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不真面目な騎士  作者: 青石めい
番外編 婚前狂詩曲(ルーシア視点)
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第十三話


 「あ、あ、あの男、本当に馬鹿じゃないの!?!?」


 メルヴィナ様の悲鳴に近いヒステリックな声が、庭園中に響き渡った。


 「信じられない!!!自分も王位継承第二位にあるくせに、同時に試練の地に向かうなんて!!!これで二人とも帰って来れなかったらセイクリッドは王位継承者を全員失うのよ!?!?いくらなんでも非常識すぎるでしょう!!!!」


 まるで銀糸の髪を逆立てるように振り乱しながら、メルヴィナ様は信じられない、と繰り返した。メルヴィナ様もまさかマティアス殿下を追ってアレクス殿下まで向かっていることは聞かされていなかったのだろう、地団太を踏むように激しく両手をジタバタさせた。


 その目の前で、エメセシル様は凍り付いたように動きを止めていた。そう言う私も、知らされていなかった事実に目の前が真っ暗になる思いだった。アレクス殿下……よりにもよって、とんだ危険なことにエリックを巻き込んでくれたわね……!!!


 昨日エリックがそのことを私に告げなかったのは、いらぬ心配をかけたくないという気遣いからだったろう、でも、私にとってはそれこそとんだもない思い違いである。


 ふつふつとエリックに対しても怒りが込み上げて来る。結婚式の時に、どんな困難でも分かち合うと誓っているのに!!!


 「……ルーシア、行きましょう、二人を止めに」

 「え?」

 「間に合うか分からないけれど、メルヴィナ様の言うように、王位継承者が二人とも危険に身を投じるなんてあってはいけないことだわ」

 「で、でも、姫様まで行かれる必要は」


 エメセシル様の発案に私は慌てふためいた。そんな危険な場所に姫様までお連れしたら、今度はアルカディアの王位継承まで危機に晒されてしまう。


 「大丈夫、自分の命を危険に晒すような真似はしないわ。でも、ルーシアも今朝言ったでしょう?アレクス様が間違った判断をすれば、それを正すのも婚約者の務めだって。私、アレクス様を叱りに行くわ」

 「エメセシル様……!」

 「そうよ、エメセシル様!あの傍若無人で無神経な男にお灸をすえてやらなきゃ!!……大丈夫、マティアスなら助けなんてなくても一人でも絶対に試練を突破出来るわ!従者に用意させるから、私の馬に乗って行って頂戴、アレクスの馬に負けず劣らずの名馬よ」


 エメセシル様の言葉に感銘を受けたように、メルヴィナ様まで拳を握りしめて力説した。二人に見つめられて、私は思わず半歩後ずさる。その私にエメセシル様が一歩近付き、真っ直ぐに見つめて来た。私は視線を逸らすことも出来ず、たじろぐ。


 「行きましょう!ルーシア!!」

 「わ、分かりました!」


 急展開にまったく頭が追い付いていないけれども、エメセシル様の瞳に強い決意を見て私も頷いた。こうなったら後には引けないわ!!


 メルヴィナ様が手早く自分付の従者に、馬と試練場までの地図の用意を命じる。従者は一目散に準備のため駆け出していく。


 「メルヴィナ様、私達も準備をしますから、ここで失礼しますわ!王妃様には……」

 「ええ!私からお伝えしておくわ!!」


 メルヴィナ様に素早く一礼をして、エメセシル様は踵を返し庭園から王宮の中に入ろうと駆け出す。それを私も追って行く、すると―――。


 「どこへ行くのですか?」

 

 落ち着いた女性の声音が前方から降って来た。王妃様が戻って来たのだ。


 「お、王妃様、私アレクス様に会いに行きたいのです」


 すると王妃様の目がすっと細められた。何かを見定めるかのように、エメセシル様を見下ろした。しばしの沈黙が、ピンとその場の空気を張り詰めさせる。正面からじっと対峙しているエメセシル様と王妃様に、私は息を潜め見守る。



