9 妹、ぴんち
甘ったるい匂いが漂って、ひどく不快だった。
「おじゃおじゃ。これが世に聞くエルフの娘であるか! 一匹だけというのはなんとも寂しいが、なんとも美しゅう整っておる顔に上にまろい肌であるなあ。何よりこの幼げな風情! ようやったザイアッハ」
「お褒めにあずかり恐悦至極にございます」
「まろが愛で尽くしたあとには良きに計ろうてやろう」
「は、ありがたき幸せ」
傍らでそんな声が聞こえて、私はがばっと身を起こそうとした。
同時に魔法を使おうと、体内マナを放出する。
だが空気中のマナに干渉しようとした途端、手首に引きちぎられるような強烈な痛みを覚えて、またベッドに倒れこんだ。
どうやら腕が頭の上で拘束されているらしいけど、それだけの痛みじゃない。
痛みに耐えながらも目を開ければ、部屋は少し薄暗かったが、それは人工的な明りからくるものだ。
視線を流せば、そこは華美を通り越してけばけばしい調度品で並べ立てられた広い部屋で、私はベッドの上に固定されていた。
意識が浮上しかけるたびに、衝撃を与えられて眠らされていたような気がする。
私が気絶して、どれくらい時間がたっているのだろうか。
腕を動かしてみれば、冷たい感触と共にじゃり、と音がして、金属製の手かせがはめられていることがわかった。
「まさか、本当に、触媒もなしに魔法を使えるとは思わなかったが。その手かせにはあらかじめ外部マナに干渉しようとした場合、強烈な痛みを与えるよう呪いをかけてある。魔法も使えまい?」
声のした方に視線を巡らせれば、私を昏倒させた魔法使いが尊大な態度で見下げていた。
彼の言うことはその通りなので、歯噛みするしかない。
その隣には、やったらごてごてと飾り立てられた服を着た横幅のあるだるまがいた。
いや、だるまというのはだるまに失礼かも知れない。だってあれ縁起ものなのだし。
贅沢太りと明らかにわかる三段腹に二重あごのコンボを決め、てかる顔には吹き出物がたくさんある。
極めつけはこちらをなめ回すように見るまなざしで、私は生理的嫌悪に体を震わせた。
その表情で、何のためにこんな風にさせられているのか嫌と言うほどわかる。
じり、と身をよじれば、そこで自分がいつもの服ではなく、ネグリジェみたいなものに着替えさせられているのに気が付いた。
ひらひらフリルが山のように飾られているくせに、胸を強調するあれなやつだ。
もちろん自分で着たわけじゃないから、誰かに着替えさせられたのだろう。
さらに嫌悪感に鳥肌を立てていれば、目の前のだるま男がたいそう下品にやに下がった。
「おお、起きたか! やはりはじめはしっかり意識がないとつまらぬ。それにしても、エルフの肢体は幼げだと聞いておったが、ほどよく起伏があるの」
「取り逃がしたエルフの娘は言い伝え通り起伏に乏しかったようですから、この娘が突然変異の可能性が高いです」
「ならばますます良い! 幼げであるというのに女のまろみがあるとは最高ではないか!」
ちなみに、私の外見年齢は、14,5歳と言うところ。
ロリコンクソ野郎丸出しの発言に私は戦慄した。
おじゃるとかまろとか珍妙な言葉遣いがギャグっぽいくせに、わかりやすいほどの貞操の危機だ。
冗談じゃない!
「私、成人してるけど」
思わず口を挟めば、だるま男は肉に埋もれかけている目をまん丸にして絶望していた。
「なん、じゃと……! かような姿で成人しておると」
「いえ、エルフの成長は人間よりもずっと遅かったはず。成人と言ってもなりたてでしょう」
「そうかならばよい!」
いいのかよ!
