11 我が兄、荒ぶる
ヤスの恫喝に、魔道士は一瞬ひるんだように身をすくませていたが、すぐさま血走った眼で次の魔法を用意していた。
「ふはは、そうか。かような戯れ言で私を謀ろうとしても無駄だぞ。意地でも吐かせるまでよ。『汝はつぶて、理は炎!』」
種を明かしていないという方向に取ったらしい。
魔道士が杖を振るえば、たちまち無数の火球が現れた。
一つ一つは小さいものの、あんなのがいくつも当たったらただでは済まない。
「ふはは! これだけの数があれば、防ぎきれまいて! ゆけっ!」
杖を振るったとたん、一斉にヤスへ殺到するのに、私はさすがに青ざめた。
なのにヤスはよけるそぶりも見せず、前へ飛び出した。
ヤスは刀を振り回していくつか消滅させるが、案の定いくつも体に着弾する。
だが、爆散する火球の炎にあぶられながらも、ヤスの肌には傷一つついていなかった。
魔道士は火球を食らってもぴんぴんしているヤスにあごが外れんばかりの驚愕の表情になる。
「何でアレで無事なのだ!?」
「こんな熱さで、ワシの虎を傷つけられるわけがねえだろ!」
「そういう問題ではないだろう!?」
もはやギャグめいてきた二人のやりとりだが、ヤスの言っていることは間違いじゃない。
もうちょっと冷静だったら、魔道士も、背中の刺青が所々淡く発光していることに気づいただろう。
それは、私が頼み込んで刺青と一緒に彫り込んでもらった防護術式だった。
本来この世界での刺青は、魔法の使えない人間が魔法の恩恵を受けるための、補助術式の役割を持っていた。
魔道士だったらマナへの干渉をより円滑にするために。
戦士であれば、矢除けや、魔法攻撃に耐性をつけるために、地球よりも気軽に刺青を入れるのだ。
彫り師が変わり者だったから虎を彫ってくれたけど、ヤスみたいに装飾として彫り込むほうが特異なわけでして。
本来の効力は、ヤスの無尽蔵のようにある体内マナと皮膚に触れるマナを燃料に構築される鉄壁の防御力だ。
とにかく突っ込んでいきたがるヤスを守るための手段として提案したモノだった。
だが、刺青は十年で色がぼやけてくるとはいえ、ほぼ一生もので、ヤスを守りたいという私のわがままを受け入れてくれたのかわからないけど。
ともかく、防護術式はドラゴンのブレスを受けても平気だったから、あれくらいの火球だったら大丈夫だとはいえ、毎度心臓に悪い。
そうこう考えている間にも、これだけドンパチを繰り広げていたら、人が集まってくるのは必然だ、魔法の光が入ったランタンを持った兵士達が集まってきていた。
ただ、誰もが遠巻きに眺めている。
まあ当然だろう、こちらでの魔法の扱いは、地球での拳銃や機関銃だ。
ひとつ食らうだけで良くて重傷、悪くて即死が飛び交ってる中で近づくのは、さすがにためらわれるだろう。
……まあ、もしかしたら魔道士に人望がないだけかも知れないけど。
「な、『汝は石壁、理は大地!』」
何度食らっても立ち止まることがないヤスに焦れたらしい魔道士は、今度は地面を叩いた。
たちまちヤスの周囲を覆うように、壁が襲いかかってくる。
「何か種があろうと、物質であれば切ることはできまい! このまま押しつぶしてくれる!!」
勝ち誇った魔道士は、差し出した手をぎゅっと握り込めば、ドーム状の土壁が一気に狭まる。
ここまで多彩な魔法を扱えるのだから、この魔道士はかなり優秀なのだ。
そこは認めよう。
けれど、ヤスはその常識すら通じない脳筋だ。
「ふはははは……は?」
魔道士の哄笑は、土壁に何本かの線が入ったことで止まった。
とたん、土壁はすさまじい音を立てて崩れ、中から現れたのは、刀を構え炯々と青い瞳を光らせるヤスだ。
魔道士の着眼点は悪くなかった。
地の魔法は様々な魔法の中でも珍しく質量を伴うから、魔法はもちろん、物質が切れなきゃいけない。
案の定頭をかきむしらんばかりの魔道士は、わめき散らしていた。
「な、何だ、何だ、なんだ貴様は!? 壁を切るなんてそんなもの、ドワーフの業物でもない限り……」
「たりめえだ。この長ドスは、ひげのオッサンどもにあつらえてもらったもんだからの。切れなきゃこまらあな」
こんどこそ、魔道士が絶句した。
エルフとドワーフは昔っから犬猿の仲どころか、火に油の関係だというのは人間の間でも周知の事実らしい。
エルフはドワーフを「金臭い筋肉馬鹿」と嫌厭してるし、ドワーフは「なよっとした草野郎」と蛇蝎のごとく嫌っている。
元々得意分野も性質も正反対だからしょうがないのだろうけど。
だというのに!
