恩返しをしましょう その7
主人公が異世界に来てから、初めてお世話になったアンナちゃんが再登場します。
長かった<恩返しをしましょう>完結編、開幕~♪
冒険者ギルドを出て、そのままアンナちゃん宅へと向かう。疲れてはいるけど、ここしばらくは顔も見せに行けてないし、何より早く喜ぶ顔が見たい。
「? あの、どちらに行かれるんですか?宿は方向が違いますけど。」
怪訝な顔をするリア。
「あぁ、そっか。リアには言ってなかったっけか。世話になった子がいてさ。恩返しにちょっとな。」
「恩返し、ですか?えと、向かっている方向からして、貴族や王族が相手ではありませんよね?」
「違う違う。一般人。冒険者でもないよ。ただのこの街の住人。」
「・・・・どうして、ですか?」
「えっと・・・何が?」
「ただの一般人に、どうして恩返しなんかするんですかって意味ですっ。王族貴族相手なら、その後のメリットもあるかもしれません。でもっ」
「おいおい。助けてくれた相手に一般人も王族貴族も関係ないだろ?」
「・・・・ただ、恩に報いたいだけ、という事、ですか?」
「ああ。ましてや、彼女は命の恩人だ。あの子がいなかったら、俺はそこらで野垂れ死んでたかもしれない。だから、恩返しは強制で受けてもらう事になってる。」
「きょ、強制で受けてもらう!?それって、相手の方が要求された事ではないんですか!?」
「ないない。まだ何もしてないのに、充分だとか言ってた気がするし。でも、そんなの俺が納得できないから、俺が納得できるまで受けさせる。命の対価が僅かな筈ないだろ?」
「っっ・・・そう、ですね・・・・」
何故か暗い顔で俯くリア。リアも何か抱えてるんだろうか?やたらとメリットデメリットにこだわってる節もあるし。
「ご主人様はイジワルでお優しいですから。」
待て、セレア。イジワルは余計だ。確かに言い負かす事に全力を注ぐ癖はあるから否定はできないけど。
そんなやり取りの中、アンナちゃんの家に着く。何故かセレアが鼻を押さえて、表情を歪ませている。
「どうかしたか?セレア。」
「いえ、すみません。恐らく、薬草を干してらっしゃるんだと思うのですが、その・・・」
「あぁ・・・あのニオイか・・・・セレアは鼻が利くんだもんな。」
言われてみると、僅かにあのニオイがする。モンスターの位置取りすら臭いで掴めるセレアにはこれでもキツイんだろう。側で嗅いだら悶絶するレベルの臭気だし。
「よし。ちょっと先にニオイの元を何とかしてくるから、ちょっと待ってて。」
「は、はい。すみません。お手を煩わせてしまって・・・」
遠慮がちなセレアが珍しく素直に首肯する。余程キツイらしい。
「気にすんな。んじゃ、ちょっと離れた所で待っててくれるか?終わったら呼ぶから。」
「はい。」
「リアもセレアと一緒に待っててくれ。」
「あ、はい。」
リアの返事の後、2人が離れていく。
俺はアンナちゃん宅裏手のいつも薬草を干していると聞いていた場所へ向かい、そこで作業中のアンナちゃんの姿を見つける。
「よっ。久しぶり。元気してたか?」
「え?」
アンナちゃんは振り向くと、俺の姿を見て立ち上がり、笑顔を向けてくれる。
「タカシさんっ。お久しぶりですっ。」
「また薬草採集に行ってたのか?」
「はい。あっ、前にいただいたお金でお母さんの薬を買えたから、最近少し元気になってるんですっ。タカシさんのおかげですっ。ありがとうございますっ。」
「いやいや。アレはアンナちゃんの正当な取り分だよ。恩返しはこれから。だから、お礼を言うのはまだ早いって。」
「でも、タカシさんがいなかったらなかった事です。だから、お礼を言うのは当たり前ですっ。」
