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不真面目な騎士  作者: 青石めい
本編
6/25

第五話 不真面目な騎士

やっとヒーローの活躍と、話のまとめの回です。

 「ルーーシアーーーー!!!」


 怒号が稲妻のように全てを切り裂いた。


 ハッと我に返り、音の方へ顔を向けると凄まじい速度で駆けて来た一頭の馬が、先程まで私を取り押さえていた男の一人を蹴飛ばした。


 「エ、エリック・カーシウス!!!」


 度肝を抜かれた男の一人が、裏返った声で叫んだ。


 暴れ馬を操りながらも、その騎手―――エリックは鬼気迫る勢いで男らを蹴散らす。逃げようとしていた敵にすら容赦なく飛び掛かって行く。


 それからは、あっという間だった。馬から飛び降りたエリックはまさに鬼神のような強さで、敵の鎧ごと叩き切り、骨を粉砕するほどの勢いで殴り飛ばした。その様は、さながら昔語りに出てくる狂戦士のようだ。私ですら恐怖を覚えるくらい、非情で圧倒的な強さだった。彼がここまで激情し、怒り狂った姿は見たことがない。


 あっけにとられ固まっている私に、敵が全滅したことを注意深く確認したエリックが肩で荒く息をしながら振り返った。思わず、その狂気を孕んだ目線にすくんでしまう。


 大股で近づいてきたエリックは、私が反応するよりも先に私の腕をグイっと引っ張った。きつく掴まれた手首が軋みそうに痛い。思考が停止している私に構わずエリックは掴んだ手首を、正確にはその先の銀の簪を凝視していた。こんな、怖い目をしているエリックを私は知らない。


 「エ、エリック・・・?」


 震える声で、名を呼ぶ。


 「・・・命を・・・絶とうとしたのか・・・」

 「・・・」


 絞り出された低い声音に、どう答えていいか分からない。事実だ、だってあなた以外の男になんて触れられたくなかった。


 答える代わりに、私は彼の痛いような視線から目を逸らす。


 ぎりっ、と奥歯を噛みしめる音が聞こえた。


 「・・・お前に、こんなことまでさせたなんて・・・俺はっ・・・!!!」


 食いしばった歯の合間から、呻くように漏らしたエリックの苦悶に満ちた表情に、私は途方に暮れる。


 助けてくれたのに、敵はもういないのに何をそんなに怒っているの?怪我をしているのは私なのに、どうしてあなたの方がそんなに苦しそうなの?


 こんな事態になったのはあなたのせいじゃない、危険を承知の上で騎士になった私自身の責任よ。


 姫様は無事なの?どうしてこんなに早く、私の元に引き返すことが出来たの?


 言いたい言葉は色々浮かんでくるのに、声にならない。掴まれた手首の熱さだけがしっかりした感触を伝えて来て、これが現実のことなんだと教えてくれる。


 気付けば、声の代わりに込み上げて来た涙が、いくつもいくつも私の頬を濡らした。彼の前で弱いところなんて見せてはいけないと思うのに、止めることが出来ない。


 「ルーシア・・・すまない、怖い思いをさせた」


 さらに顔を歪めたエリックが濡れた頬に唇を寄せて、零れ落ちる涙を掬い取る。丁寧に一つ一つ。


 「エリック・・・」


 ため息混じりのかすれた声で、彼の名を呼ぶとその声を今度は受け止めるように唇が寄せられた。驚いたけれど、拒まなかった。初めての口づけは涙と血の苦い味がする。

 しばらく、言葉もなく私達は口づけあった。


 彼の疲労の色が濃く出た目元を見て、私は指先でそこをなぞった。エリックはその指先を掴むと引き寄せて、その手の甲にも口づけを落とした。こんなに壊れ物のように扱われたのは、初めてのことだ。一体何が起こっているんだろう。


 背中に回された力強い腕に抱きしめられ、心地よさに痺れるようだ。彼の腕の中は温かくて、凝り固まっていた心がゆるゆるとほどけていく。


 「・・・エリック・・・姫様は・・・?」


 朦朧としかけた意識を振り絞って、やっとのことで一つ問いかけられた。


 私の声に、少し冷静になったらしいエリックが体を少し離し、正面から私に向き直った。


 「・・・大丈夫だ。今はアレクス様と君のお父上に保護されている。俺は、姫を殿下に預けた後、すぐに引き返して来たんだ」

 「それじゃ、エリックは少しも休んでないってことじゃない」

 「・・・休んでなんていられるかよ・・・命より大事な女が危険にさらされているって時に・・・!」

 「・・・!」


 今、エリックはなんて言ったの?


