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2 我が兄、変わらぬ 


 どうしてこうなった、と私は森の中を駆け足で抜けていく。

 木の根や柔らかい腐葉土で、最悪に足場が悪い中でも、今の私は平気で走れる。


 以前よりもずっと軽い体で、とんっと、木の根を蹴って大きな穴を飛び越えれば、その拍子に邪魔にならないよう緩く編んだ金色の髪(・・・・)が視界で揺れた。

 水平にとがった長い耳は、今日も魔力の流れがよく聞こえる。


 ここはエレストリア大森林地帯、俗に言う「エルフの森」で、私はその中にある集落の一つに暮らすエルフに生まれ変わっていた。



 エルフ。エルフである。



 確かに死に際に、おっぱいが大きい美人になりたいとか願ったけど、まさかエルフに生まれ変わるとは思っていなかった。


 森と共に生き風とともに暮らす、妖精のように美しき人々、というのはこの世界でも変わらないようで、金髪碧眼に新雪のように透き通った白い肌、有り体に言えば美男美女属性はエルフ全員に備わっていた。


 エルフは長い耳がつんと上向きに生えているかが美人の基準で、それに照らし合わせると私は完全に普通枠なのだが、人間基準としては十分に美少女でしかもおっぱいは大きい。


 金色の髪はゆるく波打って、長いまつげに彩られた目はぱっちりとしていて、明るく澄んだ青色をしていた。


 平均身長よりちょっぴり低めのおかげで、フランス人形もかくやという美少女だというのにおっぱいは大きい!


 これだけでも生まれ変わった価値あるよ幸せかっ!



 ……ただ、エルフの場合、おっぱいが大きいのはそんなに得じゃなかった。



 思春期を迎えて膨らみ始めた胸に、はじめはよっしゃと思ったけど、弓を射るのには微妙に邪魔だし、こうして走ると揺れるし。

 それでも、他の子よりは早く走れるとはいえ、こういうときは泣く泣くさらしを巻いて押さえている。


 と、全力で走ってようやく視界に同行者の金の髪が揺らめくのが見えた。


「先走らないでよ! 何があるかわかんないんだから」


 せっかくの魔法なのに、拡声器的な使い方をすることが多いのがなんとも情けないが、ともかく声は届き、青年が振り返る。


 エルフの言葉で言うなら「精霊に愛された」、誰が見ても抜群に整った気品のある美貌でありながら、男性らしい雄々しさを損なわない。

 その美貌を彩るのは、無造作にくくられた、太陽の光をより集めたような黄金の髪だ。


 よく鍛えられた肢体は森の獣のように躍動し、こちらの人には細い棒にしか見えない物を腰帯に手挟んでいる。


 若干上向きに絶妙なカーブを描く長耳は、エルフ的最強にかっこいい要素を兼ね備え、エルフの娘さんなら、鼻血がで……はしないけれど、一目見ただけで頬を染めて恥じらうだろう。


 そうして、深い青の瞳を和ませて甘く笑みの一つを浮かべれば、玄人の娼婦だろうが一国の姫だろうがころっとなびきそうだけれども。


 黙っていれば、きっとどっかの高貴な出だと思われるだろうけども。


 残念ながら、こちらを振り向いたその美貌は、無造作で、粗野に、全力でその高貴さを台無しにしながら笑った。


「おう、キヨ(・・)! ひさびさの出入りだ。血をたぎらせねえでどうするよ!」


 乱暴な言葉遣いに、出入りという言い回し。

 そして血に飢えた狼のように目をぎらつかせて笑うその表情は前世でよく見慣れたもの。


 エルフは森の貴族のはずなのに、ああ残念だ。いつ見ても残念だ。


 私をキヨと呼ぶこの人は、享年44でこの世を去ったはずの我が父泰虎(やすとら)で。

 私の今世の兄に当たる人だったりするのだった。










 いや、驚いたなんてものじゃない。



『キヨオオオオオ!!!!』



 数十年前になるが、生まれたばかりの私に、ヤスが涙と鼻水できれいな顔をぐしゃぐしゃにしながら突進してきたのには、ぎゃん泣きした。

 いや、状況が飲み込めずにきょとんとしてたせいで、赤ちゃんらしく泣けなかったのだ。

  おかげで全く泣かない子から普通の子に昇格してほっとしたよ。


『おめえがキヨってのは一目でわかったぞ! こう天和(テンホー)が来たときと同じ感覚だな!!』


 ちなみに天和とは麻雀の上がり方のことで、言うなれば、ばば抜きで配られたカードを開けた瞬間、上がりになってしまうのと同じである。……よく知らないが。


 ともかく、後にそう聞いて、私がエルフの上に赤子だったというのに、ヤスの超能力めいた勘には戦慄した。


 まあ、私も見た瞬間こいつはヤスだとわかってしまった、というのは内緒だろう。

 死んだ時間にタイムラグがあったせいか、ヤスは私が生まれる10年前に私たちの今世の両親の元に生まれていたらしい。


 まあ、この世界のエルフの寿命は500年ほどなので、ほぼ年子の扱いだ。


 それはともかく。

 こうして生まれ変わり、ヤスと家族になったからには決意しているのだ。

 今世こそ、ヤスにまっとうなカタギの人生を歩んでもらうと!

