恩返しをしましょう その5
討伐戦が本格化。チートな主人公も数の暴力の前には限界が。
それでも、なんだか緊張感の足りない<恩返しをしましょう その5>開幕~♪
巨大蟻の巣に入って間もなく、視界が闇に浸食され始めた。あと少し進めば、全く何も見えなくなるだろう。なので、リュックから松明を出して、火打石で灯りを点ける。ちょっと煙い。
「やっぱり中は暗いな。」
「あの、タカシ様。私、灯りの魔法が使えます。」
「お?マジ?でも、それって疲れたりしないか?魔力切れ起こしても、回復させる薬は持ってないから危なくなるぞ?」
「多分、大丈夫です。丸1日となったら厳しいですけど。」
「そうか?なら、キツくなったらすぐに魔法は中断して、絶対に無理はしないって条件で頼んでいいか?」
「え、あ、は、はい。」
また戸惑った表情で、狼狽えながらも首肯するリア。
「では、えと、いきます。《光の精霊よ。我が意に従い、宿りて灯れ。》」
リアの言葉が終わると同時に、巣の壁や天井、地面までもが優しい光を放ち始める。
「おぉぉぉ~・・・」
すっげぇぇぇぇ。これまでにも2回魔法を目にしたけど、規模も幻想的な雰囲気も段違いの光景に心底感動。蛍光灯や白熱灯とも違う、何とも不思議で優しい光で視界が明るくなってる。魔力の光ってヤツだろうか?灯りの魔法って言うから、光の玉が出てくるのを想像していたのだが、まさか壁や天井、床まで光るとは・・・しかも、奥の方まで光っていて、敵が近付いてきたら一発で分かる。
「凄いな~♪これなら無駄に神経を削らなくて済むよ。ありがとな。」
「い、いえ、そんな。こ、これくらい・・・」
戸惑いながらも顔を赤くして俯くリア。
「謙遜すんなって。あ、でも、魔力は大丈夫か?」
「え?あ、は、はいっ。数時間なら問題なく保てます。」
「へぇ。数時間も・・・やっぱりエルフは凄いな。」
「い、いいえ。そんな事・・・」
と、そこに何故かセレアが肩を寄せて、隣に来る。
「本当に凄いですね。保持魔力の総量が多い種族が少し羨ましいです。」
微妙に言葉にトゲがあるような・・・保持魔力の総量に種族的なコンプレックスでもあるんだろうか?
「でも、狼人族はスピードに特化してるんだろ?」
「はい。」
「この先で頼りにしてるぞ。そこに期待して中衛を任せてるんだから。」
セレアの表情が輝きを取り戻す。
「はいっ!!ご期待に添えるように頑張りますっ!!」
ふぅ。フォロー成功。なんだかリアからの視線が痛い気がするけど、勘弁してくれ。セレアはいろんなトコでコンプレックス抱えてるっぽいから、フォローしといてやりたいんだ。我ながら甘いなぁとは思うけど、こればっかりは仕方ない。一応、セレアの正式な主人になるんだし。
で、明るくなった巣を奥に向かって再び進み始める。しばらく進んでも、蟻は1匹も出てこない。まさかとは思うけど、昨日のでマジでほとんど駆除できてるとか?
