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不真面目な騎士  作者: 青石めい
本編
4/25

第三話 騎士の誇り

 ―――悪い予感は往々にして当たるものだ。


 先日のトーナメントでの暗殺者の件は、取り調べ中の犯人の不審な獄中死により真相は分からず仕舞になってしまった。

 その後に、再び国王陛下が病に伏せられるようになり、秘密裏に調査を行ったところ、陛下の使用されている寝具から揮発性の有毒物質の存在が明らかになった。

 それが陛下の寝室付きの侍女によるものか、洗濯を担当する使用人の犯行か、あるいは陛下の寝室に出入りすることのできる侍従によるものか、疑わしい人間は広範囲に渡りすぐには真相が明らかにはなりそうにない。しかし、このことは2年前の王太子殿下の突然死が外的な要因からであった可能性をも否応にも高め、何らかの勢力が王家に悪意を向けていることを浮き彫りにした。


 病に侵されつつ、愛娘の身を案じた陛下がエメセシル様の直属の近衛騎士隊である私達に密かに命じ、姫様を事の真相が明らかになるまで王宮外に避難させることになった。

 表向き、地方の王家所有の離宮に休暇に訪れていることになっている。


 しかし、私達一向が向かっているのは、隣国との国境沿いにある砦であった。そこには別ルートで私の父将軍が率いる王国軍の一部騎士団と、援助を要請した隣国のアレクス殿下の配下の兵が合流することになっており、姫様不在時に万が一のことが陛下にあり、政変転覆の事態になった時に対応出来るようにとの陛下のお考えだった。


 「・・・お父様が心配だわ」


 王女個人所有の、豪勢な造りの馬車内で姫が小さく呟いた。

 王都を離れて、まだ2日と経たないがその間ずっと姫様の顔色は思わしくない。当然だ。実の父が何者かに命を狙われている上に、数年前に愛する兄も何者かに弑されたかもしれないと分かった今、ひと時も心休まることはないだろう。

 その細い肩を震わせながら、しきりに窓の外―――王都のある方向を眺められている様は、本当においたわしい。


 姫様を何とか元気づけてあげたくて、姫の手を握り力強く声をかけた。


 「心配いりませんよ、エメセシル様。国王陛下にも守りを固める近衛騎士隊がおります、外敵の存在が分かった今、彼らがいっそう目を光らせていますから、陛下のお身の安全は彼らが何としても守るでしょう。陛下のお体が毒による不調であれば、その元凶さえ断てば間もなく回復されるでしょうし」

 「そう、そうよねルーシア」

 「それに、もし姫様に何か危険があれば私が身を賭してお守りしますから!近衛騎士隊一の実力を持つ私をご信頼下さい!」


 どん、と大きく胸を張り私は姫様に笑顔を向ける。柄にもなく、大げさなしぐさでおどけて見せる。

 エリックとの複雑な恋愛感情は抜きにして、長年この愛らしい主君に仕えて来たのだ。妹のように可愛くも思っているし、真剣な忠誠心も持ち合わせている。大切な姫君のために、危険も厭わないというのは紛れもない本心だ。


