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8 妹、不測

 

 行商人、ゴースはもぬけの殻となった奴隷商館の片隅で、必死に地面を掘っていた。


 あの悪夢のようなエルフの二人組から解放されて、ほとぼりが冷めるまで隠れていたが、納まるのを見計らい自分が生き延びるための算段を始めていたのだ。


 目ざといスラムの住人達は、商館が壊滅状態になっていると気づけば、一切合切を略奪しに来るだろう。

 弱肉強食の世界なのだ。ここは。

 自分も悠長にしていれば興奮した略奪者にリンチにあうのは目に見えているし、あれに見つかれば失敗した自分はただではすまない。

 その前にとるものをとって逃げなければならないのだ。


 やがて、スコップ代わりに使っていた板が、固いものにあたった。


「あった!」


 それはいざと言うときのために、ゴースが隠していた軍資金である。

 商館の中でも仕入れの一角を担い、それなりの地位にいたゴースの、財産の一部だ。店を持つまでには至らないが、行商をしながら逃げられる十分なだけの金額がある。

 これがあれば、一からやり直せる。

 ゴースの顔に喜色が浮かんだ矢先。


「ゴース、何をしておる」


 低い、尊大な声が聞こえて、背筋に氷を突っ込まれたような怖気が走った。

 きしむように振り返れば、そこには死神がいた。

 実際は男は魔道士で、肉体的には普通の人間のはずである。

 だが、ゴースにとってはこの割に合わない仕事をする羽目になった原因であり、性根からおぞましい化け物にしか見えなかった。


 気づかれてはならない。この男にだけは、自分が逃げようとしていたことを。


「貴様にはエルフの捕獲を命じていたはずだが。もぬけの殻である理由を聞かせてもらおうか」

「それが、えらく強い、エルフの二人組が居ましてね」


 まだ、大丈夫だ。気づかれていない。

 ゴースは己のあらん限りの弁舌を駆使して、洗いざらい吐き出せば、死神は愉快そうに唇の端を釣り上げた。


「ほう、それは面白い」


 完全に興味がエルフの二人組に映ったことを確信したゴースの胸中は、安堵に包まれた。

 これで、首皮一枚でつながった。


「では、最後の最後で失態を取り返せた貴様には、私の研究に役立ってもらおう」


 ざっとゴースの全身から血の気が引いた。

 その意味がわかってしまう(・・・・・・・)からだった。


「い、いやだ、たすけ」

「私の実験室に連れていけ。まったく。手間をかけさせるものだ」


 死神の背後から現れた兵士の屈強な腕に捕まれたゴースは、絶望の悲鳴を上げたのだった。






 *






 これだけ騒ぎを起こせば奴隷商館の仲間やら、城門の向こうから騒ぎを聞きつけた兵士が来るとも限らないから、とっとととんずらをかますに限る。

 と、とらわれていた人達と手分けして、金目のものを根こそぎかっさらって館を飛び出した。


 もちろん、見つけた奴隷契約書を全部燃やすのも忘れない。


 エルフ以外で囚われていた十数人のうち半分が、街を出るまで行動を共にすることになった。

 別行動を取る人たちとはお金だけ分配して別れ、脱走者の中に手綱をとれる人間がいたから馬車を二つ拝借して、いざや決めるぜ大脱走だ。


 二十とちょっとにふくれあがってる大所帯で、さらに言えば、馬車を使っているから、どんなに静かにしていても騒がしい。


 何事かと目を覚ましたスラム街の人々の驚愕のまなざし見送られながら、街の外へと逃げ出した。


 休憩を挟みながらも、丸一日走り通し、大森林が見えてきたところで、エルフ以外の脱走者達とは別れた。

 森の中では小回りのきかない馬車は邪魔なだけだから、そのまま乗っていってもらった方がいい。


 彼らが馬車から身を乗り出して、見えなくなるまで手を振りながら去って行った。


 私は短い付き合いだったけど、気のいい人達だった。


 残ったエルフ組もひどく疲れていたので、森の浅瀬で小休止している間に、ヤスにクランサ村へ先行してもらうことにした。

 精霊に持たせた伝言を聞いているのならやきもきしているだろうし、これだけの人数で森の中を突っ切るのは、少し不安がある。


 迎えにきてもらえるのなら、それに越したことはない。


「なら、おめえも一緒に来ればええだろうに」

「この人達を守る人が必要でしょ」


 浅瀬とはいえ、わりと危険な猛獣も多いこの森だ。彼女たちが安心できるようにどちらかが残った方がいいだろう。

 ヤスに護衛を任せてもいいけど、馬車の中で休息をとれたとはいえ、私も結構疲れてる。


 それに最低一人は攫われたエルフを連れて行ってもらわなきゃいけないから、不適格だった。


 私が丁寧に説明すれば、ヤスは不承不承飲み込んだ。


「無理だけはするなよ。何かあったらワシを呼べや」


 ヤスは何度も念押ししながら、状況説明役にエルフの女性を一人抱えて、走って行った。


 私はむしろ、抱えられたお姉さんがヤスに惚れてしまわないかどうかが心配だよ。


 そんなしょうもないことを考えつつ、残ったエルフ達と食べられる草や飲み水を探し出して、簡単なご飯にした。

 森の中は、エルフにとっては平地よりも街よりも安心できる場所だ。


 小さな子供でも食べられる植物やキノコを取るのはお茶の子さいさいだし、エルフの女性なら拾ってきた葉っぱや平べったい石などで、簡単な調理もお手の物だ。

 火は私が用意できるし、奴隷商館でかっぱらってきた塩やパンやらで味もボリュームも十分だ。


 ほんの数日離れていただけとはいえ、あんな恐ろしい目に遭ったあとだ、日常の作業や、懐かしい味に舌鼓を打つエルフ達のほっとした顔を見れば、無茶をしたかいがあったと思えた。