「ご主人様。巨大蟻の臭いが濃くなってきています。もう少し先かと思われますが、ご注意を。」
やはり、そんなに甘くはないらしい。
「臭いで分かるのか?」
「はい。狼人族は特に鼻が利きますので、大まかにですが、敵との距離も分かります。会った事のある敵でないと、何がいるかまでは判別できませんが。」
「マジか。凄いな、それ。索敵不要って事だろ?」
「あ、しかし、遮蔽物があったり、こちらが風上だったりすると駄目です。臭いが流れてきませんので。」
「いや、それでも凄いぞ。普通の討伐依頼の時は対象を捜す方がしんどかったからなぁ。これから効率的に依頼がこなせる。」
「はいっ。!!ご主人様、臭いの元が近付いてきます。」
セレアの明るい声が転じて真剣なものに変わった。来なくていいのに。
それから、何度か巨大蟻が奥から出てきたが、毎回10匹にも満たない程度。しかも、巣の道は広いとは言っても、幅は人がギリギリ3人並んで歩けるかどうかという程度のもので、天井も低く、俺が軽く跳ねたら頭を打つ程度なもんだから、巨大蟻はせいぜい2、3匹程度しかまとめてかかってこれない。剣を大きく振れないのは面倒だけど、それでも昨日に比べたらずっと戦いやすい。天井に張り付いて逆さまに襲ってきた時はビックリしたけど。
倒した巨大蟻の触角は回収していない。今持ってる分だけでも充分に邪魔で、戦闘の度に脇へ投げ捨ててるくらいだから、持つ気にもなれない。まぁ、金にはなるから、帰りに回収できる分だけ回収すればいいだろう。
「タカシ様の強さは完全に規格外ですね・・・」
何度目かの戦闘の後に、リアが半ば呆れているかのような声を上げた。
「昨日、助けていただいた時で分かっているつもりでしたけど、意識がハッキリしている時に見ても、私の妄想なのかと思ってしまいます。」
まぁ、確実に戦闘力強化のチートが働いてるだろうから、そう思われても無理はないと思う。元の世界ではまともに喧嘩すらした記憶もなく、剣道をしていた頃でもほとんど素振りしかした事のない俺が無双できてるんだからなぁ。しかし、やっぱりこういう反応はなんだかなぁ。
「ご主人様が規格外なのは強さだけではありません。そのお優しさが1番の規格外です。獣人の私にまでこんなにお優しい方は世界中のどこを捜しても絶対にいません。」
セレアのフォローが心に染みる。でも、君もその方面では前に何か諦めてなかったっけか?でも、まぁ、嬉しいから頭を撫でてやる。
「・・・本当に人間族には珍しいくらい獣人族に甘いですよね。タカシ様は。」
何故かトゲのある口調で言うリア。
「変わってるんだよ、俺は。」
この世界にとっては、という一言は胸中に留めておく。俺が異世界人だという事は教えるつもりはない。セレアと違って、この子は次は他の誰かの奴隷になるのだ。リア自身がどうこうと言うよりも、次のリアの主人になる人間如何によっては俺に害がないとも限らないのだから。
「それでも、ご主人様がお優しくて暖かい方だという事には変わりがありません。」
俺の肩に頬を擦り寄せるセレア。あぁもう、可愛いなぁ、コンチクショウ。
「ありがと。さ、そろそろ先に進もう。」
リアからの視線が痛くなってきたから、話を逸らすように先へと進む事を促す。
「はい。」
だから、物足りなさそうな顔をしないの。宿に帰ったら満足するまで撫でてあげるから。ホントに撫でられるの好きだな。俺も嬉しいけど。
また何度か巨大蟻との戦闘があり、リアに灯りの魔法をかけ直してもらいつつ、かなり奥へと進む。もうかなり地下深くまで潜ったんじゃないかと思っていると
「ご主人様。少し先にかなり多くの巨大蟻の群れがいるようです。その中に少し違う臭いが混じっています。」
セレアの緊張した声に一旦立ち止まる。
「違う臭い?巨大蟻の餌になったヤツらじゃないのか?」
「いえ。似た臭いですから、恐らくですが、巨大女王蟻かと。」
「って事は、護衛が付いてるってわけか。」
「恐らくですが。」
普通の蟻でも女王蟻は兵隊蟻とかと比べてかなり大きい。そう考えると、巨大女王蟻は相当のサイズだと思っておいた方がいいだろう。サイズが大きいってのはそのまま強さに繋がる。だって、小人に踏まれても痛くも痒くもないが、巨人に踏まれたら致命傷だろ?
「了解。どのくらいの広さの所か分からないけど、場合によっては退く事も考えよう。天井と地面の両方の前後左右からとかになったら、さすがにキツいからな。」
「「はい。」」
2人が首肯したのを確認して、少し警戒レベルを上げながら先に進み、開けた所に出た。広さは軽く銀月亭以上。天井も高く、俺が3人肩車しても届かないくらい。どうやって壁や天井を崩れないようにしているのか、不思議なくらいに広い空間。
そこで、今回の最終討伐目標を発見した。
ギチギチと威嚇の音を大顎から鳴らすかなりの数の巨大蟻に囲まれるようにして、天井すれすれの巨躯が佇んでいた。あれが巨大女王蟻に間違いないだろう。
・・・大き過ぎやしませんか?軽く怪獣じゃね!?あんなの絶対に蟻じゃない!!!
巨大女王蟻の複眼がこちらを捉えたと思うと
「キシャァァァァッ」
咆哮が上がり、周囲の巨大蟻が一斉に襲いかかってくる。
蟻に声帯なんてありましたっけね!?
「リアは天井から来る奴を中心に魔法で攻撃!!セレアは俺とでリアに1匹も近付けないように狩っていくぞ!!」
「「はいっ!!!」
俺の指示にいい返事を返してくれる2人。指示なんて柄じゃないけど、個々に好き勝手やってたら、危ないかもしれないのだ。何せ、地面は勿論、天井も左右の壁も巨大蟻で埋め尽くされてる。
これ、昨日以上の数じゃないか!?ここまで来る途中にも、小分けとはいえ、結構な数を倒してるんですが!?