 「誰が近衛騎士隊一の実力なんだ?勝手に決めつけるな」

 「エリック!」


 と、外で私達の乗る馬車を警護しているエリックが馬上から話に割り込んで来た。ああもう、馬車内の熱気が籠るからって、窓開けとくんじゃなかったわ。


 「剣術以外でお前が得意なことは他にあったか?地図もろくに読めないし、隊単位での戦術はさっぱりなくせに」

 「うるさいわね!私は姫様直属の近衛騎士なんだから、団体戦に強い必要はないでしょ!私の剣があれば、並みの兵士からなら、姫様には指一本触れさせないわよ!」

 「お前はもう少しチームワークを覚えろ!それと単独行動は控えろよ、この前の演習のときだって・・・」

 「ちょっと、今その話する必要ないでしょ!」


 数か月前の軍事演習で私がやらかした失敗談まで引っ張り出してきて私をこき下ろすエリックに、窓から顔を出して抗議する。

 分かってる、私達がこういうやりとりをする時は、姫様を元気づけたい時だ。

 案の定、背中越しに姫様の忍び笑いが漏れ聞こえてくる。良かった、少しは気分がほぐれたみたい。


 「だいたい剣術だって、この前のトーナメントで決着は着いていないんだから、隊一を名乗るのはどうかと思うぞ」

 「あら、去年まで負けっぱなしのくせに、屁理屈はよして頂戴!」

 「何だと!」

 「何よ!」

 「おーい、そこの夫婦、喧嘩はやめないか」

 「「まだ夫婦じゃない!!」」


 調子に乗って応酬を続ける私達に、エリックとは反対側を守りながら並走している近衛騎士仲間、マクシミリアンが見かねて呆れた声をかける。

 彼はすぐ私達を夫婦呼ばわりする。人を茶化すのが大好きな困った兄貴分的存在なのだ。


 「おい、気を引き締めろ!不審な輩が近づいて来るぞ!」


 さらに別の隊員が、厳しい口調で私達を諫めた。和やかになっていた空気は一変し、緊張に包まれる。私は姫と侍女エレナを庇うように背にし、腰の剣の柄に手を掛けた。


 窓越しに盗み見ると武装した集団、10人弱の黒づくめの格好をした男達が私達の進行方向に回り込んで行く手を阻んでいる。

 野盗か?それにしては立ち居振る舞いがきちんと軍事訓練を受けた者のそれに見える。

 背後から姫様と侍女が息を潜ませて緊張する様子が伝わって来る。


 「何者だ!」

 同僚のハインツが問いかける。


 「姫君の御身柄を引き渡してもらいたい」


 リーダー格の男が、ハインツの問いには答えず一方的な要求を高圧的に返して来た。狙いは姫、ということは反乱勢力の手の者に間違いはないようだ。でも、公表している進行方向とは違う行程を行っているのに、どうして追って来れたのだろう?


 「断わる!貴様の目的は何だ!」


 毅然とした口調でエリックが問い質す。

 私の角度からでは、男達の様子はよく分からない。しかし、覆面をしたリーダー格の男の露わになっている目元を、どこかで見たことがあるような気がする。もしかしたら騎士団の所属の人間かもしれない。だとしたら、よく訓練されている馬の扱いや無駄のない身のこなしも頷ける。

 つまり、それは戦力的に侮れない相手だということでもある。


 「答える義はない。命が惜しくば、速やかに要求に従うが良い」


 どこまでも、威圧的に言い放つさまに苛立った同僚達が即座に戦闘に備え始めたのが分かった。もちろん、私だっていきなり現れた正体不明の輩に大切な姫様をはいそうですか、と渡すつもりはない。


 「答えないなら、実力で退けるだけだ!」

 「良かろう、こちらも力づくで参る!!」


 数瞬の後、鋼と鋼が激しくぶつかり合う音が響き始めた。


 私も加勢したいけれど、姫様の守りを手薄にするわけに行かず、馬車から飛び出せない。彼らの優秀さは仲間の私がよく知っているけれども、相手の技量を計り切れていない以上、一抹の不安がよぎる。


 「エリック!」

 「心配するな!ルーシア、お前は姫様とエレナ嬢の傍を離れるな!こいつらは俺達で叩きのめす!」

 「分かったわ!」


 こういう時はエリックの指示が一番的確だ。彼はどんな時も冷静に物事を見極め、即座に合理的な判断を下すから。さすがリーダーを任されるだけある、隊をまとめる指揮力、地の利や、味方構成、敵の出方を含めて考え出す戦術、総合的な実力は間違いなく隊一、いや騎士団の中でも指折りの実力者なのだ。