 どんなに早くてもヤス達が戻ってくるのは明日の朝だろうから、明日に備えて寝る場所を確保することにした。


 そうすれば、明日は気力も体力も十分な状態で森を進むことができる。


「やっと、家に帰れるのですね……。あのまま、街の中に入ってしまえば二度と出られないところでしたのに、また森に帰れるなんて」


 今日の寝床の準備をしていると、感極まったエルフ女性の一人がぽつりとつぶやいたのに、私は気を引かれた。


「売り先は街の中だったのですか」

「いえ、詳しくは……、ただあそこの人間達が話しているのが少し聞こえただけなのです。『残りのエルフが来てから、お好みのモノを選んでいただこう。分け前がなるべく残ると良いのだがな』と」


 意味はわかっているのだろう。

 若干眉をひそめながらも語ってくれたのに、私はいまさら疑問が吹き出してきた。

 今回の件で引っかかるのは、どうして奴隷商人達が森に分け入る危険を冒してまで、エルフを攫いに来たのかだった。

 残っている記録だけで100年以上人間との接触もなく不可侵のまま続いてきたのに、今更あらわれるのは違和感がある。


 それに、暗視ゴーグルや魔獣を呼び寄せる禁術などは用意するのにかなりの技術がいる代物だ。

 ゴーグルは結構普及しているのか?と思ったけど、あのスラムの街の様子じゃ、かなり高価なものという認識で間違いないだろう。


 あの行商人のおっさんにもうちょっと突っ込んで話を聞いておけば良かったと思ったが、もう終わったこと。

 ……――でもないようだ。


「森の空気が、かわった?」


 私は立ち上がって杖を握りしめるのと、眉をひそめたエルフの女性がほぼ同時。

 薄暗い森の中を乱暴にかき分ける音と共に迷わずこちらに向かってくるのは、間違いなく人間たちだった。


「火を燃やす煙はこのあたりからだ、しらみつぶしに探せ! 一匹でもエルフを捕まえるんだ!」


 これほどまでにしつこいとは、と歯がみしつつ、私は一様におびえた表情をするエルフ達を振り返った。


「森の奥へ逃げて! 『汝は衝撃、理は風』!」


 叫ぶと同時に打ち出した衝撃波は、追っ手の一人を巻き込んで、大きな音を響かせた。


「あっちだ! あっちにいるぞ!!」


 案の定、追っ手達が打ち出した私の方へ進んでくるのを、その場で迎え撃つ。

 彼女たちが無事に逃げおおせるまでは足止めしなきゃいけない。


 とはいうものの、ここは森。じきに日も暮れるし、子供でもたいした時間は必要なく、追いかけられない深くまで逃げられるだろう。

 それに、見たところ追っ手は両手に足りないくらいのようだから、私一人で片付けられる。

 この場で排除できるのなら、それに越したことはない。


 案の定、男達は私を視認するなり侮ってくれて、次々に魔法を当てて昏倒させることができた。

 ここは森の浅瀬でも、猛獣は跋扈している。


 夜にならないうちに気絶から覚められれば、もしかしたら朝日をおがめるかもしれない。

 形ばかり幸運を祈ってやりつつ、残党は一人か二人か、と算段すると。


『汝は火球、理は業火』


 目の前に迫る火球に目を見開いた。


『汝は水壁、理は水っ』


 とっさに杖を構えて水の壁を作り出したが、火球の勢いを殺しきれず吹き飛ばされた。

 そのまま近くの大木へ体がたたき付けられて、地面に倒れる。


 息が詰まってもなお杖は手放さなかったが、杖を握りかけた手をブーツの底で踏まれた。


「っあ……」

「まったく。私をこのような雑事に引っ張り出すとは無能はこれだから困る。ほかのモノも逃げてしまったようだな」


 視線をあげれば、私の手を踏んでいるのは、杖を携えた男だった。

 思慮深げと言えば聞こえはいいが、顔に小ずるさと傲慢さがにじんでいる。


 雰囲気からしてわかる、こいつも魔道士なのだろう。

 さらにブーツで手を踏みにじられ、たまらず手を離した瞬間、杖は遠くへ蹴り飛ばされた。


「まあ、一匹確保できただけでも十分だろう。領主様の気まぐれも困ったものだが。攻撃魔法を使うエルフとは興味深い。研究に役立つかも知れん」

「っ……!」


 逃げなきゃ、いけない。

 その一心で、私は自由になる片手で印を結び、男に向けた。


『汝は塵、理は土!』


 たちまち辺りに広がった砂塵にひるんだ男の足が緩んだとたん、手を取り返す。

 マナを魔法へ変換するために必要な魔法触媒を体内に持つのがエルフだ。


 指先で印を結べば、小さな魔法なら使えるものの、強力な魔法は杖がなければ難しい。

 だから、起き上がったとたん、私は自分の杖を拾うために飛び出した。


「このガキがっ『汝は混濁、理は雷!』」


 背中に衝撃を感じて、私の意識は強制的に暗闇に落ちた。


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