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12 我が兄、自重なし

 


「ヤスっ」

「あんだよ、まだ……おう?」


 私は警告を発したが、ヤスが驚きの声を上げた時には、魔道士は踏まれていた上着を脱いで抜け出していた。

 そのまま驚くほど速い軌道で距離をとった魔道士はぶつぶつと異様なつぶやきを漏らす。


「ありえんありえんありえんありえん私が負けるなど何かの間違いだそうだまだあるじゃないか」 


 魔道士はくるり、とこちらを振り向くと、にたりと笑い、懐から小さな小瓶を取り出した。

 そこに入っているのは、赤をベースに極彩色に彩られた砂粒のようなもの。


 文献でしか見たことがないけれど、すぐに分かった。

 まずい。あれは。


「やめなさい、ザイアッハ! マナ増強がなぜ禁術に指定されたのか忘れたのですか!」


 警告を発しても魔道士は止まるそぶりも見せず、もはや正気を失っているようにしか思えない高笑いを上げた。


「ばかめ! これは私が研究を重ね人のマナを高純度で精製した改良品で、親和性は格段に上がっておるのだ!! そんじょそこらの粗悪な文献と一緒にしてもらっては困る!!私は偉大なる魔道士なのだから!!!」


 赤を基調とした極彩色の砂粒は、魔獣の飛躍的な身体能力や魔法能力の向上を人間にも再現できないか、というコンセプトでどっかの国が開発した魔法薬だ。


 どういう作り方をしようとも、どろりとした気味の悪い赤い物質になるそれは、飛躍的にマナを増幅させ、実力以上の魔法を使うことができるようになる。


 人のマナをどうやって抽出したかを考えれば、どんな研究実験をしていたか容易に想像できて胸糞悪くなったが、とにもかくにも止めなければ!


 けれど、時は遅く。


「我が研究成果をここに!!」


 そう叫んで魔法薬をあおった魔道士から、瞬間、恐ろしいほどのマナがあふれ出した。


「おお、おお!!このみなぎるような力!!今ならどんな魔法でも使えそうだ! マナの流れすらわかるぞ、ふはは、ふはははっははは、ハ?」


 全身で喜びを表していた魔道士の笑い声が奇妙にゆがむ。

 とたん、その体がどろりと溶けた(・・・)

 もはや人の声帯から出ているとは思えない叫び声を上げながら身をよじるたびに、その体が人の形をなくして、全身に鈍く赤い線が走っていく。


 やがて見上げるようにでかくなったよどんだどろどろとした体に、まがまがしくいびつな角が粘液を滴らせながら生えた。

 それは紛れもなく、人の範疇から逸脱したもの。


 恐怖に顔を引きつらせる兵士たちの誰かが、叫ぶ。


「あ、悪魔化したぞー!!!!」


 そう。

 動物がマナの過剰で魔獣化するのであれば、人間はならないのか(・・・・・・・・・)という答えが、この姿だ。


 人間は許容範囲が広いのか、理性があるからかわからないが、マナを流入させて魔法を使うだけでは滅多にならない。

 だが、滅多にならないだけで、ひとたび精神のバランスを崩し、マナが過剰になったとたんなによりも深く堕ちる。


 それが、悪魔。魔道士が、最も忌むべき姿だった。


 たちまち蜘蛛の子を散らすように逃げだす兵士は、この城を守る衛士としては最低だが、生き残るためには最善の方法をとっているのだ。

 だって。


 兵士の悲鳴に刺激されたように、魔道士のなれの果てが息を吸う。


 やばい。


 魔道士の悪魔が咆哮した瞬間、そのいびつな歯の並ぶ口から炎が吐き出された。


『汝は、慈護(じご)の恵み 理は氷水っ』


 寸前で間に合った氷と水でできた防御魔法は、悪魔の前面にそそり立ち、まがまがしい火炎とぶつかる。

 氷の壁は火炎になめられたとたん一瞬で蒸発したが、わずかにそれ、城壁にぶつかり、突き抜けた(・・・・・)


