恩返しをしましょう その1
恩返しの為に、それなりの依頼で稼ぎを得ていく予定が、ある事情から危険度が跳ね上がる緊急依頼を遂行する事に。
しかし、そんな中でも、今後毎回壁殴り代行が必要な気配を漂わせつつ、<恩返しをしましょう その1>開幕~♪
翌朝、いつもの薄暗い時間に目が覚めた。いつの間にか眠っていたらしい。
と言うか、眠れたのか、俺。我ながら凄い。素晴らしい。心拍数が尋常じゃないくらいに上がっていたというのに。
その心拍数上昇の原因が目の前で
「おはようございます。ご主人様。」
少し恥ずかしそうに朝の挨拶をしてきた。
「おはよ。セレア。」
挨拶を返すと、胸に頬を当ててくる。
朝から可愛いな、おい。理性と本能のバトルは夜だけにしてもらえませんでしょうか?理性の耐久力と本能の攻撃力は反比例するんだぞ?
そう思いながらも、やっぱり可愛いので、頭を撫でてやる。撫でると、元々垂れ気味の耳がペタンとなってピクピクするのがまた可愛い。
いかん、これはキリが無くなる。今日からは本格的にやるべき事があるのだ。
一晩を耐えきった鋼の自制心を全力稼働させて、セレアの頭から手を離して起き上がる。セレアも、なんだか少し物足りなさそうな顔をして起き上がる。何故にそんな顔をしますかね?
「さて、朝飯食ったら依頼をこなしに行こうかと思うんだけど。」
「はいっ。お供しますっ。」
あ、そうか。昨日、何か重大な見落としをしているような気がしてたのはこれだ。
「セレア。戦えるとは聞いたけど、大丈夫なのか?俺の受けてる依頼は俺1人でも充分にこなせるから、無理はしなくていいんだぞ?」
「ありがとうございます。ご主人様。でも、大丈夫です。狼人族は戦士の一族ですから、私も幼少の頃からモンスターとは戦ってきています。必ずお役に立ってみせますっ。」
頼もしい事を言ってくれる。本当は女の子を危ない目に遭わせたくはないんだけど、戦士の一族とまで言うんだ。ここでそれを言うのは侮辱になるかもしれない。
「分かった。戦ってた時はどんな武器を使ってたんだ?」
「大体はナイフです。ゴブリンが小数程度でしたら、素手の時もありましたが。」
マジか。いくらあの鈍いゴブリンとは言え、俺は素手ではご遠慮願いたい。もしかして、セレアは華奢な見た目に反してかなり強い?
「よし。なら、まずは装備を整えようか。あ、先に言っとくけど、装備には遠慮は一切無しだぞ。」
「え?」
「命に関わる事だ。万全を期しても何があるか分からないんだから、装備を整えるのに遠慮をするようなら、セレアには留守番をさせる。いいな?」
これはキツく言っておかないと、セレアの事だから自分には要らないとか言いかねない。
「ご主人様・・・はい。ありがとうございます。」
また目を潤ませるセレアを軽く撫でる。この様子なら心配はしなくてもいいだろう。
しかし、泣くんじゃない。女の子の涙は苦手なのだ。ましてや、こんな綺麗で可愛い子に泣かれた日にはどうしていいのか分からなくなる。もう何回も泣かせてしまってるけど。
朝食後に、まずはエラーデさんの武器屋へ。
「あらぁ。いらっしゃいませぇ。タカシさん~。」
「おはようございます。エラーデさん。」
「今日はぁどのようなぁご用件ですかぁ?」
「今日からセレアも依頼に連れて行こうかと思いまして、彼女の装備を一式揃えにきたんです。」
以前の会話から、エラーデさんは獣人に対する差別意識がほぼ無い事が分かっている。だからこそ、安心して頼める。
「正直なところ、俺は武器にも疎いんで、彼女に合ったのを見繕ってやってもらえませんか?」
「はいぃ。お任せくださいぃ。ご予算はどのくらいですかぁ?」
「えーと、1万エニーくらいまでで。」
「え!?」
セレアの驚きの声が上がるのは予想の内なのでスルーする。
「防具もぉ併せてでぇよろしいですかぁ?」
「そうですね。お願いします。」