 こちらが少ない人数で、馬車を守りながらの戦闘にも関わらずやはり私達の方が上手だったようだ。


 10数人いる兵力といえども、兵卒程度の技能では精鋭の騎士達の力には遠く及ばなかった。しかし、リーダーの男だけは別格の強さを持っていたようで、逆に近衛騎士隊を複数相手にしても後れを取る様子はない。やはりこの男、只者ではなさそうだ。

 

 「ハインツ!」


 マクシミリアンの大声に意識を向けると、騎士ハインツが肩から右胸にかけて斬りつけられ鮮血を流していた。痛みに膝を折り蹲ったハインツに加勢しようと、エリックが男に斬りかかる。


 だが男は振り向きざまに剣を薙ぎ、エリックの攻撃を易々と防いでしまう。さらに後ろからマクシミリアンが飛び掛かっても、回し蹴りで吹っ飛ばしてしまう。なんて力と速さの持ち主なの!


 気付けば相手の勢力はその男一人きりになっているのに、その男の圧倒的な強さで私達の方が押されているようにすら感じる。


 「くそっ、なんて馬鹿力だ!!」

 マクシミリアンがいきり立って怒声を上げる。エリックの表情も厳しい。


 再び、男はハインツに止めを刺そうと狙いを定める。


 「させるか!」


エリックが男に捨て身の攻撃で体当たりをする。全体重をかけた攻撃はさすがに男も受け止めきれず体勢を崩すが、男以上に勢いつけて飛び掛かったエリックの方が前のめりによろけてしまう。

 素早く体を戻した男が剣を振りかざす。マクシミリアンも未だ吹っ飛ばされた状態から起き上がり切れていない。ハインツも利き手を負傷し、出血もひどく動けない。


 ―――駄目!これ以上黙って見ていることなんて出来ない!


 「エリック!」


 私はたまらず馬車を飛び出し、男へと跳躍した。


 ガキィン!と私の剣の先が男の鋼にぶつかりあい、激しい衝撃が剣の柄から指、腕から体全体に伝わる。でもそんなこと構っていられない。

 すぐに私は腰を落とし、低い体勢から敵の足を払う。男はとっさに後ろに下がるが、別の兵士の死体に足をとられ、たたらを踏んだ。

 その隙を私が見逃すわけはない。


 男の死角に回り込み、剣を下から払い上げる。男は辛くもそれを腕で受け止める。鉄製の籠手でも装着しているのか、固い金属音が響いた。なんて反射神経をしているの!


 「噂の女騎士か!お手並み拝見とさせてもらおう!」

 「私の仲間に怪我を負わせて!後悔させてあげるわ!」


 至近距離で攻撃を受け止められ、ひどい痺れが私の腕を襲う。今度は私が防戦の側になってしまう。

 男の速さは私と互角と言えるほどだった。すでにエリック達と激しくやり合った後なのに、息も切れていない。体力も並大抵じゃない!


 紙一重で男の反撃を交わすも、じりじりと追い詰められる。一度体を引き、踏み出す素振りをしてすぐに横に飛び相手の背後に回り込む。私の得意のフェイント攻撃だ。


 しかし、男は反射神経が恐ろしく鋭い、一度フェイントに引っかかったくせに素早く私の剣をまた弾いた!ああ、駄目だ、今度は私の反応が一瞬遅れる。男の野生の狼のような鋭い眼光が私を捉える。

 敵の剣が頭上から振り下ろされる。とっさに剣を上に構え受け入れの体勢を作る。受けきれるか?!