 後に残ったのは、火炎が舐めた地面が赤々と煮え立つさまと、丈夫でなおかつ魔法防御がされてたはずの城壁がぽっかりとなくなっている光景だった。

 これが、絶望を体現する悪魔の恩恵だ。


 たった一体で、一国を滅ぼしてしまうほどの脅威。

 体内に蓄えたマナが尽きるまで絶望を振りまく悪夢だ。


 たかが人間が、勝てるわけがない。


 兵士達がへっぴり腰でもかろうじて剣を構えているのはいいほうだ。地べたにはいずり、ただ顔を引きつらせるもの。

 泣きわめくもの、もはや意識を失っているもの。自分たちがただ蹂躙を待つだけの、哀れな虫けらにすぎないとわかっているからだろう。







 なのに。

 私が全然怖くないのは、この兄がいるからだ。







「なんともまあ、殴りがいがある図体になったもんだな」


 何にも気負いなく進み出るのは、背中に薔薇と虎を背負う、ヤスだった。


 どこかに燃え移った炎で赤々と照らされて、熱風で黄金の髪がつややかに揺らめく。

 ふい、と私のほうを向いたヤスは、笑っていた。

 心底楽し気に、凄絶な色香さえ漂わせて。


「キヨ、いつものたのんまあ!」


 とたんに駆け出したヤスの腕の筋肉が盛り上がり、腕に咲く薔薇が淡く発光する。

 それは入れ墨に隠れて施された、強化魔法の術式だ。


 精霊は、こんな時でもヤスの周りでくるくる踊っている。


 なら大丈夫だ。私がやるのは、ヤスのサポート。何にも変わらない。


『同胞たる精霊に希う 風よ 我が願いに応えたまえ』


 すぐさま精霊は彼の四肢を濃密に取り巻き、ヤスが跳躍すれば、一気に悪魔の眼前へといざなった。


 現れたヤスをよどんだ赤い双眸でとらえた悪魔は、すぐさま口を開き、第二波を放つ。

 けれどもヤスは、一切よけようとしなかった。


 そうだ。私だって、精霊をヤスの守りにつけたつもりはない。


「どりゃああああ!!!!」 


 業火にのまれようとした瞬間、ヤスが右拳を振りぬく。

 とたん炎は二つに割れた。


 精霊達がヤスの意志にしたがって、槍のような突風を引き起こして貫いたのだ。

 我が兄は、守りなんて考えない。いつだって一点突破ただ一つなのだ。


 炎を突き抜けたヤスは、悪魔よりも高い位置にたどり着くと、ぐっと右拳を握る。

 入れ墨の薔薇が鮮やかに色づき、マナが可視化するほど濃密に集まりだした。


 そうして戸惑うような雰囲気の悪魔を見下ろしたヤスは、美貌を凶悪にゆがめ、にたあっと笑った。



「歯ァ喰いしばれや。ワシの拳はちいと効くぞ」



 瞬間、悪魔の眉間に、ヤスの輝く拳がめり込んだ。

 ズガンッ!!っと、大砲が発射されたような音と共に悪魔は漫画のように飛んでく。

 そして、その体を拳から放たれたマナの光芒に呑まれるように、城壁へと叩きつけられた。


 その場にいた兵士があっけにとられて眺めるなか、私はとっさに悪魔が吹っ飛んでいった咆哮を遠視で見て後悔した。


 いや、グロい方向ではなく、驚くことに、魔道士は人間の形に戻っていて、しかも生きているようなのだ。


 けれど、服を一切身に着けていないすっぽんぽんで。

 貧相な裸体を見てしまった私は、何とも後味が悪い気分ですぐ顔をそらした。


 と言うか、ヤス。今一体何をした!?

 一度悪魔になったら二度と戻れないが定説なのに!!


「やっぱ拳一発じゃあもの足んねえなあ」

「や、や、や……」

「どおした、キヨ。壊れたレコードみてえな声出して。ちゃあんと、一発で終わらせてきたぞ?」


 驚きすぎてうまく言葉が紡げないんだよ!!

 そんな偉業を成し遂げたとはつゆほども感じられないいつもの雰囲気で、私のもとに降りてきたヤスが憎い。

 


「お、おじゃ! ザイアッハー!」


 そんな間抜けな声で叫んだのは穴あきの部屋から顔を出しているだるまだった。

 あ、ちがった領主だ。

 というか、私に股間蹴られて、ヤスに跳び蹴り食らわせられたのに目を覚ますなんて、意外とタフだな?

 そこだけは感心するけれどもうかつすぎる、とヤスが次の獲物見つけた顔でもう一度拳を振りかぶる。


「どっせいっ!」


 そんなかけ声と共に振り抜かれた瞬間、拳を中心に衝撃波が発生し穴あきの壁を、さらに破壊したのだ。


「「はああああああ!?」」」

「おじゃああああ!!」


 兵士達の驚愕の叫びと領主の悲鳴が重なる。

 ヤスはその体内に溢れるマナを拳に乗せて打ち出した一種の魔法だが、どちらにせよでたらめにしか見えないだろう。


 領主は、ヤスの気合いの一発がかすったせいで服が裂けておしりをむきだしにしつつ、かろうじて残った床の上でぶるぶる震えていた。


「おい、だるま!」

「へあ!?」


 体はでかくても全力でびくついた領主を見上げて、ヤスは堂々とすごんだ。


「一発で勘弁してやるが、次ワシらに手ェ出したら、これじゃ済まさねえぞ」


 本気をにじませるヤスの殺気の走る青に射貫かれた領主は、白目をむいて気絶した。

 庭が不気味に静まりかえるなか、ここではないどこかが騒がしいことに気づいた。


「おい、大変だ助けてくれっ! 街が! 門が!」


 泡を食って駆け込んできた兵士の声と同時に、爆発的なまでの喧騒が近づいてくる。


 たちまち混乱の渦になる中、まったく自然体に戻ってしまっているヤスは、いっそ気楽なまでに私を担ぎ上げた。


「よっし、キヨ。帰るぞ」

「え、ちょっうひゃあああああ!!!???」


 心底愉快げに笑ったヤスは、かがり火がいくつも立ち上る中、私を担いだまま、崩れた城壁の間を通って駆けだしたのだった。



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