言い切ってドヤ顔になるアンナちゃん。
「うむぅ。そう言われると・・」
「何も返しようがないですよね?」
「にゃろう。ドヤ顔で。アンナちゃん、このやり取り予想してたろ?」
「はいっ。前に恩返しは強制だってやり込められましたから、絶対に今度はお礼くらいは素直に受け取ってもらおうって決めてましたっ。」
「この負けず嫌いめ。んじゃ、素直に受け取らせてもらうよ。」
「はいっ。」
満面の笑みを浮かべるアンナちゃん。
「でも、このままじゃ悔しいから、薬草の加工やらせてくれ。収入が増えるのはいいことだろ?」
「あぅ・・・はい。」
ガックリ項垂れるアンナちゃん。甘いな。やられっぱなしの俺ではないのだ。
「まぁ、新しい仲間が狼人族でな。紹介しようと思ってたら、鼻が利きすぎるせいで辛そうだったから元からそのつもりだったんだけどな。」
「タカシさんって、変な所で負けず嫌いなんですねぇ・・・」
「ほっとけ。」
呆れ顔のアンナちゃんに言いながら、薬草の加工を始める。と言っても、ただ手に持つだけだけど。
「狼人族の仲間って、珍しくないですか?街にいる獣人族はほとんど奴隷みたいなのに。」
加工する俺の側に座って、獣人の話を振ってくるアンナちゃん。その口調には嫌悪や軽蔑の色は窺えない。アンナちゃんも大丈夫な方の子なんだろうか?それなら嬉しいんだけど。
「あぁ、彼女も奴隷だよ。あんまりにも可愛いから、死ぬ気で稼いで引き取った。」
「あ、あんまりにも可愛いからって・・・それが理由ですかぁ?」
「おう。できれば早く解放してやりたいんだけど、獣人族ってこの世界では扱いキツイだろ?だから、生活の基盤だけは整えてからじゃないと、解放してからがキツそうだからさ。しばらくは一緒にいてもらう事になるかな。」
キョトンとするアンナちゃん。
「もしかして、解放する為に引き取ったんですか?」
「まぁな。他の野郎に買われたくなかったってのも大いにあるけど。」
「へぇ~。タカシさんの世界の人って、みんなタカシさんみたいに優しいんですか?冒険者の人達も街のほとんどの人達も獣人族の人達に対してはホントに酷くて、でも、それが当たり前になってるのに。」
「別に俺は優しかないよ。我儘なだけ。美人と可愛い子は幸せになるべきだし、俺が気に入らないものに従う気もない。この世界ではどうであっても、異世界人の俺には関係ないし。」
くすくすと笑うアンナちゃん。
「確かに我儘かもしれないですね。とっても優しい我儘です。」
「ぬぅ。セレアと同じ事を・・・」
「セレアさんって、その狼人族の人ですか?」
「うん。あぁ、あとエルフも一緒にいるよ。元は別のパーティーの奴隷だったんだけど、今回受けた依頼で他が全滅したっぽくてな。俺とセレアが助けたから、暫定的な主人って事になってる。」
「ぜ、全滅って、一体どんな依頼だったんですか?」
「巨大女王蟻の討伐。」
絶句するアンナちゃん。
「やたらと規模の大きい巣が街から半日くらいのトコにできてて、放置してたら街が危ないかもってので討伐隊が募集されてな。」
「そ、そんな依頼をたった2人で受けたんですか!?巨大女王蟻って言ったら、下手をすると街が滅ぶっていう災害みたいなのなんですよ!?悪い事をしたら巨大蟻が連れにくるって、脅かされてたくらいなのに!!」
「そんな風に言われてるのか。まぁ、女王蟻はタフだったし、他の蟻もとんでもない数だったもんなぁ。あんな数が一気に襲ってきたりしたら、確かに街の1つくらいは滅ぼされるかもな。やたらと硬かったし。」
またガックリと肩を落とすアンナちゃん。