 その時、男の胸から勢いよく剣先が飛び出して来た。


 見ると背後に回ったエリックの剣が男の胸を貫いていた。


 「ぐっ・・・!ぬか・・・っ・・・たっ・・!!・・・ン卿・・・っ」


 男が血を吐きながら、何事か苦悶の表情で呟いた。エリックがためらうことなく剣を奥深くまで突き入れる。男の体が仰け反りながら、宙に浮く。そして一度角度を決め、完全に相手の息の根を止めたことを確認すると、一気に剣を引き戻す。男の体は地面に振り落とされ、血だまりを作った。


 剣の血のりを払ったエリックは、厳しい表情で私の腕を掴んだ。私は思わず、びくっと肩を跳ねさせた。


 「ルーシア!深追いをするなといつも言っているだろう!」


 珍しくひどく声を荒げて、エリックが私を叱り飛ばす。一瞬残酷な殺戮のシーンに、思考が停止していた私は我を取り戻した。


 「なっ・・・私があそこで加勢しなかったら、危なかったのはエリックの方じゃない!」


 ついカッとなっていつもの調子で言い返してしまった。

 エリックは私の言葉に、表情を歪め、拳をぐっと握りしめた。


 「ああ・・・そうだよ!!」


 そう吐き捨てると、それ以上言い返さず、私から背を向けると負傷したハインツに駆け寄って行った。

 いつもなら、私に言われっぱなしじゃないエリックなのに、今日は言い返さない。その様子に胸がざわつくが、それが激しい戦闘の、しかも生死をかけた実戦のあとだからなのか分からなかった。


 とにかく、襲撃者は撃退できた。今は、馬車の中で恐怖に怯えている姫様達を支えなくては。




 ―――その日は、そのあとすぐに日が暮れたため、少しだけ離れた場所で、野営をすることになった。

 不測の事態で、予定していた宿場町まで辿り着けなかったのと、街道を走っているとはいえ、人里離れた未開発の土地を進んでいたため夜間は獣が出る恐れもあったからだ。

 野営の備えはしてあったため、私達は手早く姫様用に天幕を張り、火を起こした。姫様はあまりのショックに食事もそこそこに休まれてしまった。


 また、負傷したハインツの怪我は、着用していた鎖帷子が急所を守り、大事には至らなかった。とはいえ、この先また戦闘があっても戦力には数えられないため、翌日彼には単独で王都に戻ってもらうことになった。私達騎士は、戦場で負傷者が出たら味方の足を引っ張らないように、都度その仲間を隊から離脱させる決まりになっている。

 見る限り、馬を操ることは問題なさそうだ。先に王都に戻って治療を受けてもらうことはお互いにとって最善だろう。


 エメセシル様が眠りにつかれたことを確認し、一度姫の天幕から出る。天幕の入り口は、マクシミリアンが見張りをしていた。


 「マクシム、エリックは?」

 「先に休んでるよ、3時間後に俺と交代することになってる。・・・お前にもその後に代わってもらうからな、先に休んでおけ」

 「そう・・・分かったわ」


 私は一度、私達用の天幕に顔を出す。そこには簡易の寝具を敷いた地面の上で横になるエリックとハインツの姿があった。


 そういえば、先ほど姫様の着替えを手伝ってから、侍女エレナの姿が見えない。火を焚いているとはいえ、あまり野営地を離れると危ないのに、どこにいるのかしら?


 嫌な予感がして、私は一度周囲をぐるりと巡回する。


 ―――ホウ、ホウという梟の鳴き声がほど近い距離に聞こえた。馬車を泊めている方だ。


 ゆっくりとそちらに近づくと、耳慣れない鳥の鳴き声に似た音が聞こえて来た。それに呼応するように、再び梟の鳴き声が響く。


 不審に思い、息をひそめて様子を窺う。すると、馬車の陰越し、月明かりにぼんやりと見えるほどだが、一人の人影が、木に停まる梟のような鳥の足首に括りつけられた細長い筒から、何か紙のような物を取り出し、また別の紙を入れていた。


 あれは・・・あの梟は!