そう答えると、何故かクスクスと笑うエラーデさん。
「太っ腹なのはぁいいんですけどぉ、狼人族のぉ持ち味を生かそうとぉ思ったらぁ、9000エニーくらいがぁ限界ですよぉ?ですからぁ、タカシさんもぉ適当にぃ選んでくださいねぇ。ご自身の装備もぉ考えないとぉ、困らせちゃいますよぉ?」
言われてみれば、最初に買ってから装備の更新はしてなかったな。
「確かに。じゃあ、選ばせてもらいます。」
「はぁい。ご自由にぃ。じゃあぁ、セレアさんはぁ私とぉ見ましょうねぇ。」
「え、えっと・・」
戸惑ったように俺の方を見るセレア。
「良いのを選んでもらえよ。」
「は、はいっ。その、よ、よろしくお願いします。」
頭を下げるセレアに
「お客様にぃ頭を下げられるとぉ困りますよぉ。」
そう言いながら頭を上げさせて、その手を取る。
「さぁ~こちらにぃどうぞぉ。」
「は、はい。」
エラーデさんに手を引かれて移動していくセレア。さて、俺も見てみようかね。
それから、それなりの時間をかけて武防具を揃えた。
セレアは鋼鉄製のショートソード《3000エニー》、軽量化された鋼鉄製の胸当《4500エニー》と脛当《800エニー》を、俺は鋼鉄製のフランベルグ《4380エニー》で、合計12680エニー。これで残りは670エニーにまで減った。俺が気に入ったフランベルグが高かったのだ。
そんなに高い武器を買うより、俺も防具を買うようにと2人から口を揃えて言われたのだが、怪我をした事がない上に、怪我をしそうになった事もないから、今はこっちの方がいいと押し切った。依頼でショートソードを振り回していた結果、いつの間にか腕力がついたみたいで振り回すのも苦にならないし。何よりカッコいいんだよ、これ。
とりあえず、これで準備完了という事で、エラーデさんの所を出て冒険者ギルドに向かう。さて、どの階級の依頼にするか。銀級という選択肢はない。銅級でも、それなり以上の稼ぎが得られるからだ。しかし、セレアの実力の程が分からない以上はいきなり銅級というのも不安が残る。少なくとも、ゴブリン程度なら余裕みたいだし、鉄級からいってみるか。食人草の討伐なら余裕もあるし、あいつらは擬態してるのが厄介らしいけど、普通に見れば分かる程度の擬態だし、動き回るような生態でもないからフォローもしやすいだろう。ウネウネと伸ばしてくる触手のような蔦にだけ注意していれば問題ない。
冒険者ギルドに到着して、受付へ。
「おはようございます。タカシ様。奴隷を手に入れられたのですね。」
「ええ。これから行動を共にします。」
「では、パーティー登録はいかがされますか?登録されれば、今後どの街に出向かれる事があってもタカシ様が共にいらっしゃればタカシ様の所有物という事で、タカシ様の冒険者証のみで街への出入りが認められるようになります。」
なるほど。連帯の身分証みたいな感じになるのか。しかし、どうやってそんな事が分かるんだ?もしや、この冒険者証も何かのファンタジー不思議アイテムなのか?
「お願いします。」
「では、登録料に50エニーいただきますが、よろしいですか?」
「はい。」
「では、冒険者証と手を出してください。あと、それの手も。」
イラッ。
セレアの事をそれ扱いされてかなり苛つく。
「・・・言葉使いには気を付けた方がいいと思いますよ。」
「!?」
受付の中年男性がわけが分からないといった顔で顔色を青くする。
「俺の所有物を貴方にそれ扱いをされる謂れはありません。俺は自分のものには割と愛着を持つ質でしてね。他人にぞんざいな扱いをされると、非常に気分が悪くなる。」
「あ・・・も、申し訳ありませんでした。そ、そうとは知らず・・・・」
「いえ。今後気を付けていただければ構いませんよ。さ、おいで。セレア。」
「はいっ。」
嬉しそうに俺の隣に並ぶセレア。何がそんなに嬉しいの?