「なんか軽い・・・無事だったからよかったですけど、下調べくらいしてから依頼は受けてくださいよぉ。」
ごもっとも。でも、俺が世話になってる人が危険かもしれないってのに下調べなんか悠長にしてられなかったんだもんなぁ。当の本人には言わないけど。恥ずかしいから。
「次からは気を付けまーす。」
「ホンットに気を付けてくださいよ?」
ジト目で睨まれた。
「分かってるって。基本的にビビリの小心者だよ?俺。」
「・・・・なんだかその癖に思いきりは無駄によさそうで心配です。」
「ありがと。心配かけないように頑張るよ。」
ホントに良い子だ。それに、懸念してた獣人に対する偏見も無いみたいで、本当によかった。この世界の常識とはいえ、アンナちゃんが他の奴らみたいな態度を取ったらショックだもんなぁ。
喋っている間に薬草の加工が終わり、俺とアンナちゃんは近くの井戸で手を洗い、ニオイから解放される。相変わらず強烈なニオイだったけど、妙に懐かしく感じてしまった。アンナちゃんとこんな風に薬草の加工をしてたのが随分前のような気がしたのだ。ほんの少しの期間に色々あったもんなぁ。それに、もうすぐお別れだ。
「んじゃ、他の2人を連れてくるよ。あぁ、そうだ。セレアには俺が異世界人だってのは教えてあるけど、エルフの子、リアっていうんだけど、そっちには言わないつもりなんだ。」
「え?どうしてですか?」
「別にリア自身がどうこうじゃないんだけど、リアはいずれ他の誰かの奴隷になるだろうからさ。その主人によってはややこしい事になりかねないだろ?」
「なるほど。暫定的にって言ってましたもんね。分かりました。それじゃ、中で待ってますから、勝手に入ってきてくださいね。」
「ありがと。」
一旦アンナちゃんと別れて、セレアとリアを連れて、アンナちゃん宅内で再び合流。
「初めまして。アンナと言いますっ。」
「あ、え、と。セ、セレア ウィンスレットと申します。」
笑顔で自己紹介をしてくれるアンナちゃんに、目を白黒させながらもセレアも自己紹介を返す。事前にアンナちゃんは大丈夫だって教えておいたのに、やはり俄には信じられなかったか。
「サルファランクの森、エランとラーヤの子、リアと申します。」
それに対して、リアは平然としている。この辺りの差は世間での獣人と亜人との扱いの差なのか、それともセレアが特に恵まれてなかったのか。
「はぁ~。なるほど。タカシさんがあんまりにも可愛いから死ぬ気で頑張って引き取ったって言ってたのが分かりますよ。」
はい!?何をサラッと爆弾を投下してくださってますかね!?
「・・・え!?」
セレアは何の事だか一瞬理解できなかったようだけど、真っ赤になってフリーズする。
「ちょっ、ア、アンナちゃんっ。」
顔が熱いっ!勘弁してくれぇぇぇぇっ!!
「あれ?なんかマズイ事言っちゃいました?」
「マ、マズくはないけど、ハズイっての。くそ、余計な事まで口走ってたな。」
「あはは。タカシさんってば真っ赤になっちゃって~。」
心底楽しそうに笑うアンナちゃん。くそぅ。さっきのお返しだな、これ。
「ったく。恥ずかしいったらないぞ。」
「いいじゃないですか。嬉しいと思いますよ?そんな風に思ってくれてたら。ですよね?セレアさん。」
「い、いえ、あ、あの、そ、そんな。私なんか、全然・・・・」
俯いたままモジモジするセレア。
「そんな事ないですよぉ。だって、さっきのタカシさん、自信満々に言い切ってましたよ?それに、他の人に買われるのが嫌だったからって言ってましたし。」
追い打ちをかけないでくださいませんかね!?セレアも上目使いでこっちをチラチラ見ないでっ!恥ずかし死しますよ!?