 「エレナ・・・?!」


 私が声をかけるのと、その梟が飛び立つのとがほぼ同時だった。

 声を掛けられた人物は驚いたように体を跳ねさせ、恐る恐るというように振り向いた。梟の羽が宙を舞い、ひらひらと落ちてくる。振り向いた小柄な影は、予想通り良く見知った、王女付きの筆頭侍女の物だった。


 「・・・ルーシア様・・・」


 「エレナ、今の梟は伝達用の伝書梟じゃない?あなたが、梟使いだったなんて・・・一体誰とやり取りをしていたの?」

 

 軍事目的、あるいは政治目的の一部で利用されている情報伝達方法として、特別に渡り鳥と交配され訓練を受けた、伝書梟という種の梟がこの世界にはいる。夜間にも文書を運ぶことが出来、遠方まで早馬よりも

早く届けられる。詳しくは分からないが、聴覚が優れている伝書梟に、これまた特別な訓練を受け、特殊な鳴き声に似た音を発することのできる梟使いが指示を与えると、恐ろしく正確に目的地まで飛ぶのだ。

 でも、まさか王女付きの侍女がその技術を会得しているなんて、誰が予測しただろうか。


 「・・・」


 固い表情で、答えないエレナに私は彼女が今回の不可解な襲撃事件に関わっていることを確信する。

 それ以上は物も言わず彼女に大股で近づき、彼女の手から梟が届けて来たらしい文書を取り上げた。


 「あっ・・!か、返して下さい!・・・いたっ・・・!!」


 問答無用で彼女の手を後ろ手にねじりあげる。戦闘訓練は受けていないようね。


 「・・・バレン公爵のサイン・・・公爵が黒幕だっていうこと・・・?」


 片手で彼女を押さえつつ、さっと取り上げた文書に目を通す。暗闇で細かいところまでは読めないが、公爵のサインと家紋はかろうじて読み取れた。


 「答えなさい!今回の襲撃者に私達の進路を教えていたのね!?陛下の体調不良も、前回のトーナメントでの暗殺者の件も、公爵が裏で手を引いていたってこと?!」


 激しい口調で詰問すると、エレナは激しく泣き出した。

 なんてことだ、私達の進路はとっくに敵に筒抜けだったのか。だから、公表している進行方向と違う道に行っていても、襲撃されたんだわ。


 「ゆ…許して下さい・・・!私は元々バレン公爵家の者で、公爵にずっと命令されて・・・!」


 そうしゃくりあげながら漏らすと、あとは支離滅裂に何事かを言うが全く聞き取れない。


 「ルーシア!」


 エレナの泣き声が聞こえたのか、いつの間にか起き出していたエリックが私達を見つけ、駆け寄って来る。

 私はエレナを押さえつけたまま、エリックに伝書梟のことを伝え、密書を手渡した。


 「これは・・・バレン公爵のサインに間違いないな・・・くそっ、王都で国王陛下を拘束したとあるじゃないか!軍の一部が、公爵側についてクーデターを起こしたらしいな」


 険しい顔で吐き捨てると、エリックは密書を握りつぶした。


 「あの凄腕の男・・・あいつの目をどこかで見たことあると思ったのよ・・・あのトーナメントで暗殺者を捕らえた騎士だわ!」

 「最初からグルだったってことだな」

 「だから、情報が洩れる前にあの暗殺者も消されたんだわ!変だと思ったのよ、なんで王国軍の人間じゃなく、公爵付きの騎士が取り調べするんだろうって!」

 「とにかく、これ以上エレナを連れて行くことは出来ないな。あとでマクシムにも話して、ハインツと一緒に明日王都へ送り返すしかない。それよりも、こうなったら一刻の猶予もなく、ヴィクセン伯爵、アレクス殿下と合流して王都奪還と、陛下救出の方法を考えなくちゃな」

 「そうね」




 ―――翌早朝、私達は離脱するハインツにエレナの護送を託し、彼らをひとまず王都でなくハインツの出身領へ身を寄せるように指示し、送り出した。

 そして、元々の編成を組みなおし特別俊足の馬に車体を引かせ、馬車のみで先を進むことにした。御者は、エリックとマクシミリアンが交代でする。


 昨夜エレナが伝令を放ったとしても、昨日今日で新たな襲撃があることは考えにくい。目的の国境近くの砦まではあと1日半ほどの行程だ。先を急ぐに限る。


 結局昨夜、ろくに休めなかった私は、姫様とエリック達の好意で馬車内で仮眠を取っていた。エリックもマクシミリアンもまともに休めていないだろうに、こういう時だけ女の私をいつも彼らは優先してくれる。