 事態が呑み込めず、呆然とする私をよそに、エリックは突然私の手を自分の額の前に掲げるように両手で握り締め、まるで懺悔する罪人のように片膝を着いた。


 「・・・すまない、俺はお前には相応しくないかもしれない。俺は騎士失格だ。途中何度も、主君である姫様を見捨てそうになった。愛しい女を危険に晒してる最中に、何で別の人間を守っているんだろうって。砦に着くまでに姫を放り出して何度引き返そうかと、悪魔の囁きに身を委ねそうになったことか・・・!でもその度に、お前が何のために命を懸けているのか、それを考えてようやく踏みとどまっていたんだ」

 「・・・エリック・・・?」


 一言一言を噛みしめるように呟く彼の手から、彼の震えが伝わって来る。


 「・・・軽蔑しただろう。俺は、本当は使命とかどうだって良かったんだ。騎士の鑑であるお前の隣に立つ時に恥ずかしくないようにって、いつもそんな理由で、騎士らしく振舞っていただけだ。俺は全然清廉潔白な人間じゃない。全部お前を手に入れるためだ。今まで、お前が騎士じゃなかったらって、何度思ったか知れない。お前が屋敷の中で大人しくしてくれていたらって。でも、剣を振るうお前は戦乙女のように美しくて、いつも凛としているお前の誇り高い姿に、同時にどうしようもなく惹かれていたんだ」


 突然の告白を始めたエリックに、私は何度も瞬きをする。エリックはまるで、世界の終りが来たかのような絶望的な表情で私の手を相変わらず捧げ持っている。その姿は、いつも私が見ている、沈着冷静で余裕のある理想的な騎士の姿とはかけ離れている。


 彼が嘘を言っていないことは、その真剣な様子から十分伝わって来る。でも待って、情報量が多くて処理が追い付かない。それに、さっきからずっと胸の奥で引っかかっていることがあった。

 だって彼は・・・

 

 「・・・エリックは、姫様のことが好きなんじゃなかったの・・・?」


 動きの鈍い頭で彼の言葉を色々とかみ砕いている間に私の意識から離れた唇が、勝手に胸のつかえの原因をこぼしてしまった。

 途端に青灰の瞳が、点になる。狐につままれたような表情とは、まさにこのことだろう。そして発言した私自身も、同じ表情をしている自信がある。


 「・・・は?」

 「・・・え?」

 

  しばし、変な間があった。 

 

 「・・・俺が、エメセシル様を好きだなんて言ったこと、一度でもあったか・・・?」

 「・・・ない、の、かしら?」


 ・・・確かに彼がはっきりと姫様の恋心を公言したところは見たことがない。でも、それは身分違いの恋ゆえに表に出せないのだと思っていた。


 「・・・姫様を主君として敬愛はしているが、そういう目で見たことは一度もないぞ?」


 さっきまでの真剣な様子はどこへやら、エリックは思いっきり不服そうな顔で、苦虫を噛み潰したように言った。私は少し、たじ、となりながら、自分の発言の弁解をする。


 「でも、いつも姫様を目で追っているのを見ていたわ。そのくせ、私が夜会でドレスを着ていても、お世辞の一言も言ってくれてなかったじゃない!」

 「・・・それは、任務中に仕事と関係ないことを話したら、お前が嫌がると思ったんだ。それに・・・」

 「・・・それに?」

 「・・・俺が目で追っていたのはお前のことだよ。でも任務中に婚約者に気を取られているなんて言われたら、お前も嫌だろ?その点、姫様を見ていたら周りが勝手に仕事熱心だと評してくれるし。・・・お前は常に姫様の隣で警護していたから」


 ・・・なんてことだ。私は盛大に勘違いしていたらしい。知らなかった。何でもそつなくこなしているように見えた彼も、見えないところで色々思い悩むことがあったのね。


 「・・・ヴィクセン伯爵にも、お前に相応しい男になるまでは婚姻は先延ばしだと言われていたし、今度こそ婚約を破棄されるかもしれない・・・お前だって、本当の俺の情けない姿を知って、がっかりしただろ・・・?」


