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不真面目な騎士  作者: 青石めい
番外編 婚前狂詩曲(ルーシア視点)
16/25

第八話

 

 その夕方、アレクス殿下からの召喚でなんとセイクリッドの議会に顔を出して来たらしいエリックが、エメセシル様が滞在する客室まで訪ねて来た。


 アレクス殿下は調べたいことがあるといずこかへ行かれたようで、エリックは殿下からの伝言を預かって来ていた。明日、宰相主宰のエメセシル様歓迎の宴が急遽催されることが決まったから、準備しておけと。

 

 他国を訪問するのが初となったエメセシル様にとって図らずも外交デビューということになる。もちろんアルカディアを出る時点で、セイクリッドの社交界にも顔を出さなければならない可能性は考えていたので、準備に抜かりはない。しかし最大の目的である怪我療養中のセイクリッド国王陛下にお目通りかなわない状態で、そういった場に参加することになるとは予想だにしていなかった。


 「―――で、エリックは宰相閣下にもお会いしたの?」

 「ああ、どうやら宰相がアレクス殿下の次代の王位継承を推す筆頭のようだな。しかも、王妃殿下の実弟らしい」

 「じゃあ、自分の権力保持のために血縁者であるアレクス殿下を王位に就けたがっているってこと?」

 「かもしれない」


 エメセシル様は私達から離れた衝立で仕切られた一角にある書き物机で、現在日課にされている次期女王としての勉強に励まれている。私達は姫様の邪魔をしないよう、小声で情報交換のための会話を続けていた。


 「だがアレクス殿下は、セイクリッドの王位を継がないと、セイクリッドの人間ではないと思って欲しいと明言されていたな」

 「まぁ!じゃあアレクス殿下の気持ちに迷いはないと言うことね!」


 エリックから聞かされた議会でのアレクス殿下の発言に、私は内心拍手を送っていた。


 アレクス殿下が自分の立場を明らかにされていることは、エメセシル様のことを思えば喜ばしいことだ。個人的にはアレクス殿下の性格は苦手だが、少なくともエメセシル様が好意を抱かれているらしいことや、お二人の間に育ちつつある愛情を私も歓迎している。


 「そうだな……だが、例の宰相が気になることを言っていた。マティアス殿下の生まれた月から逆算すると、国王陛下、側妃殿下が一緒に過ごされていた時期が合わないらしい」

 「……え?どういうこと?」

 

 エリックの言葉に、私は眉をひそめた。それって……。


 注意深く、エリックの声がさらに低く音量を下げられた。私は意識して耳を傾けた。衝立の方に視線を向けるも、姫様の様子に変わりはない。


 「……容姿が母親とも父親とも似ていない、両親が一緒にいない時期に身籠られた可能性がある、とくれば、父親の存在を疑いたくはなるのは分かる……」

 「……宰相はそんなことまで調べたってこと?プライバシーも何もあったものじゃないわね」


 いくら公人だからと言って、過去に遡って私生活を暴かれるなんて、たまったものじゃないわ……宰相という男、随分悪趣味ね。


 私が不愉快さに、めまいを覚えていると、エリックも頷いた。


 「ああ……アレクス殿下も似たようなことを仰っていたな。しかし、もしそれが事実ならマティアス殿下と国王陛下に親子関係がないということになる。しかも、マティアス殿下も4年前に王位継承者に指名されるまで、自分の父親が誰か知らなかったらしい」

 「……え?エリック、マティアス殿下に会ったの?」


 私は驚いて、エリックの青灰の瞳を見据えた。エリックは小さくため息を吐き、頷いた。


 「議会に呼ばれる前にたまたまな。マティアス殿下自身が、国王陛下の決定や自分の出生に納得出来ていないことが、言葉の端々に伝わって来たな。それに、自信のなさからなのか、アレクス殿下に遠慮しているからなのか、メルヴィナ様とはまだ夫婦の契りを交わしていないということも言われていた」

