想的な美しさだ。


 妖精のように可憐で、太陽のように暖かな印象の我が主君、エメセシル様とは良い意味で対照的な美を、その女性は持っていた。


 「お、王太子妃殿下……!?」

 

 私はその女性の言葉に驚いて、慌てて畏まる。


 「いいのよ、気にしないで下さいな。突然押しかけて来て、無礼を欠いているのは私も同じですもの」

 「お……恐れ入ります……!」


 私は恐縮しつつ、自分の失態を恥じていた。目の前の女性がセイクリッドの王太子妃であれば、私などが許しも得ず面会に割り込んでいいはずもなく、自分勝手に発言するなど以ての外だ。いくら姫様が心配だったからと言って、いくらなんでもこれはばつが悪すぎる。配下の無礼は主君の無礼であることを失念していた。


 「それで、お前の目的というのは俺をセイクリッドに呼び戻すためか?」


 心なしか、アレクス殿下の機嫌も悪い気がする。やはり、私の礼を欠いた言動のためだろうか。


 「ええ、言ったでしょう?アレクス。今、セイクリッドは大変なのよ。何せ国王陛下が遠乗りに出かけられた時に事故に遭われ、大怪我をされてから意識が戻られていないし、それとは別に私の夫である王太子殿下も議会にその地位を問われているのだもの」


 そのあまりの内容の物騒さに、私は驚いてエメセシル様の方に視線をやると、エメセシル様は心なしか顔色が優れず、困った表情で小さく頷いた。

 

 セイクリッドの国王陛下が意識不明の重傷というのも見逃すことの出来ない大事件だが、それよりもアレクス殿下の兄君が王太子の地位を議員達から脅かされていると言うのも大変な事態である。

 王太子殿下がその地位を問われている、ということはなにかしらの罪を犯したか、その資格を失う要件があったかのどちらかしか考えられない。しかし、アレクス殿下は驚いた様子もなく、むしろ面倒そうな表情で長めの前髪を掻き上げた。


 「俺が行くと話がややこしくなるんじゃないか?どうせ議会のおいぼれ共の考えそうなことと言えば、兄上を王太子の座から引きずり下ろし俺をその地位につけたいのだろう」

 「ご名答。その上、王太子妃である私とあなたの再縁組をさせたいようよ。関係の冷めきっている私とマティアスより、以前交際していたあなたとの方が相性はいいだろうと、あの者たちは考えているようね?」


 そう言って、メルヴィナ様が微笑を浮かべ、何か含みのある嘗めるような視線をアレクス殿下に送った。


 視線を向けられたアレクス殿下が、心なしか苦虫を噛み潰したような表情になった。その顔が、今の話が事実だと言うことを物語っている。


 そのただならない微妙な雰囲気を醸し出す二人の空気に、私は急速に自分の体温が下がって行くのを感じた。


 「……どういうことですか、アレクス殿下……」


 さらに無礼を働くわけにはいかない、とは分かっている。姫様の顔に泥を塗る訳にはいかない。しかし、私の中で湧き上がって来た激しい憤りを抑えることは出来なかった。気が付くと私は、地獄の底から這い出て来たような声音で、アレクス殿下を詰問していた。


 私に鋭い視線を向けられて、アレクス殿下は口元を歪めむっつりと告げた。


 「……どういうことも何も、事実は事実だ。元々俺がメルヴィナと婚約するだろうことは数年前までは、セイクリッド内ではほぼ決定事項だったしな」

 「……は、はぁあ?!」


 悪びれもせず、ぬけぬけと言い切ったアレクス殿下に私は開いた口が塞がらなくなる。


 「あら、付き合っていたのはそれよりも前よ。まぁ、思いがけなくあなたとそこのエメセシル様との婚約話も持ち上がり、陛下御自身もその少し前にマティアスを正式な後継者に指名されたから、彼と私との結婚も電光石火で進められてすぐ私達の関係は終わったけど」

 「なっ……!!」

 