俺とセレアはリアの前後に分かれて、地面から襲ってくるヤツを順番に蹴散らしていき、リアの魔法が天井を進むヤツらを落としていく。
稲妻の魔法とか、メチャクチャ格好良すぎる!!俺も覚えたい!!
なんて、呑気な事を考えている間も、襲ってくる巨大蟻の前脚や触角を斬り落とし、口内を貫き、片っ端から倒していく。片手間にセレアの方を見てみると、セレアもガンガン倒している。と言うか、俺より動きが速くないですか?力は俺の方があるらしく、一撃で脚や触角を斬り飛ばす事はできないみたいだけど、斬りつけて怯ませた瞬間、脇に回り込んで身体の継ぎ目を貫いてたりする。
うむぅ。俺より強かったら前衛を考えるとか言ったけど、完全に俺より強いんじゃなかろうか。しかし、チート発生中の俺より強いって・・いやいや、俺に群がってきてる方が数は多いし、一撃の威力は俺の方に分がある。そんな事はないと信じたい。
信じたいけど・・・勝てる気がしねぇ・・・いや、セレアと戦う事なんてないけどな?
くだらない事ばかり考えていると、いきなり背筋がゾッとする。瞬間、わけも分からず、リアとセレアを両脇に抱え、蟻達の頭上を越えて出入口に向かって大きく跳び下がる。
「ご主人様?」
セレアが戸惑いの声を上げた直後、巨大女王蟻の大顎から液体が吐き出されて、液体のかかった地面が嫌な音を立てて煙を上げる。周辺の巨大蟻を溶かしながら。
そこは、さっきまで俺達がいた所でもあった。
マジか!?消化液吐き出すとか、ますます蟻じゃねぇっ!!しかも、あの硬い表皮した巨大蟻があっさり溶けてるんですが!?
巨大蟻達は仲間が溶けた事などお構い無しにこちらに向かってくるが、後ろからあんな物を吐き出してくる奴がいるのに、こんな開けた場所で戦ってなんかいられない。体を反転させて、出入口に向かって走り、通路で2人を降ろして再び迫りくる巨大蟻の群れに対峙する。
「ここで迎え撃って、とりあえず数を減らすぞ!」
「「はいっ!」」
2人の返事と共に、先頭の巨大蟻に斬りかかる。ここなら一気にあちこちから襲われる事も心配しなくていいし、何よりあの消化液を警戒しなくてもいい。さっきは虫の知らせが働いたから無事に済んだけど、何度もそんな不確実なものを当てにはできない。あんな物が少しでもかかったら一気に戦闘不能間違い無しだ。まずは取り巻きを減らしてからでないと。
それから襲いかかる巨大蟻をひたすら倒していく。他の所に潜んでいた奴らだろう。後ろからもやってくるもんだから、俺とセレアで前後に分かれて、リアも魔法で援護してくれる。そして、いい加減全員の疲れが限界にきた頃に、ようやく這い出てくる蟻が止まった。き、キツいぞ。この数はいくらなんでも。
次の個体が出てくる際に死骸となった個体は、その出てきた奴によって後ろに掃き出されていっていたから、幸か不幸か通路が完全に塞がる事はなかったものの、それでも前後の通路の半分が巨大蟻の死骸で埋まっている。これ、帰り道が歩き辛い事この上ないな。
何はともあれ、一旦休憩。まだ巨大女王蟻が残っているけれど、すぐに挑める程の余裕は誰にも無い。強さはともかく、この数はキツい。体力が限界だ。
「リア、魔力は大丈夫か?」
「正直に言わせていただくと、かなり厳しいです。何故か魔力の効率が普段よりもずっと良かったみたいで、何とか持ってますけど。いつもなら多分倒れてます。」
かなりの長期戦になっているから、無理もない。灯りも出してもらってるんだし。
「この分だと、帰りにも灯りの魔法のかけ直しが必要になりそうだけど、その分の魔力を残しておこうと思ったら、あとどれくらい戦えそう?」
「・・そうですね・・・・あと1発か2発の攻撃が限界だと思います。」
「なら、ボス戦は魔法は無しだな。」
「え?」
「セレア。少し休憩したら、まだ動けるか?」
「はいっ。勿論ですっ。今日はなんだか体が軽くて、自分でも信じられないくらいに動きが速いんです。ですから、充分にお役に立てると思いますっ。」
「無理はしてないだろうな?」
「はいっ。」
セレアは少し赤くなりながら言葉を繋げる。
「生きて、一生ご主人様をお守りすると誓いましたから。ですから、無理はしません。」