 ―――そしてふっと口元を緩め、笑った。


 「……宜しいでしょう、気をつけてお行きなさい」


 まるで王妃様は何もかもお見通し、という表情でエメセシル様に道を譲った。おそらく王妃様はマティアス殿下が『王の試練』に挑戦されていることも、アレクス殿下がそれを支援すべく同じく試練場に向かわれていることも全てご存じなのだろう。どんな時でも慌てふためいたりしない、国王の妃という貫録を見せつけられた気がした。


 「……ダズリン、そういうことなら、先に梟で知らせを放っておいた方が良いんじゃないかい?」


 ふいに、柔らかな印象の中年男性の声が奥から響いた。驚いて、エメセシル様と私はその声の方に顔を向ける。


 「こ、国王陛下!?」


 王妃様の声がして心配して追って来ていたのだろう、私の後方で、さらにメルヴィナ様の素っ頓狂な声が聞こえた。


 そう、私達が目を向けた先には、青みがかった黒髪に、深い青い瞳、目元が穏やかなのと年齢を除けばアレクス殿下にそっくりな男性が立っていたのだ。


 「まぁ、陛下、たしかにそうですわね。すれ違いにならないように、私から先触れを出しておきましょう」

 

 ただ一人驚いた様子もなく、現れた人物に頷いた王妃様が侍女に紙とペンを持ってくるように命じた。侍女は命令にすぐさま反応し、王宮内に入って行った。


 「へ、陛下……お怪我はもう宜しいのですか!?」


 目を丸くしたままのメルヴィナ様が国王陛下に問いかける。すると、国王陛下ははにかむように頭に手をやった。


 「……見ての通り、ぴんぴんしているよ。腰を少し打っただけなんだ」


 そう穏やかに呟いた国王陛下の仕草は、見た目こそアレクス殿下によく似ているけれど、雰囲気はマティアス殿下によく似ていると思った。少し気弱な印象さえある。


 「今回のことは、ダズリンからの提案で、子供達の成長を促そうと考えての狂言だったんだ」

 「え、えええ!?!?」


 メルヴィナ様が声をひっくり返しながら仰け反った。エメセシル様も私も呆れて口をぽかん、と開けたままだ。


 「……兄弟なのにいつまでも仲がぎくしゃくしているのも、良くないでしょう。それに、マティアスにはもう少し自主性を、アレクスにはもう少し人の気持ちを学んでほしかったものですから。どちらも、人の上に立つ人間に必要なものでしょう」


 国王陛下にネタばらしをされて、王妃様は少しばかり居心地が悪そうにこほん、と咳をした。こういう誤魔化し方、アレクス殿下そっくり。


 「エメセシル王女には、巻き込んでしまい申し訳なく思っている。愚息達が、迷惑をかけたね」

 「……い、いいえ……」

 

 エメセシル様もどう返していいかわからず、口元を歪めている。本当、セイクリッドの王族は皆一癖も二癖もある人物ばかりだわ……!


 戻って来た侍女から、筆記用具を受け取った王妃様は、手慣れた様子で立ったまま書面に何かを書き記した。そして、懐から細い笛のようなものを取り出すとそれを吹く。乾いた甲高い音が鳴り響くと、遠くから羽音が響いて来た。―――伝書梟だわ!!


 飛来した伝書梟は、慣れた様子で王妃様の片腕に停まった。


 伝令に使う使役動物である伝書梟の使い手は特殊な技術を必要とするゆえに少ない。政治や軍事面での目的に研究はされているけれど実用化には至ってないと聞いている。まさか、一国の王妃が梟使いだなんて誰も思わないだろう。あれ、でもそう言えばアレクス殿下自身も梟使いの技術を会得されていると聞いたことがある気が……まさか、王妃様譲り?