 さらに臆面もなくアレクス殿下の言葉を引き継いだメルヴィナ様に、愕然とする。


 「まぁ、俺達の関係も潮時だったしな。タイミングとしては何も問題なかった」

 「そうね、私以外にもあなたが伯爵夫人やら、自分付の侍女と火遊びをしているのを私も知っていたし、あなたとの関係に飽き飽きしていたから私としてもちょうど良かったわ」

 「………っ!!!」


 お二人のあけすけな物言いに、込み上げて来る怒りから私は拳をわななかせた。 

 その間、我が姫君エメセシル様は笑顔を凍り付かせたまま、言葉もなくお二人を眺めていた。しかし見る見るうちにその顔色はさーっと引いて行っている。


 「……アレクス殿下!見損ないました!!殿下がそんなに女性にだらしない方だったなんて!!!」


 私は怒りのあまり髪を逆立てる勢いで、アレクス殿下に声を張り上げた。


 姫様が腰掛けられているソファの木枠を粉砕しかねない力で握り締めてしまい、木枠がギシギシっと不気味な音を立てる。


 「ル、ルーシア……」


 姫様が蒼白な顔のまま、どうしていいか分からないという困り果てた様子で私に助けを求めるように名を呼ぶ。姫様、安心して下さい。私はいついかなる時でも姫様の味方です!


 「……女にだらしないとは心外だな。俺は別に現在進行形で火遊びをしている訳でもない。エメセシルとの婚約が決まった時点で、過去の関係は全て清算している」

 「まぁ、清算なんて聞こえの良いことを言って。あなたが一方的に別れを突きつけただけでしょう。当時のあなたが恋人の何人かと派手な修羅場を繰り広げていたのは、私も知っていてよ」

 「……そんなことはない」


 メルヴィナ様の鋭い突っ込みに、普段表情には表れないアレクス殿下が図星を刺されたように仏頂面になる。そのアレクス殿下をエメセシル様は信じられないものを見るように凝視している。お気持ちはお察し致します、姫様!


 「まぁ、過去の話を蒸し返しに来たのではないのよ。先程も言った通り、国王陛下が重傷なの。あなたもすぐにお見舞いに来てくれなければ、下手したら手遅れになるかもしれなくてよ」

 「……それは行かない訳にはいかないだろうな」

 「私はそれを伝えに来たのよ。あなたみたいに伝書梟が使えればいいのだけど、今はあなた以外に腕のいい梟使いがいないから仕方なく、私自身が早馬で伝令に走ったのよ」


 そのメルヴィナ様の言葉を聞いて、私はあることに気付いた。そういえば、メルヴィナ様は王太子妃にも関わらず連れている従者は護衛騎士一人きりのようだ。普通、身分の高い女性はどこへ行くにも数人の護衛騎士に加えて、自分付の侍女を最低一人は連れている。それが数日を要する旅程であればよけいに馬車に多くの荷物を積み、侍女も何人も連れているはずだ。

 しかし、侍女を一人も連れていないことや、今のメルヴィナ様の口ぶりから察するに、自ら馬を駆って来たということだろうか……私が言うのも何だが、なんて、行動的なお妃様であろうか。


 「伝えるべきことは伝えたから、私はまたセイクリッドへ戻るわ。議会の動きも気になるし、陛下のご容態も心配ですもの……それと、アレクス、私はあなたがマティアスに言うべきことを言ってくれるのを期待しているわ」

 「……兄上と話すことは俺には何もない。だが、父上のことは承知した」


 アレクス殿下の言葉に満足したように、メルヴィナ様は再び嫣然と微笑むと立ち上がった。それをエスコートするかのようにアレクス殿下も立ち上がる。


 「ではエメセシル様、ごきげんよう」


 メルヴィナ様は一度だけエメセシル様に深々とお辞儀をし、アレクス殿下に誘導され部屋を出て行く。その様子を私も姫様も、機械的に礼を返すもあまりのことに口を挟むことが出来ず、凍り付いたように立ち尽くしていた。


 メルヴィナ様の退出される開かれた扉の先に、いつの間にいたのか我が夫の姿を見つける。


 突然開かれた扉に、彼は面食らったように立ち尽くしていた。どうやら中から現れた麗人、メルヴィナ様の類稀なる美しさに目を奪われたようで、動きを止めたまま魂が抜けたように見入っている。


 室内にいる私やエメセシル様が見ているのに、気づきもしない。


 ……所詮、エリックもただの男なのね……!


 私はさらなる不愉快さと怒りが込み上げて来るのを感じ、わなわなと拳を握りしめ、間抜け面で呆けたように突っ立っている我が夫を力いっぱい睨み付けた。


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