 うつらうつらと浅い眠りを繰り返す私の耳に、エリックの焦るような声が聞こえて来た。


 「おい、マクシム?!なんでこの道を行くんだ?!こっちに進んだら、遠回りになるだろう?!」

 「こっちでいいんだ。俺に任せてくれ」


 二人の会話に、眠りから現実に引き戻される。いつも気の合う二人が言い争うなんて、珍しい。


 「何かしら・・・マクシミリアンとエリックが口論しているようだわ」


 エメセシル様が不安に震える、とてもか細い声を漏らした。自分の命を狙う襲撃者と近衛騎士達の血生臭い戦闘、信頼する従者の裏切りと、立て続けに起こるショッキングな出来事で、姫様この数日ですっかり憔悴されてしまっている。食事もほとんどとられていなくて、いつもは薔薇色の頬も、可憐な唇も色を失い翳が差している。

 かくいう私自身、連日の緊迫した状況のせいで、姫様の精神面のフォローが出来る状態になく、あの襲撃以来私達の纏う空気は実に重苦しいものだった。


 「分かりません・・・少し、様子を確かめて来ますね」


 申し訳程度の笑みを浮かべ、私は弱々しく返事をし、御者台に続く小窓を開け外側に顔を出す。


 「どうしたの、なにがあったの?」

 「心配ないよ、ルーシア」

 「おい、どういうことだよマクシム、きちんと説明しろよ!」


 見ると、マクシミリアンの歯切れの悪い物言いに、明らかにエリックが苛立っている。彼も度重なる心労に、余裕を無くしているようだ。


 業をにやしたエリックが、マクシミリアンが馬を操る手綱を奪い取ろうとのしかかる。

 それを押しのけながら、マクシミリアンはこともあろうに馬を止めるように手綱を引いた。

 これには私も慌てた。だってまだ、明らかに砦に着いていないし、休憩するにしても中途半端なだだっ広い荒野の道を進んでいたところだ。


 「ちょっと、マクシム?!」

 「おいっ、何を考えているんだ、マクシム?!」


 私とエリックの戸惑った苛立ち交じりの声が重なる。


 しかし、私達の声を無視して、馬車はぴたりと進行を止めた。見ると、少し離れた場所に数本の巨木と小川沿いに小さな古ぼけた水車小屋があった。

 こんな場所に、何の目的があるっていうの?さっきから、意味不明なマクシミリアンの行動に悪い予感しかしない。


 マクシミリアンは御者台を降りると、その水車小屋に向かって呼び掛けた。


 「おい、約束通り、姫は連れて来たぞ。だからバレン公爵に、ニーナの薬を卸すように言ってくれ」


 マクシミリアンの言動にあっけにとられる私達。

 どういうこと、マクシミリアン、私達を裏切ったっていうこと?


 「マクシミリアン!!どういうことだ!!姫を売るつもりか!!?」


 怒りを爆発させたエリックが叫んだ。


 「頼むから抵抗しないでくれ!エリック!俺はお前たちに危害は加えたくない!」

 「何だと!?」

 「おい、聞こえているんだろう!!王女を引き渡しさえすれば、お前らの目的は達成だろう。さっさと姿を現して、連れて行けよ!!」


 その時、水車小屋の粗末な窓の――窓と言っても朽ちてガラスは崩れ落ちてしまっている―――陰の隅から光る物が見えた。


 「エリック!!!気を付けて!!!矢だわ!!!」


 私の悲鳴に、エリックはとっさに御者台に身を屈める。一瞬遅れてマクシミリアンも体を伏せる、だが無数に飛んできた矢が次々と御者台、馬車の車体に突き刺さる。


 矢の一本が、避け切れなかったマクシミリアンの脇腹を掠めた。


 「き・・・っさまら・・・俺を、騙したのか!!!!」


 恨みの声を上げたマクシミリアンが、懐から細長い黒い筒を取り出した。あれは火薬!?