 「……実は、私も今朝エメセシル様と朝食後の散歩をしている最中にメルヴィナ様にお会いしたのよ。……メルヴィナ様も、マティアス殿下とは一度も寝所をともにしていないと仰っていたわ。そのことを、とても気にしていらっしゃるようだったわ」


 私がエリックにそう話すと、今度はエリックが驚いたように目を瞬かせた。


 「……やっぱり、マティアス殿下の気遣いは逆効果だったんだな」

 「……え、どういうこと?」


 私は難しい顔をして顎に手を当て考え込むエリックに、問いを重ねる。


 「……マティアス殿下は、メルヴィナ様が無理やり自分と結婚させられたと、メルヴィナ様に申し訳なく思っているようだ。まだアレクス殿下とメルヴィナ様が想い合っていると思い込まれているようで、いつかメルヴィナ様をアレクス殿下に返すつもりで彼女を傷つけまいと触れないでいるらしい」

 「……でも、メルヴィナ様は王太子妃としての責任を果たせない自分に、肩身の狭い思いをされているのよ。政略結婚である以上は、愛情があろうとなかろうとその覚悟をして嫁がれているはずだわ、マティアス殿下の姿勢は、そのメルヴィナ様の決意をも踏みにじるものだわ」

 「だから逆効果になっているようだと言っただろう……たぶん、マティアス殿下自身が周囲に心を開いて耳を傾けるだけでも、状況はだいぶ変わって来るんだろうな」


 はぁ、と目を閉じやや呆れるような口調で言うエリックに、私も両腕を組み合わせ、頷いた。


 「今の話だとお二人とも、お互いに気にかけているのは確かなのに……気持を通じ合わせるのって、難しいのね」

 「……それは俺達も、身をもってよく知っているだろ?……でも、こういうことは本人同士が努力しなくては意味がない。俺達はただの隣国の騎士だ、状況を見守って行くだけだ」

 「……そうね」


 そうよね、エリックの言う通りだわ。誰かと理解し合うのは簡単なようで、とても難しい。私達だって、10年もかかったのだものね。


 私は初めて気持ちが通じ合った瞬間のことを思い出し、エリックの手に自分の手を絡めた。エリックは青灰の瞳を細め、ふっと微笑むとギュッと握り返してくれる。この温もりがかけがえのない私達の絆だ。



 ―――歓迎の宴は、セイクリッドの王宮内の客間や王族方の居住区とはまた別の棟にある大広間で執り行われていた。どうやらセイクリッドの王宮は複数の棟に細かく区分されており、その間を中庭や、渡り廊下で繋がっているようだ。アルカディア王宮も中央宮、奥宮、左右宮に区分されているが建物内で繋がっており大まかには一つの建物と言えなくはないが、セイクリッドの場合は完全に棟同士は独立して建てられているようだ。


 しかし一つ一つの棟もけっして小さくはない、この大広間もアルカディアのものに比べて同じくらいの広さがあった。


 ―――話には小規模な内々の歓迎会と聞いていたのだけど、セイクリッド中の有力貴族を集めたのだろうか、参加者の数もさることながら即席で用意したにしては豪華絢爛な会場の装飾に、会場奥に用意された食事の内容も豪勢なものである。セイクリッドの豊かさをこれでもかと見せつけられているようだ。


 今日は王妃殿下は国王殿下の看病のため、ということで出席を辞退されているが王太子夫婦をはじめ、セイクリッドの宰相、議員ら、高位貴族らのそうそうたる面々が集っている。先程から、エメセシル様のため特別に設けられている来賓席に、ひっきりなしにそういった方々が挨拶に見えられている。

 

 アレクス殿下もエスコート役として姫様の横で、挨拶に来た人物の説明を姫様にされている。そのお二人の少し離れた距離で、私とエリックは控えている。これが公式行事なら、アルカディア騎士の伝統に則って私もエリックも騎士の格好ではなく貴族の正装をしないといけないのだけど、今回は反非公式と聞いていたこと、エメセシル様の護衛だということを周囲に知らせる必要からも、騎士装のまま参加していた。外交官でもないただの騎士である私達が、他国で社交をする必要もないしね。