反射的に突っ込んでしまった私だったが、だるま男からクソだるま男に昇格したことも知らず、完全に自分の世界に入り込んで悦に浸っていた。
「若いエルフの娘を所有したまろは、今期の社交界で注目の的じゃぞ! ますますまろの名声がひびきわたるでおじゃ!」
「そのとおりでございます領主様」
魔道士の追従は完全棒読みで端から見ていても全く心がこもっていないのが丸わかりなのだが、クソだるま男はかまわないらしい。
というか、馬鹿っぽい会話でうすうす察していたけど。こいつがこの街の領主で、まさか、まさか……
「社交界で目立ちたいためだけに、エルフを誘拐したの?」
すると、領主がみるみる顔を赤くして怒鳴った。
「ためだけとはなにを言うか! 社交界で注目を集めなければ、まろの出世に響くのじゃぞ! 近頃は税収も少なくなっておる今だからこそ重要であるのじゃ。なにも知らぬ野蛮人が!」
急に怒り出してぽっかんとしつつも、せききったようにつばを飛ばしてわめき散らす話に、ますますこの領主のだめぶりと身勝手さを嫌と言うほど知るだけだった。
なんでも? このクソだるま、領地経営がうまくいかずに税収が少なくなっていて、それはどう考えてもただ税率をあげているだけのせいなんだけど、奴隷商人と結託して、エルフを捕まえることを思いついたらしい。
この国では奴隷を侍らせるのが裏のステータスとして浸透していて、クソだるまの領地でも前から獣人達を輸出することで収入にしていたのだという。
エルフという珍しい亜人種なら高く売れるし、領主もエルフを見てみたいという欲望もかなえられると即断だった。
普通ならそんな思いつき、うまくいくはずがない。
けど隣にいる魔道士が入れ知恵をした上で、森の中でも迷わない術式とゴーグル、果てはあの獣を集める術式を授けた結果こんな事態になっていた。
だんだん怒りを忘れて、自慢話になっている肉だるま男の話は胸くそ悪いの一言だったが、話し続けてくれればそれだけ時間が稼げるから、話すがままにさせている。
だというのに、途中で魔道士が遮った。
「領主様、このエルフも、領主様のご威光に感じ入ったご様子です」
「おお、そうでおじゃ?」
いや、あまりにもばからしくてしらけているだけだけど。
めいっぱい威厳を持って怒鳴ったつもりだろうけど、ヤスがドスを聞かせる様をちっちゃい頃から聞いていた私からすれば、小型犬にキャンキャン吠えられているようにしか思えないし。
「では私はこれで失礼いたします。あとはどうぞお楽しみに。念のため、手かせはそのままにしてくださいませ」
「うむむ、それはつまらうが。まあ良かろう」
顔にどこかうんざりした顔で、念を押した魔道士は、さっさと退出してしまった。
やばい、なんだかんだであいつがいたからこそ歯止めがきいていたのに。
完全に機嫌を直してしまった領主は、もはや隠しようもない下劣さで、私に向き直った。
「ちと表情が乏しいが、まあよい。まずは味見をせねばなあ。まろに処女を捧げられることを光栄に思うがよい。なあに、今までの女どもは泣いてよがって従順になりおったわ」
どう考えても悲鳴だし、この街の最高権力者である領主に逆らえるわけがない。
それを自分の魅力で落としたと思っているあたりヤバさが際立っていた。
どこからともなく出てきた女性が、領主の上着を脱がせる。
その表情は完全に殺されていたが、手がわずかに震えている上、その首筋に痣が見えた。
それだけじゃなくて暴力まで振るってるのか、最低だな!
「森の中は退屈でつまらなかろう? 森では味わえぬ快楽を与えてやるぞ。すぐにまろなしでは生きていられぬ体にしてやろう」
たぶん、かっこつけたつもりのだろうがぐちゃりとゆがんだ唇はひたっすら気持ち悪いだけしそもそも言葉自体が気持ち悪い!
というか何でこっちにもエルフは快楽に弱い公式があるんだよ!?
突っ込んでいる間にも、クソ領主がやたら広いベッドの上に乗り上げてくる。
重みに耐えかねてか、ベッドが盛大にきしむ音がした。
やたらでっかい音だったけど、このベッド壊れないかな。
甘ったるい匂いがいっそう強くなって、こいつからする香水の匂いだったのかと気づいたがそんな余裕はない。
身をよじって少しでも遠ざかろうとしたが、腕を拘束されているから逃げようがない。
なんでかだるま男がよだれを垂らさんばかりになってる!?
「ふへふへ、乳を揺らしてまろを誘いおっていい眺めじゃの」
その言葉でようやく、私が動くたびに胸が揺れていることに気がついて勝手に顔が赤らんだ。
「誘ってなんか!」
「恥ずかしがらずとも良い。期待に応えてまずはそのみごとな乳を見聞してやろうぞ」
話が全然通じない!