 がっくりと項垂れているエリックをしげしげと眺めていると、何だか先ほどまでの緊張が抜けて行って、ふつふつと笑いが込み上げて来た。


 「っ・・・ふふっ・・・あはははっ・・・・」

 「ルーシア!笑わないでくれ・・・俺は真剣に・・・!」


 見る見るうちに顔を赤くしていったエリックが、何だか少年のようで可愛い。


 「・・・ふふっ・・・ごめん。・・・でも、私達がここまで似た者同士だったなんて思いもしなくて・・・!」


 堪らなくなった私は、あんな命の危険を経験した直後なのに、笑いを止めることが出来ない。さすがに不謹慎だと思って、笑いを抑えようとエリックの胸に顔を埋めてギュッと目を瞑った。

 エリックは困惑したように肩を落とししばらくじっとしていたけれど、ためらいがちに私の頭を抱きかかえた。


 「ルーシア・・・?」


 エリックの途方にくれた顔が、見てもいないのに浮かんでくる。


 「私もごめん・・・。がっかりさせると思うけど、不真面目な騎士だったのは私も同じよ。だって、私は騎士になりたくてなったんじゃないもの」

 「・・・何だって・・・?じゃあ、お父上が君にむりやり・・・?」

 「それも違うわ。決めたのは私自身よ・・・あなたが騎士の修業を始めて、会える時間が減って寂しくて・・・お父様に剣術を教えて下さるようにお願いしたのよ。陛下の申し出を引き受けたのも本当は、あなたと少しでも傍にいたかったから」

 「・・・!」

 「・・・馬鹿よね、こんな不純な動機で、あんな責任重大な役目を引き受けちゃって。そのくせ、あなたがエメセシル様と接するたびに嫉妬して・・・私は、本当はこんなにも面倒くさい女なの」


 顔を上げないまま、種明かしをする。耳が真っ赤になっているのが分かる。とてもエリックのように、正面から告白なんて出来ない。

 エリックの息を呑む音が聞こえる。彼の表情を見るのも少し怖い。今頃、本当の私に幻滅して気持が覚めてきているかもしれない。


 「おまけに私は背も高いし、訓練のせいで筋肉隆々になっちゃったし、その上可愛げのない性格だし・・・」


 自分で言っておきながら、だんだん落ち込んで来る。あれ、本当にエリックが私を好きでいてくれたのが私の勝手な妄想じゃないかとさえ思えて来る。そもそも、私を好きだとエリックは言ってくれたんだったかしら?それすら自信が無くなって来る。


 「ルーシア」


 急に耳元で、今まで聞いたことのない甘い声音がして、肩がびく、と跳ねた。


 「顔を上げてくれないか、君の顔が見たい」

 「・・・・・いやよ」

 「・・・ルーシア」

 「無理よ、今絶対すごい顔赤いもの」

 「それが見たい」

 「絶対いや」

 「ルーシア・・・愛してる」


 ああ、駄目だ。こんな声で、そんなこと言われたら、全面降伏するしかないじゃない。


 もう一度、ルーシア、と名前を呼ばれ恐る恐る顔を上げる。もう、これ以上にないってくらい真っ赤な顔で。目の前に、何とも言えない優しい表情のエリックの顔がある。


 両頬を温かい大きな手で包まれると、胸がいっぱいになって幸福感におののいてしまう。


 また優しく唇を寄せられ目を閉じる。私達は空気を貪り合うように口づけ合う。どれくらいの間そうしていただろう―――


 「・・・二人で騎士をやめようか」


 ふいに、エリックが囁いた。


 驚いて、目を開く。間近で青灰の瞳がいたずらっぽく煌めいている。ああ、なんて魅惑的な悪魔の誘惑。


 さっきからすっかり彼のペースに翻弄されていた私だけれども、ここは毅然と言ってやらなくちゃ。


 「駄目よ」


 む、と少し不機嫌になった彼に私は不敵に微笑んだ。当然でしょう?


 「―――だって私達、お互いの騎士の姿に惚れているんだもの」

一部加筆修正させて頂きました。話の流れを変えてはいませんが、修正前に読んで頂いた方には申し訳ありません。それがかえって蛇足になっていないと良いのですが・・・。

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