 でもさっきから、宴に参加しているセイクリッドの若い令嬢の視線が、私と同じように控えているエリックに注がれていることに、私は内心ため息を吐いていた。今は任務中だし、おおっぴらに嫉妬心を露わにするわけには行かないけれど、改めてエリックが若い女性にとって魅力的な男性だってことを思い知る。すっかり見慣れてしまっていたけれど、間違いなく彼はハンサムな部類に入るし、穏やかで落ち着いた雰囲気や騎士として鍛え抜かれた身体も女性を魅了してやまないに違いない。むしろ、騎士装をしており任務中であることを分かるようにしていなければ、そこら中の若いお嬢様方にダンスをねだられていたかもしれない。


 この人は私の夫なんですよ、と公言して回りたい気持ちに駆られ、任務中に何を馬鹿なことを考えているのかと自分で自分が恥ずかしくなる。

 

 こそっと隣で立っている彼に視線を向けると、ばちっと目が合う。私は慌てて目を逸らすが、一瞬エリックの、一体何をしてるんだ?と言いたげな表情が見えた気がした。


 ……本当、自分でも笑っちゃうわよ。想いが通じあって晴れて夫婦の身になれたのに、どうして前よりも嫉妬深く、欲張りになってしまうのかしら。


 私がそんな事を考えていると、一通りの出席者との顔合わせを終えたらしいエメセシル様をアレクス殿下が労っている様子が見えた。挨拶のために立ちっぱなしだった姫様を、椅子に腰かけさせている。アレクス殿下も、彼なりには姫様を気遣っているようね。


 そんなアレクス殿下に、側近の一人らしい男性が近付き、何事か伝言しているようだった。アレクス殿下は、その男性から聞かされたことに一度考え込むような仕草をされたあと、姫様に体を向けた。

 

 「エメセシル、すまないが、一度席を外さなくてはならない。ここで待っててもらえるか」

 「まぁ、分かりましたわ」

 「……すぐ戻る。宴が終わる前に、あとで俺達もダンスをしよう。それまでは休憩していてくれ」

 「……アレクス様。……はい、喜んで」


 アレクス殿下の申し入れに、エメセシル様ははにかんだ表情で微笑んだ。何だか姫様嬉しそう。


 エメセシル様の素直な返事に満足したようにアレクス殿下は口の端を上げ、それから側近の男性と席を後にし、どこかへ行かれてしまった。アレクス殿下も久しぶりに帰国しているわけだし、王族として色々こなさなければならない公務があるのだろう。


 その後も、エメセシル様は声を掛けて来るセイクリッドの有力者を相手に一人で社交を続けられていた。多少緊張はされているようだが、エメセシル様も生まれながらの王女として、母国アルカディアでも公式行事に参加することには慣れていらっしゃる。将来の女王としての勉強も熱心に続けられているし、どんな場面でもそつなく対応されている。姫様の成長ぶりに、身近に控える私としても誇らしい思いだ。


 と、ふいに、一人の身なりのいい中年男性がエメセシル様にまた声を掛けて来た。……どこか、既視感のある顔ね。


 「……あの男がドゴール卿だ。王妃様の弟で、宰相の」


 エリックが私だけに聞こえる低い声音で呟いたのに、私は驚いて彼を見上げた。


 「あの、アレクス殿下推進派筆頭の?」

 

 同じく小声で聞き返した私に、エリックは頷いた。


 「ああ、王宮内の噂を聞く限りは、王妃様の身内なのを笠に、議会内の一大勢力を握っているらしい」


 確かに、ドゴール卿と呼ばれた男の目元が、アレクス殿下や一昨日お会いした王妃殿下によく似ていることから血縁関係にあることは頷けた。アレクス殿下を次期国王に推す一派の筆頭ということは、即アレクス殿下のアルカディア婿入りを反対している立場も同然ということだ。そんな人物が、エメセシル様に接触してくるなんて、どういうつもり?