 王妃様は書き終えたばかりの正面を手早く封をし、梟の足元の筒に入れる。王妃様が口笛で聞きなれない旋律を奏でると、梟が首を揺らした。そして流れる仕草で王妃様は手を天にかざし、梟が飛び立つ。あっという間に空高く舞い上がった伝書梟は、空の彼方に消えて行った。


 「……さ、これでアレクスには先にあなた方が向かうことを伝えておきましたよ。……エメセシル王女、うちの馬鹿息子を宜しくお願いしますね」

 「……は、はい!!」


 梟が去って行ったのを見て満足したように頷いた王妃様が、エメセシル様に笑いかけた。驚くほど印象の変わる優しい微笑みだった。弾かれたように姫様は顔を紅潮させ、大きく頷き返した。


 

 ―――『王の試練』の地までの道が一本道で本当に良かった。


 エメセシル様と二人でメルヴィナ様にお借りした馬に乗りながら、私は心底そう思った。土地勘のないセイクリッド国内で、分かりにくい道を通らないといけなかったとしたら、地図を読むのが得意でない私では迷ってしまっていたかもしれない。


 王宮を出る時に道案内をしてくれた騎士の話では馬で数時間の距離とのことだった。


 さすが名馬の産地と呼ばれるセイクリッドの馬である。疾風のように駆け抜けて行く。


 私の目の前で、風になびく姫様の黄金の髪が、陽光を受けてきらきらと輝いている。


 「……まるで、昔に戻ったみたいですね」

 「……え?」


 風の音で良く聞こえなかったのか、エメセシル様が髪を手で押さえながら、僅かに振り返った。


 「……覚えてますか流星群を見に行った日のこと」

 「……ええ、覚えているわ。私がルーシアにわがままを言って、ウェスティン離宮を抜け出したのだったわね。ごめんなさい、ルーシアはエリックの言いつけを守りたかったのに」

 「ふふ……でも私も楽しかったですから。やっぱり私、天真爛漫でお転婆なくらいの姫様が好きです。最近の姫様は何でも我慢し過ぎて、らしくないと思います」


 すまなさそうに肩を竦めたエメセシル様に私はいつもより砕けた口調でうそぶいた。


 「まぁ……!ルーシア、言ったわね!……でもそうね、私色々考えすぎていたみたい。大好きなお兄様が亡くなって、後を託されたアルカディアのために早く立派な女王にならなくちゃ、ってそればかりで自分自身を見失っていた気がするわ」

 「姫様、姫様は一人じゃありません。困ったときは、もっと周囲に頼ってもいいんですよ。完璧な人間なんて、いないんですから」

 「ルーシア……ありがとう。……私ね、ずっと自分に嘘をついてきたのよ」

 「……噓?」


 私は体を前に向けて姫様を横から覗き込む。姫様は片手を胸に当て、俯いた。それは、まるで自分自身に問いかけるような仕草だった。


 「……恋なんてしていないって。アレクス様を好きになってはいけないって、自分に言い聞かせて来たの」

 「……それは、何故?」

 「だって、私達の結婚は国同士の契約だから、アレクス様に期待し過ぎてはいけないと思ったの。好きになってしまったら、その見返りを欲しくなってしまうでしょう?お兄様の代わりに私を支えて下さるのに、さらにその愛情まで欲しいなんて贅沢だと思っていたの。だから、この気持ちは恋なんかじゃないって思い込んで来たのよ」

 「姫様……」

 「でも、本当は初めて会った日から……あの方がお兄様のところまで手を引いて下さったその瞬間に、私の心は持って行かれてしまっていたのだわ」


 そう言うとエメセシル様は、深いため息を吐いて、また大きく息を吸った。


 「私……アレクス様が好きよ。私を力強く導いて下さる、あの方が好き」

 「姫様……」


 はにかんで笑う姫様の澄んだエメラルドグリーンの瞳を見て、胸がいっぱいになって私の方が泣きそうになってしまった。私は息を大きく吸い込んで、口をギュッと引き結んだ。


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