驚いたような顔でセレアを見るリア。
うん、まぁ、何。勘違いしたくなる台詞ではあるんだけど、あくまでも主従の関係でだけだからね。セレアが言ってるのは。だから、そんなに驚いた顔をしてフリーズしないでください。分不相応な夢は見てないから。ちょっとしか。
「うん。なら、少し休んだら、一緒に片付けにいくか。」
「はいっ!!!」
満面の笑みで力強く頷くセレア。可愛過ぎてもう、言葉にならん。ならんから、頭を撫でてやる。
「ま、待ってくださいっ。どうして魔法は無しになるんですか!?」
俺に詰め寄るリア。撫でるのが中断させられて、恨みがましそうにリアを見るセレア。だから、そんな顔をするなって。
「だって、1、2発で魔力が限界なんだろ?で、出口の方からも出てきた事を考えたら、まだ潜んでる奴がいる可能性は充分にあるだろ?」
「は、はい。」
「なら、帰りの灯りの確保は無事に帰る為には必須だろ?疲れ果ててたら、注意力は確実に落ちる。そんな状態で松明の灯りだけで戻ってくのは自殺行為みたいなもんなんだから。」
「で、でも、1発か2発なら」
「ギリギリまで酷使するのは却下だ。言ったろ?魔力を回復させる手段が無いって。」
「あ・・・」
「まぁ、だからって前線に立てとは言わないよ。巨大女王蟻戦では身の安全を最優先にして動いてもらう。攻撃も援護も考えなくていい。帰りの安全の為に、自分の身を守るのを考えてくれ。」
「は、はい。」
「ホントは物陰にでも隠れててほしいくらいだけど、どこから追加が出てくるか分からない上に、女王蟻のあの消化液だからな。俺達の後ろで身の守りを固めてるのが1番安全だろ?」
「・・・分かり、ました。すみません。お役に立てず・・・」
「いやいやいやいや。充分に役に立ってくれてるから。なぁ?」
「はい。リアさんが天井の蟻を落としてくれていなかったら、もっと厳しい戦いになっていたかと思います。天井までは刃が届きませんし、飛び道具も持ち合わせていませんから。しかし、それでも、ご主人様がいらっしゃれば問題はなかったかとも思いますが。」
微妙に同意しきっていない感じの同意を示すセレア。
セレアのこの絶対的な俺に対する信頼はどこから来てるんだ?昨日の森での戦闘以来、俺に対する信頼度急上昇な言動が増えてる気がする。
しかし、確かにチートだとは思うけど、そこまでムチャクチャでもないぞ?天井からあのサイズの蟻が降ってくるなんて全力を以てご遠慮申し上げたいくらいなんだから。と言うか、いくらなんでも死ぬ気がする。
「・・・本心から、タカシ様に仕えているん、ですね・・・」
半ば信じられないといった口調のリアに対して
「はい。こんなに素晴らしいご主人様は世界中どこを捜しても絶対にいません。ご主人様に買っていただいて、私は本当に幸せです。」
自信満々の口調で応えるセレア。しかし、奴隷の身で幸せとか言わないでほしい。今までどれだけ不遇な環境にいたんだよ。やっぱり、早く生活の基盤を整えて解放してやんなきゃな。
そんなやり取りをしていると、巨大女王蟻のいた広間の出入口から、左右の壁を若干削りながらどデカい脚がいきなり伸びてくる。が、こちらまでは届かない。ビックリしたぁ・・
「痺れを切らしたようですね。」
「みたいだな。」
俺とセレアがリアの前に立ち、改めて剣を構える。
さぁ、決着をつけようか。
今回、初発動した能力は【能力向上付与】と【危機察知】です。
【能力向上付与】は文字通り、仲間に能力向上を付与する能力です。主人公の【全能力向上】と異なる点は、付与される仲間の特化している部分をさらに向上させるものだという点。例えば、スピード特化の狼人族なら反応速度や反射速度、魔法特化のエルフなら魔力操作力が飛躍的に向上します。
【危機察知】は主人公が相手の攻撃手段を知っている知らないに関わらず、直感的に危険を察知して、致命的であればある程に的確な回避行動を取れるというものです。奥の手を持っている相手にとっては、限りなく嫌な能力ですよね。
久しぶりに新能力が複数発動したところで、<小心者の物語>一旦の閉幕とさせていただきます。次回もお付き合いいただければ幸いです。