「えぇいっ!暴露はそれくらいにしてっ!本題っ!!」
「本題?」
「そっ。恩返しの強制執行。」
「うわぁ・・・そこまで言い切られると何にも言えないですよ・・・」
脱力するアンナちゃん。よし。ちょっとは溜飲が下がった。
「そりゃな。有無を言わさず受けてもらうんだし。」
言いながら、硬貨の入った革袋をテーブルに置く。
「アンジェさんの治療費として使ってくれ。余ったら生活費の足しに。これが最初で最後の恩返しの強制執行だよ。」
「最後?え?まさか、タカシさん、どこかに行くん、ですか・・・?」
明るかった表情が一気に寂しさと戸惑いに染まる。
「うん。俺の事情は前に話した通りなんだけどさ。今回の依頼で目立ち過ぎたから、熱りが冷めるまであちこちフラフラっとね。それに、リアをリブラレールってトコまで送る約束もしてるし。」
「いつ頃出発の予定、なんですか?」
「今日はもうゆっくり休むつもりだから、明日の早朝かな。」
「そうですか・・寂しくなりますね・・・」
「熱りが冷めたらまた戻ってくるつもりだよ?そしたら、また顔を見せにくるさ。」
「でも・・・あっ。それなら、恩返しは戻ってきてからにしてくださいっ。」
テーブルの革袋を俺に差し出す。
「へ?」
「だって、それなら・・・生きて戻ってきてくれるかもしれないじゃないですか・・・」
「こらこら。何気に縁起でもない事を言うんじゃない。」
心配してくれてるのか。ホント、良い子だよな。
「でもまぁ、そこは安心していいよ」
「どうしてですか?街から離れたら危ないモンスターがいっぱいいるって・・・」
「ほら。コレ。見てみな。」
冒険者証をポケットから取り出し、涙を拭うアンナちゃんに見せる。
「冒険者証?・・・あれ?銀色って・・・・」
「そうだよ。俺の今の階級は銀級。上にはまだ金と白金があるけどな。もう上から3つ目まで昇級してる。結構凄いみたいなんだぞ?銀でも。」
「でも・・・」
「ついでに、巨大女王蟻倒したの、俺達だけでやったから。」
「・・・・・・へ?」
アンナちゃんの表情が呆気に取られたものに変わる。
「巨大蟻だけなら、俺1人でだけでも数えるのが馬鹿馬鹿しいくらいには倒したし。な?セレア。リア。」
「「はい。」」
「ご主人様は本当にお強いですよ。それに、非常に機転もきかれます。」
「私を助けてくださった時には、怪我をした私と手当てをしてくれていたセレアさんを守る為にタカシ様は多数の巨大蟻をたった1人で倒されました。しかも、この目で見ても夢でも見ているのかと思ったくらいですから到底信じられないかとは思いますが、1匹としてその後ろには通さずにです。はっきり申し上げて、タカシ様の強さは異常です。」
「それに、巨大女王蟻との戦闘の際には、屋根の高さ程もあるその巨体から降り下ろされた脚を躱さずに斬り飛ばしてしまわれたんです。それも何度もです。ご主人様のお強さは、そのお優しさと共に規格外ですよ。」
うん。まぁ、確かに全部ホントなんだけどね。それに、強さアピールで安心してもらいたかったから話を振ったわけではあるんだけど、そこまで持ち上げる必要は無いんじゃないかな。特にセレア。
「ほ、本当に、なんですか?その話・・・・」
「勿論です。嘘や誇張は一切ございません。」
「信じられないとは思いますが、他の冒険者様達にお確かめください。タカシ様の異常な強さの一端はお聞きいただけるかと思います。」
「メチャクチャじゃないですか・・・・」
「だろ?だから、安心して受け取ってくれ。まぁ、最後って言ったけど、戻ってきた時の気分次第では強制的に再執行されるかもしんないけどな。」
言って、差し出された革袋をアンナちゃんの方に寄せる。
「き、気分次第ですか・・・」
ガックリと項垂れるアンナちゃん。
「うん。俺の気分次第。」
「もぅ・・・分かりましたっ。甘えさせてもらいますっ。」
顔を上げて笑顔になるアンナちゃん。よしよし。やっぱり可愛い子は笑ってるのが1番だ。
「もう・・・やっぱりタカシさんは優しい我儘さんじゃないですね。」
「おう。単なる」
「イジワルでとっても優しい我儘さんです。」
「へ?」
「だって、安心させてくれてまた戻ってくるって約束もしてくれるのに、気も遣わせないようにするんですもん。せめて、気を遣わせて感謝くらいさせてくださいよ。」
えぇいっ。そんないい笑顔で照れ臭くなるような事を言うんじゃないっ。柄でもないっ。
「いいんだよ。んなの。恩返しをしなきゃ気がすまないから、無理矢理受けさせてるだけなんだし。」
言いながら頭を掻いてしまう。
「ふふ。・・・・絶対に無事で戻ってきてくださいね。」
「うん。約束するよ。んじゃ、またな。」
「はい。待ってますからね。」
別れの挨拶と再開の約束をして、アンナちゃんに見送られて俺達はアンナちゃん宅を後にした。
アンナちゃんは気さくな女の子なので、主人公にとってはかなり話しやすい子みたいです。年下ですしね。そのおかげで自爆してますが(笑)
では、<小心者の物語>一旦の閉幕とさせていただきます。次回もお付き合いいただければ幸いです。
2016/4/9 本文の一部を修正しました。