会えば弓矢と金鎚を構える仲だと説明したにも関わらず、あのヤスは長ドスが欲しいというただそれだけの理由で、ドワーフたちのいる鉱山地帯に乗り込んでいったときは、もう天を仰ぐこともできなかった。
何せ私も一緒にとっ捕まったものだから。
そのあと、酒豪のドワーフたちと飲み比べをしたあげくやたらめったら仲良くなって、あの長ドス「虎二」をはじめとする、様々な武器を作ってもらえるようになったとはいえ、生きた心地がしなかった。
今思い出しても心が震えるが、それはともかく。
「や、やめろ! く、くるなあぁ!?」
壁の残骸から一歩踏み出したヤスに、完全に恐慌状態に陥った魔道士が闇雲に魔法を使い出すが、ヤスは意に介さない。
逃げ道を探した魔道士は、ようやく兵士達に気づいてわめき散らした。
「な、何をしている貴様ら、こやつらは賊であるぞ! 早く私を助け――ごふっ!」
だが、その前に、ヤスが魔道士の杖をひっつかんで奪い、遠くへ放り投げてしまった。
今まであった勢いが一気にしぼみ、かたかたと震え出す魔道士に、刀の切っ先を突きつけた。
「おどれは、ワシの大事なもんに手ぇ出したんだ。その落とし前つけてもらうぞ」
「ひっ、ひい……!」
もはや自分の技術を否定された魔道士は、その場にへたりこんでもなお逃げようとしたが、ヤスに長い服の裾を踏まれて止まった。
「無様だのう、男なら、拳一つになってもかかってこんかい」
誰の目から見ても、決着はついている。
だけど、ヤスから発散される肌が震えてしまうよな鋭さは一切薄れない。
その切っ先に乗るのは、明らかな殺意だ。
やばい、ヤスは本気で殺そうとしている。
「指なんて生半可なことは言わねえ。てめえの命であがなえや」
刀を水平に構えたヤスの、背中の刺青がうごめく寸前、私はありったけの声で叫んだ。
「ヤス! 殺しちゃだめ!!」
刹那、切っ先が魔道士の胸にめり込む寸前で止まった。
魔道士がなにが起こったかわからないとでも言うように惚けた顔をする中、うっそりとヤスが私のほうを向く。
その青の瞳は炎のように揺らめいていて、優美で恐ろしい獣のような雰囲気を漂わせていたが、必死で見返した。
「キヨ、これは、クズだぞ。生きてたって何にもいいことはねえもんだ」
「それでも、私はヤスが殺すのを見たくない」
殺しちゃいけないなんてことを言うつもりはない。
エルフの中では食べるために殺す、己の身を守るために殺すという行為はとても身近にあるものだ。
この世界では、人の命がとても軽い部分もあるだろう。
それでもヤスは、暴力のプロであると同時に、仁義を重んじる。
そんじょそこらのチンピラが弾みで殺すのとは覚悟が違うのだ。
ああやって激高しているように見えているヤスだけど、冷静にその重みをわかった上で刈り取るだろう。
だけど、自分でもよくわからないけど、今ここでヤスが血にまみれるのは嫌だった。
けど、こうやって私が止めるだけじゃ、ヤスの堅い意思はひるがえらない。
だから、ますます炯々と燃え上がる青のまなざしをまっすぐ見つめ、ありったけの想いを込めて叫んだ。
「それにこれは私の喧嘩でもあるんだから、勝手に決めないでよ! 一番被害を被ったのは私! 忘れないでッ!」
「お、おう? だがなあ……」
私の剣幕に虚を突かれたように瞬いたヤスの気配が緩む。
さらに私はせいぜいあくどく言ってみせた。
「だからヤス、私の代わりにそいつと領主を一発ぶん殴ってよ」
絶対私よりも痛いだろうし。
驚いたように私を見ていたヤスは瞬間、盛大にため息をついた。
「……しゃあねえなあ。一発で手打ちにしてやらぁ」
ひどく残念そうに髪をかき混ぜたヤスが納得してくれたようで、心底ほっとした私だけれども。
ヤスを止めることに必死だったから、地べたに横たわる魔道士の様子がおかしいことに気づくのが遅れたのだ。