これだけ横幅も体重もあるやつにのしかかられたら最後、抜け出すのは無理だ。
その前に何とかしなきゃいけない。
けど、あの魔道士は外部マナに干渉しようとすれば、呪いが発動すると言っていた。
なら体内マナだけなら発動しないんじゃないか。
私も、ヤスほどじゃないけれど、体内マナによって身体強化をすることができる。
いちかぱちか、このだるま領主が近づいてきた瞬間に股間を蹴り上げて、意識を刈り取るしかない。
ちらっと見たけど、鎖の先はベッドヘッドにある金具に固定されていた。
あんな設備があるなんてこいつの趣味が知れるけど、全力で身体強化を使えば、鎖は引きちぎれなくても、木製のベッドの柱についてる金具は外せるかも知れない。
足だけでもこいつの股間に触るなんてぞわぞわするけれど、前世もあわせて46年守ってきた処女をこんなやつに渡すなんて冗談じゃなった。
初めてくらいは自分で選んだ人がいい!
とうとう領主の熱が感じられるところまで近づいてきた。
手が、私の胸に伸ばされる。
ちょうど、私の足下に、来た!
「さあ、まろに身を任せ……ぐぎゃっ!?」
体内マナを練り上げると、裂帛の気合いを込めて足を振り上げた。
案の定、さっきの痛みは来ない。
勢いよく振り上げた足は、なんともいえぬぐにゅっとした熱いモノを捕らえた。
とたん、やに下がった領主の顔が苦痛にゆがんでどうっとベッドに倒れる。
すかさずくるりと反転した私は、再び身体強化を使い、全力で鎖を引っ張った。
ぎしっと、ヘッドボードがきしんだが、それだけだった。
体がきしむのも感じる。ああもう、こんな負担がかかることなんでヤスはほいほいできるんだよ!!
手首がすれて痛んだがかまわず、再び全力で引っ張った。
「この不埒モノめが!」
だがそんな声が聞こえた瞬間、頭を殴られてベッドに転がる。
ぐらぐらする視界をこらえて振り返れば、すかさずのしかかられた。
重い肉体を押しつけられて、息が詰まる。
「優しくしてやろうとおもうておればつけあがりよって!」
ゆがんだ領主の顔が般若の顔になっていていること自体は怖くはないけれど、完全に押さえつけらえてなすすべがない。
暴れたくとも、ここまでマウントを取られてしまえば全部肉に吸収されてしまって意味がない。
男のぶにぶにとした手が体中を這い回って、なけなしの余裕が一気に吹っ飛んだ。
いやだ。こんなやつの好きなようにされるなんて死ななくったってぜったい嫌だ。
怖いよ、気持ち悪いよ。誰か。
ああもう我が表情筋め、こんなときだけ仕事すんじゃない。
こんな奴に弱みを見せるなんて。
自分で自分を守れるくらい強くなりたかったのに、強くなるって決めたのに、こんなときでも浮かんでしまうのは、大柄で粗野な強面だ。
もう違うってわかっているのに、やっぱり本質はあれなんだ。
ここにはいないのに、すがるように呼んでしまう。
「やだ、たすけて、ヤス、兄ちゃん!」
どごんっ!とすさまじい破壊音が響いて、何かが吹っ飛んできた。
それは木片で、ベッドにかかった天蓋から下がる布の隙間から見れば、入り口に当たる重厚な扉が、完全に破壊されている。
代わりに立っていたのは、黄金の髪をなびかせて、長い耳が優美につんと上向く美しいエルフだ。
片手には鋭い切っ先ををした刀をひっさげた彼は、真っ青の瞳で鋭く室内を見回し、組み敷かれている私と目が合うなり、悪鬼羅刹の表情になる。
刹那、その姿が消えた。
「ワシの妹になにしとんじゃ我ェ!!!!」
「ぐぼふぎゃぁ!!!??」
次の瞬間私が見たのは、すさまじい打撃音と共に、上にのしかかっていた肉が吹っ飛んでいく光景と、もの見事な飛び蹴りをぶちかますヤスの姿だった。
私が惚けたように見つめる中、広すぎるベッドの上に見事に着地をしたヤスの、精霊に愛された美貌が、こちらをふりかえる。
「おうキヨ、よくワシを呼んだな」
その美貌を全力で台無しにする勢いで乱暴に笑ったヤスに、私は心の底から安堵したのだった。