 手早く着火させるとマクシミリアンは、それを間髪入れず水車小屋に投げ込む、数瞬遅れ激しい爆発音とともに水車小屋の石造りの壁の大半が吹き飛ばされ崩れ落ちる。

 すると、爆風を避けたらしい武装した男ら数人がわらわらと小屋の残骸から躍り出て来た。


 「王女以外は殺せとの命令だ!!覚悟しろ!!」


 今の一連の状況からかろうじて分かっていることは、マクシミリアンが敵側と何らかの取引をしていて私達を密かに裏切っていたこと。そして、その敵にマクシミリアンも騙されたらしいということ。

 そして、男達が私達を殺して姫様を連れ去ろうとしていることだ。


 「くっ・・・そぉぉおおっっ・・・!!!」


 我を失ったらしいマクシミリアンが、咆哮を上げながら男達に斬りかかって行った。


 「「マクシム!!」」


 再び、私とエリックの声が重なる。


 駄目だ、もう戦闘は始まってしまった。待ち伏せしていた男達数人がマクシミリアンを取り囲む。


 「姫様!絶対に馬車から出ないで下さい!!!」


 早くもマクシミリアンに加勢しようと駆けだしたエリックを追って、私も飛び出した。


 恐らく、飛び道具で私達を一網打尽にするつもりだったのだろう。敵の一人一人の戦闘能力は先だっての男のようには高くはなかった。


 しかし、こちらは連戦で消耗している上に、たった3人しかいない。実力は上でも、決して有利とは言えなかった。いや、もはやマクシミリアンを味方と呼んでいいかすら疑問だ。

 

 とにかく、マクシミリアンは怒りで振り切れたように、脇腹の怪我も構わず男達を一人また一人と切り伏せていた。


 そこに私達も確実に敵の数を減らして行く。


 「覚悟しろ!!」


 鋭い声と共に、再びがれきの奥から矢が放たれる。それは私めがけて一直線に飛び出して来た。


 「「ルーシア!!」」


 丁度、敵の一人を切り倒し未だ体勢を整えていなかった私は、とっさに反応が出来なかった。


 連射式のクロスボウから放たれた複数の矢は、大きく空気を切り裂く音共に襲い掛かって来る。


 もう駄目、避け切れない!!条件反射で立ちすくみ、目を閉じてしまう。


 ビュンッ、という音と肉を貫く音が同時にしたかと思うと、左腿に何とも形容しがたい痛みが走った。だが、私の全身を目掛けて襲ってきたはずの矢は、それ以外の箇所を貫きはしなかった。


 「・・・っ!?・・・」


 痛みに、意識がかすみそうになりながらも何とか堪え、目を開ける。


 すると、私の目の前にたくさんの矢を背に射したマクシミリアンが立ちふさがっていた。


 「マクシム!!!」


 私は悲鳴を上げた。彼が私を庇ったのだ。


 マクシミリアンは彼には似つかわしくない、ギラギラした血走った眼をぎょろりと動かしながら、痛みも感じていないかのように背中の凶矢も物ともせず、再び剣を握ると矢が向かって来た方向へと真っ直ぐに駆け出して行く。そして、あとに響いたのは、隠れていた敵の断末魔。


