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10 我が兄、本気

 完全に伸びているらしいくそだるま男……もとい、領主を無力化したヤスに、私はかろうじて声をかけた。


「なんで私の居場所が、わかったの」

「たりめえだ。おめえが呼ぶ声が聞こえねぇわけねえだろう。――動くんじゃねえぞ」


 当たり前のように言いつつ、ヤスは片手に持っていた刀を私の手首の間に突き刺した。

 とたん、あっさりと手かせは外れ、私は自由の身になる。


 腕が動くだけで、こんなにも開放感があるのか。

 ほっと息をついた私が、ひりひりする手首をさすりつつ起き上がれば、なぜかヤスが急に真っ赤になった。

 エルフの肌は白いから、めちゃくちゃわかりやすい。


「おめぇ、なんちゅうハレンチなかっこうしとるんじゃ!?」


 うろたえるヤスの言葉に、私は自分がアレなネグリジェ姿だと思い出した。

 改めてみてみれば、あの領主に乱暴に扱われたせいでさらにきわどく破けている。

 これは恥ずかしい、と裂けてしまっているところをかき合わせつつ言った。


「あの変態に着せられちゃってたの! 自分で選んだわけじゃないんだからっ」

「わかった、とりあえずこれ着とけ! 嫁入り前の娘がそんな姿さらしちゃいけねえ」


 言うなりヤスは自分の上着を脱ぐと、それを私に放ってくれた。

 いや、別に前世父ちゃん現世兄なんだから気にしなくていいと思うんだけど。


 前から妙なところで古風というか堅いんだよなあ。


 ただ、ありがたいことには変わりないので頭を隠すように被さったそれをたぐって、いそいそと体に巻き付ける。

 そうすれば、自然とヤスの諸肌の上半身を見ることになるわけで。


 みっしり筋肉のついた背中に咲き乱れるのは、見事な大輪の薔薇と、その茂みに潜んで牙をむく虎だった。

 金の髪はどこまでもつややかで、整った横顔には青の瞳がきらめき、長い耳はつんと上をむく。

 エルフとしてこれ以上ない美を誇っているからこそ、薔薇の中に潜む虎というすばらしくやくざもんらしい入れ墨が違和感大ありだった。


「毎度毎度思うけど、どうして薔薇に虎だったんだよヤス……」

「おめえが花なら見るって言ったからに決まってんだろうが。おめえの読んでた漫画でも男が花背負ってたしよ」


 確かに言ったし、イケメンは花を背負うものだけど、その背負い方は違うと断固として主張する!

 けれども、ヤスが口説き落とした彫り師がそりゃあ見事に色を入れてくれたもので、真っ赤な薔薇と黄色と黒の縦縞の虎の見応えはめちゃくちゃあるんだよなこんちくしょう!


「あとこいつだ、ちゃんと持ってろ。大事だろ」

「わぷっ」


 うぐぐと、黙り込んでいれば放られたのは、手放してしまった自分の杖だ。

 自分で使いやすいように一から作ったものだ。無くなってなくて良かった。

 これさえあれば、なんとかなる。


 というか屋敷全体が騒がしい。

 おそらくあの城壁の内側だろうここにヤスがいるのだから、十中八九何かやらかしたんだろう。


「ここ、あの都市の中にある屋敷でしょ? どうやってここに来たの? 城門は」

「城門? でっかい壁みたいな門は切り飛ばした」

「きりっ!? ……そもそもどうしてここに私がいるってわかったの」

「あの奴隷商館にいたやつを何人か撫でたら、教えてくれたぜ。あとはまっすぐここに来た」

「……つまり、脱出の仕方、とか考えてたり」

「おめえを確保できればなんとかできんだろ」


 わびれもせずにあっけらかんと宣ったヤスに、私は天を仰いだ。

 ああ、わかっていた、わかっていたさ。

 ヤスは私が拉致されたと気づいた瞬間、後先考えずまっすぐ最善手をぶち抜いてきてくれたんだろう。

 でもそれだけまっすぐ私を助けに来てくれたのが嬉しいのが困る!


 さらと頬に金の髪が触って、面食らっていたら、肩口にヤスの額が押しつけられていた。


「良かった。今回は間に合ったな」


 その万感のこもった言葉がどういう意味か察した私は、胸を詰まらせた。

 私がやくざに刺されて死んだことを、結局守り切れなかったことをヤスが気にしているのはうすうす感じていた。

 転生してからは、私が目の届かないところにいくのを嫌がるのもそのせいだとわかってる。

 だが自分が思っている以上にヤスの傷になっていたのだと、今更気づいた。


 屋敷内が混乱状態になっているらしいとはいえ、本当は、今すぐにでも逃げる算段をつけなければいけない。

 けど、安心してもらいたくて私は、その金色の髪に包まれた頭を抱きしめようとした。


 刹那、ヤスに体をすくい上げられる。

 宙を舞ったとたん、離れたベッドに空間をゆがめなら飛んできた衝撃波が豪華なベッドを貫いた。

 余波だけでベッドの天蓋を吹っ飛ばし、向こう側の壁を貫いて大穴を開けた。


 暴威を振るい、破壊された入り口から現れたのは、私を昏倒させた魔道士の男だった。 


「よくもまあ、ここまで良いように暴れてくれたものだ。まあ、その盛るしか能の無い豚を蹴り飛ばしてくれたのは、気分が良かったからな。せいぜい私の研究に役立てるように取りはからおう」