 だから私は表情を引き締めて言ったのだ。


「今回の目的はあくまで救難信号の理由を確認して、必要だったら支援する偵察なんだからね!? むやみやたらと脅かさないでよ!?」

「大丈夫だ、敵は全部まとめてぶっ倒してやるからな!」


 そりゃあもう、すがすがしいまでにいい笑顔でのたまうヤスは、絶対わかっていない。

 

「とりあえず、極道用語だけはなしにして。うちの村じゃないんだから」


 あんまり期待できないと思いつつも願っているうちに、くだんの村へ着いたのだった。








 たどり着いたのは私達の村の隣に位置する、クランサ村だ。


 隣、とはいうものの、ここにたどり着くには獣道を3日は歩き通さなきゃいけないから、うちのレイシュ村とはほとんど交流はない。


 百年ちょっと前にうちの村の長老が世話になったとかそれくらいだ。

 とはいえ、精霊魔法による緊急救難信号が放たれれば、押っ取り刀で駆けつけるのが相互扶助で成り立つエルフ達の暗黙の了解だった。


 早速、村で一番大きい家へ通された私たちは、村長とおぼしき白髪のエルフの長老と対面した。


 私はちょっと若く見られるとはいえ30歳、ヤスが40過ぎだから、すでに成人している。

 成人していれば、上下関係の希薄なエルフは同列に扱ってくれるのがありがたい。


 だけど、長老のわずかにしわの寄った表情はやつれきっていた。


「急な求めにもかかわらず、我らの助けに来たこと感謝にたえません。それにしても、まさかこれほど早く来てくださるとは思わず」


 言葉は大変丁寧なものの、長老さんも同席している顔役のエルフたちも気もそぞろだ。


 精霊伝達は緊急事態にしか使われないから、偵察役として若くて足の早い私たちが先にやってきたのだが、精霊に伝言を頼んでから一日のうちに来るとは思っていなかったのだろう。


 いろいろ裏技を使った成果なのだが、まあ、そぞろになっている主な原因は私の隣にいるヤスのせいだ。


 何せ、エルフは美男美女揃いで細身が基本。森と生きるから体力はあるし弓矢は扱うから体はそれなりに引き締まっているが、それでも引き締まっている程度。


 だというのに、ヤスはエルフにあるまじき細マッチョだった。


 ゆったりとしたエルフの民族衣装の上からでもわかる筋肉質な肢体は、腹筋は六つに割れてるし、引き締まった足もエルフ基準からすれば十分太い。

 身長が高いおかげで割とスマートに見えるけれども、ほかのエルフから見れば異様の一言だ。


 本人はこれでも不満らしく、生前のマッチョを目指して日々鍛えることを欠かさないが、エルフのイメージが崩れるから是非このあたりでやめて欲しい。ほんとに。


 すると、自分に注目が集まっていることがわかったのか、ヤスは不意に深く腰を落とした。


 ……いやな予感がする。


 虚を突かれてびくっとなった長老さんはじめエルフの人々を気にした風もなく、ヤスはそのまま右手のひらを差し出して、低く張りのある独特の声音で言った。


「お控えなすって。手前、生国はレイシュ村の出でござんす。姓名の儀、声高に発しまするは失礼さんにござんす。姓はレイシュ、名はヤトゼルスと申す、しがない駆け出しもんにござんす。以後、万事万端お願いなんしてざっくばらんにお頼み申します」


 朗々と述べられた口上は、そりゃあ見事な仁義切りだった。


 けれども、私は長老や、同席していた顔役がぽっかーんとしているのに天を仰ぎたい気分になった。

 当然だ、この世界に極道の挨拶が通じるわけがない。


 行きにあれだけ言い聞かせたのに、もうこっちに生まれてから40年以上たってもこの男はああああ!!


 そう言っている間にもクランサ村の長老の目が不審者を見る目になってる!?

 とにかく全力でごまかさなければ!


 私は素早くヤスの腰をぶったたいて背筋を伸ばさせると、エルフの儀礼に則って、左足を引き右手を胸に当てて頭を垂れた。


「お初にお目にかかります。私は西のレイシュ村から参りました、キヨルシュレイシュ。隣を兄のヤトゼルスレイシュと申します。このたび相互扶助の盟約によってはせ参じました。この矢、精霊の加護がつきぬ限り、力となることを誓いましょう」


 ちなみに、私の名前はヤスが私をかたくなにキヨと呼んだのが通ったらしい。


 エルフな西洋顔になっても純和風な名前で呼ばれるってなんだそれ!?と嘆いたのも記憶に新しいけど。


 それはともかく、転生したからにはこちらになじまなければいけないと、エルフの風習や習俗は徹底的に覚え込んだのだ。


 長命なエルフだから子供の時期もちょっと長めな中で、がんがん知識を吸収していったから天才児かとか言われたけど、違うから!


 ヤスは10年も長くこっちにいるのに、根っからの極道気質が抜けなくて、エルフの習俗になじめない分、私がなんとかしなきゃと思っただけなのだ。


 それが功を奏したか、クランサ村の長老がどこかほっとした顔をするのを見計らい、私は全力で仁義切りの記憶を消去しにかかる。


「ところで、村に現れる獣の増加によって狩人の手が足りないとのことでしたが。私たちの役目は、その討伐に助力する、ということでよろしいでしょうか」


 今回風の精霊によって伝達された救援内容を確認すれば、部屋の雰囲気が急転直下で暗くなった。

 なんか変なこと言った!?


「確かにその通り、2週間前より突如村の近くに増加した獣によって畑は荒らされ、貯蓄庫や、同胞達に多数の被害が出て救援を求めた次第。ですが、本日その原因がわかりましたゆえ、村から避難をする際の護衛を願います」

「何ですって?」


 急転直下の事態に私が聞き返せば、お葬式のように深刻な顔をしたクランサ村の長老は、その災厄を告げたのだ。


魔猪(まちょ)が、現れたのです」



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