 私はエリックと目配せをし合い、警戒を強める。


 「ご機嫌麗しゅう、エメセシル王女殿下。私めは、この国の宰相を務めるベネディクト・ドゴールと申します」

 「まぁ、宰相様、ご挨拶痛み入ります。お初お目にかかりますわ」


 恭しくエメセシル様に畏まるドゴール卿に、姫様も立ち上がり丁寧に礼をした。


 「王女殿下におかれましては、我が国の王子アレクス殿下と良好な関係を築かれているようで、殿下の叔父の身としても、光栄に存じますよ」

 「まぁ、宰相様はアレクス様のお身内でいらっしゃるのですね」

 「ええ、王妃殿下が私めの実の姉にあたりまして」


 ドゴール卿の言葉に姫様は驚いたように、目を瞬く。


 「まぁ、そうでしたの。ええ、アレクス様にはとても親切にして頂いておりますわ」

 「それは大変結構ですな。……時に、エメセシル王女、王女の生国アルカディアでは、女性王族が王位を継がれるのにある条件があるとお聞きしましたが、さようでございますかな?」

 「……え?え、ええ。我が国の法律では、未婚女性王族は単独で王位を継承できないと定められておりますの。共同統治者たる配偶者を婿に迎えて初めて、継承権を得るのですわ」


 ドゴール卿の少し強引な話題の持って行き方に、エメセシル様は困惑しつつも律義に答えられている。こんな不躾な質問にまで相手にされなくて良いと思うのに。


 「なるほどなるほど。それならば、我が国のアレクス王子ほどうってつけの存在はおりませんでしょうなぁ……何しろ、本来であればセイクリッドの次期国王となるべき方ですから」

 「宰相様……?それはどういう……」

 

 ドゴール卿の含みのある物言いに、エメセシル様の表情が曇る。あまりの不躾な発言に私もエリックもいきり立って、姫様の両脇を固めるように、ずいと近寄った。


 「宰相閣下、差し出がましいことを申すようですが、我が君エメセシル様と貴国のアレクス王子との婚約は、両国の合意の下、正式に契約を交わされたものであることは疑いのないことと存じますが?」


 エリックの良く通る重低音が、確固たる響きをもって投げかけられた。彼がこんな剣呑な口調をするなんて、珍しい。感情的になりすぎず、それでいて相手に付け入る隙を与えない声は、ドゴール卿を怯ませるのには十分だった。不謹慎だけど、彼のその毅然とした姿勢に惚れ惚れしてしまう。さすがは私の旦那様、男らしくて素敵よ。


 「だ、だが……それはあくまで、我が国に正統な王位継承者がいればの話。エメセシル王女、我が国にも、王位継承者にはいくつか必要要件があるのですよ……そもそも、王家の血筋に連なる者でなければ、その資格たりえないというのは、いかなる国でも同じでしょうがね」

 「……宰相閣下?マティアス殿下の王位継承は、国王陛下たってのご指名と伺っておりますが?そこに疑いの余地はないことと思いますけど?」


 私はやや苛々した口調で、ドゴール卿の言葉に重ねた。他人の私生活に探りを入れるような人物は、そもそも信用が置けないわ。

 

 「……いずれ分かることだ。……恐れながら、エメセシル王女。改めて婿探しを再開された方が宜しいかと思いますよ」


 私とエリックに睨まれ、ドゴール卿は冷や汗をかきながらも、苦し紛れの捨て台詞を吐き、立ち去った。


 「姫様、お気になさる必要はないかと思います。アレクス殿下は、エメセシル様とアルカディアで生きる決意を固めておいでです。他人の言葉に惑わされてはいけません」

 「エリック……、ええ、そうね、アレクス様を信じなくては、駄目ね」


 エリックが、エメセシル様を元気づけるように、しっかりとした口調で断言する。その言葉に、姫様の強張っていた表情がほんの少し和らいだ。

 アレクス殿下、戻って来るのが遅いわね……早く、姫様を安心させてあげて。

 

 アレクス殿下の姿を見つけられないかと、私は会場に視線を巡らす。しかし、そこには見知らぬ顔ばかり。いつのまに降り出したのか、外の景色を映す大きな窓には激しい雨を知らせる水の筋がいくつも浮かび上がっていた。




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