 すごく性格の悪そうな顔を忌々しげにゆがめながら現れた男は、仰々しいローヴを翻して、杖を構えた。

 だが、ヤスはそんなこと毛ほども感じ入った覚えはなく、耳でもほじりそうな感じで気のない問いかけをする。


「なんだ、おどれ」

「ふん、けんかを売った相手すらわからぬ阿呆であったか。これだから野蛮人は度しがたい。教えてくれよう。我が名はザイアッハ! いずれ宮廷魔道士になる男だ!」

「……私を拉致した人。魔道士だよ」

「おう、そうか(・・・)


 私の言葉で一瞬で理解したヤスは不穏に青の瞳を光らせた。

 怒ったそぶりもなく、ただ、暴力的に研ぎ澄ませたヤスの変化に気づいたのか、魔道士はちょっといぶかしそうにしたが、すぐに霧散した。


「戯れ言はここまでだ。そのクズ領主でも、私の出世には必要なのでな。せいぜい貴様らの所行を過大に報告して、恩を着せねばなら」

「ご託はええ。おどれをどうするかはもう決めた」


 めちゃくちゃひどい言い分を重ねる魔道士の話をヤスはぶったぎった。

 魔道士は心底不快に顔をゆがめると、杖を掲げた。


「身の程を知らぬようだな。『理は炎』!」


 ヤスが私を抱えて、壁に開いた穴から、飛び出した瞬間。火炎が空間を明るく照らす。

 3階ほどの高さから危なげなく飛び降りたヤスは、私を茂みに下ろした。


「そこでじっとしてろ。落とし前はきっちりつけさせねえとな」


 冷え冷えとした気配を発散させながら、長ドスを担いだヤスに私はほんの少しひるんでしまった。

 久々に見た、本気で怒っている顔だ。


 ヤスはがなったり怒鳴ったりはしょっちゅうだけど、本気で怒ったときは、静かになる。

 一抹の不安を覚えて声をかけようとしたが、その前に例の魔道士が魔法を使ってゆっくり庭へ降りてきた。


 屋敷の窓からこぼれる光で、視界には困らない。


「どうだ私の炎は! 詠唱を省略してこれほど威力を出せる魔道士などそうはいないのだぞ!」


 前半詩での定義づけなしに魔法を放つことができるんだから、魔道士が高らかに自慢するだけのことはある。


「私はこれで刃向かうスラム街の輩を何人も殺してやったわ! 今すぐ貴様も消し炭にしてやろう」


 杖を振りかざして、優位性を疑わない魔道士に、私は少し青ざめた。


「たかだか貧弱な剣一本でここまで来たどしがたい愚か者に、格の違いを見せてくれよう! 『理は炎』!」


 瞬間、虚空から火球が招じて、鋭くヤスへ飛んでいく。

 弾丸のよう、とまではいかないが、ピッチングマシーンの高速で打ち出されたボールくらいの速さはあった。

 魔法の炎は魔力がつきれば消えるが、本物の炎と変わりが無い。


 熱いし、肌は焼けるし、なにもしなければ無事ではすまない。

 だが、ヤスは静かに片手に持っていた刀を構えただけだった。


「はははは! 炎に包まれて踊り狂うが良……い?」


 ヤスが火球によって見えなくなった哄笑をあげる魔道士だったが、途中で途切れた。

 なぜなら、ヤスが刀を一閃したとたん、まがまがしく熱をはらんだそれが、消滅してしまったのだから。


 にたあ、と唇だけで笑ったヤスは、とんとんと、刀の峰で肩をたたく。


「なあんか、まぶしいもんがあった気がしたが。おう、どうしたあ? 踊り狂わせるんじゃなかったんか」

「お、お前今何をした!?」


 明らかな動揺をみせる魔道士に、ヤスはあっさりと告げた。


「なにって長ドス(こいつ)で切ったに決まってんだろ。それ以外なにがあんだよ」

「ありえんありえん! 魔法は超自然的な現象だぞ!? 実体のない高密度のエネルギー体をなぜ切れる!?」


 頭をかきむしらんばかりの魔道士の反応にも無理はない。

 だって、彼の言うとおりなんだから。


 魔法に対抗できるのは魔法のみ。それがこの世界での常識だ。

 物理法則を無視した事象を引き起こす魔法は一度放たれたが最後、普通の兵士が百人束になってもかなわない。

 だからこんな性格に難のあるクズい人でも大きな顔ができる。


「そこのお前! もしや貴様が何かしたのか!?」


 ぐるっと首を巡らせた魔道士にかみつかれたが、あいにく私は何にもしていない。


「これはワシの喧嘩だ。関わらせるわけなかろうが。んなもん、いてかましたると思えばできるだけだ」

「なん、だと……」


 ヤスにさらりと種明かしをされた魔道士は、ぽかんとしていた。

 まあそうだろう。気合いでなんとかなったと言われちゃ、今までの研鑽を全否定されたようなもんなんだから。


 でも本当なのだ。ヤスは刀を肉体の延長として扱うことで、刀身にマナを通して強化するという離れ業をやってのけてるのだ。

 マナで引き起こしている事象ならば、何ら魔法と変わらない。

 つまり、魔法が切れるのはヤスの脳筋魔法が理由なのだった。


 まじめに魔法を学んでいる私は、その適当さ加減に頭をかきむしったものだが。

 ケロッとしているヤスは、魔道士を眼光鋭く射貫いて言い放った。


「ワシの大事なもんに手ぇ出したんだ。ただで済むと思うなや」


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