 「ルーシア!脚は大丈夫か!!」


 血相を変えたエリックが一目散に私に駆け寄って来る。彼は私を支えるように抱きかかえ、腿の矢を抜いた。再び激しい痛みが走る。だが出血はそう酷くはない。


 気が付くと、辺りには無数の敵兵の死体が転がっており、いつの間にか敵は全滅していた。


 最後の敵が絶滅したのを認めたマクシミリアンはそこでようやくぷつりと動きを止め、前のめりに倒れた。


 ―――ああもう駄目だ。彼の怪我は、手の施しようがない。矢のいくつかは心臓や、内臓まで傷つけている。


 「いやあっ、マクシミリアン、しっかりして!」


 私はよろめきながら、マクシミリアンに歩み寄る。それをエリックが支えつつ、彼もマクシミリアンの体の傍に膝を落とす。見ると、エメセシル様も馬車から降り蒼白な顔で口元を押さえ絶句している。


 「マクシム、嘘でしょ、気をしっかり持ってよ。死なないで!」

 「マクシム・・・今、手当てをする!動くなよ!」


 私達が口々に言うのを、マクシミリアンは力なく笑って制止した。


 「・・・エリック・・・いいんだ、俺はお前達を裏切ったんだ・・・、それにもうどうせ助からない」

 「喋るな!」

 「・・・いいんだ、いいんだよ・・・ほんとに・・・。俺は前から、バレン公爵に弱みを握られていた。・・・妹の、病は特殊でバレン公爵領地でしか生えない薬草でないと、体調を維持出来ない、その薬を手に入れるために俺は、奴の言いなりになるしかなかった・・・。だから2年前の、ユリウス殿下も・・・俺がっ・・・殿下の持ち物に毒をっ・・・」

 「兄様も・・・バレン公爵が・・・っ?」


 エメセシル様が悲痛な声で小さく漏らした。もうその頬にはとめどなく涙が伝い、苦し気に顔を歪められている。

 私自身も、いろんな感情が溢れて、視界が歪んでしまう。

 

 「全て、あの男が、王位を手に入れるために・・・計画していたことです・・・奴は姫を妻にして、王位を得ようと・・・。分かっていたのに、俺は・・・奴の企みに、加担を・・っ」

 「マクシミリアン!!もう良いのよ、喋っては駄目!!貴方は脅されていたんでしょう、妹さんのために!!決して貴方のせいではないわ!!」


 エメセシル様がマクシミリアンの傍で泣きながら叫んだ。そうだ、全部、人の弱みに付け込んだ、バレン公爵が悪い。だって、どれだけマクシミリアンが故郷に残している病弱な妹を可愛がっていたか、私達みんなが知っている。それに、彼は私達を裏切ったかもしれない、ユリウス殿下の暗殺に加担したかもしれない、でも最後に私達を命を懸けて守ってもくれたのだ。


 彼の騎士の誇りは、決して損なわれていない。


 「・・・どうか、ニーナには・・・俺の死を伝えないで欲しい・・・ようやく体調が安定しだしたんだ、俺のことで動揺して、また体を壊してはいけない・・・」

 「マクシム、駄目よ、ちゃんと生きてニーナさんをこれからも支えてあげて頂戴!!ねえっ、だから、そんなこと言わないでっ・・・」


 エリックが馬車の荷物から取り出して来た、応急処置の道具を広げ必死に手当てをする。ああ、マクシミリアンの顔からどんどん血の気が引いて行ってしまう。

 辺りに血だまりが出来るくらい、出血がひどいのだ。彼がどれほどの精神力を振り絞って、意識を保っているのか。もう助からない、私達の誰もが分かっている。

 でも何もせずにはいられない、奇跡を願わずにはいられなかった。


 「・・・いいんだ・・・、本当に・・・ありがとう・・・ニー・・・ナ・・・を・・・たの・・む・・・」

 「マクシムっ!!!」

 「・・・」


 最後に、ごほり、と血を吐き、マクシミリアンはすっと目を閉じてしまった。その顔に深い翳がさす。

 もう二度と、私達に陽気に笑いかけたり、軽口を叩いて笑わせてくれる彼は、戻らない―――。


 「マクシムゥゥゥッ・・・・!!!」


 ―――しばらく私達は呆然と泣き崩れた・・・。


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