50エニーを支払ってから冒険者証をカウンターに出すと、セレアがその上に手をかざし、俺もそれに倣う。
「で、では、失礼します。」
受付の中年男性が小さく何かを呟くと、冒険者証が光り、俺の手、セレアの手と順番にその光が移って、また冒険者証に戻っていく。
おぉぉ。やっぱり不思議アイテムだ。
「これで登録は完了です。依頼はいかがされますか?特にご予定がなければ、ただいま緊急依頼に、巨大女王蟻の討伐隊の募集がございます。ご協力いただければありがたいのですが。」
何やらセレアが驚いた顔でこちらを見てくる。巨大女王蟻ってのはレアか何かなのか?緊急依頼って響きに危険な香りがプンプンするんだけど。
「巨大女王蟻ですか?」
「はい。昨日、街の北西に半日程進んだ所で、オーガの食い散らかされた死骸が見つかり、その周辺を探索したところ、かなり大規模な巣が発見されました。」
オーガが食い散らかされるって、どんだけな蟻だよ!?オーガのボリュームは軽く俺の3倍はあるんだぞ!?背丈も見上げるくらいにデカいってのに、それ、もう蟻じゃないだろ!?
「これ程街の近くですと、そう遠くない内に街が襲われる事になりかねませんので早急な対処が必要なのですが、報告に上がった巣の規模が余りにも大きかったので、急遽討伐隊を募集して一斉に駆逐する事となりました。」
街が襲われる?
聞き捨てならない事を聞いてしまった。この街にはアンナちゃん達家族やエラーデさんがいる。その街が襲われるかもしれないだって?
「ご主人様っ。いくらなんでも無茶ですっ。巨大蟻でも銅級の依頼で、それも複数人のパーティーで取り掛かるようなものですっ。それが巣の最奥にいる巨大女王蟻の討伐が目標で、しかも討伐隊を編成する程の規模の巣だなんて、ご主人様に万が一の事があったら・・・・」
俺の表情から受けるつもりな事を察したんだろう。必死に止めようとしてくれるセレア。でも、俺の身を案じてくれるのは嬉しいけれど、放っておくわけにもいかない。
勿論、討伐隊を編成するんだから、俺が行かなくても駆逐には成功するだろう。俺1人の力なんて有っても無くても同じかもしれない。行かなければならない理由なんてないのかもしれない。
でも、だからって世話になった人達が危険に晒されるかもしれない状況を、他の誰かに任せて知らないフリなんかできない。だって、知ってしまったんだから。
「心配すんな。大丈夫だ。ほら、俺の冒険者証を良く見てみろ。」
銀級のものとなっている冒険者証をセレアの手に持たせる。
「!!!!」
セレアの表情が驚愕に染まる。
ジライ商会に伝わっていた俺の階級の噂は鉄級のはずだ。だから、セレアもそう思っていただろう。しかし、今の俺は銀級。その認識の差はそのまま俺の実力の誤認に繋がっていたはずだ。だからこそ、セレアは必死で止めようとしていたんだろうから。
「報酬は?」
「今回は緊急依頼という事で通常よりも討伐報酬が大きくなっています。巨大蟻1匹につき、950エニーとなっています。ただし、討伐対象が多数に昇る事が前提の為に、特別報酬はありません。巨大女王蟻を仕留められた場合は2万エニーとなります。」
「証明部位は?」
「巨大蟻は通常通り、右の触角です。巨大女王蟻は右眼となっております。尚、巨大女王蟻につきましては複数のパーティーで討伐された場合、トドメを刺されたパーティーにその権利が発生します。」
「了解しました。」
「お受けになりますか?」
「はい。」
「では、巨大女王蟻の討伐報酬の権利についての同意書にサインをお願いします。討伐成功後のトラブル防止の為の処置となりますので、こちらにサインをいただく事が今回の依頼の参加条件となりますので。」
オゥ・・・字を書かなきゃならないのか。
「セレア、頼んでいいか?」
「は、はい。」
セレアが出された同意書にサインをしてくれる。
「ありがと。それで、一斉にという事ですけど、討伐開始はいつからですか?」
「明日の日の出と同時となります。巣の場所は北西の森の奥ですが、規模が大きいので、恐らくすぐに分かります。その森の付近で集合してからという流れです。とは言え、先行してはいけないという決まりはありませんので、既に数組のパーティーが出発なさっていますが。」
「そうですか。分かりました。それじゃ失礼します。」
「ご武運をお祈りします。」
冒険者ギルドを出て、食材屋を目指す。想定外の依頼を受ける事になり、目的地までの距離もあるみたいだし、日を跨ぐ事はほぼ確定だからだ。
「ご主人様。」
「ん?」
「デューイさ・・・いえ、デューイさんから、ご主人様は鉄級の冒険者だと聞かされていたように思うんですが・・・」
何故に言い直した?もしかして、呼び方から俺を1番上の立場に置こうとしてる?
「あぁ。うん。初めてセレアと会った時はそうだったよ。」
「あれからほんの5日しか経っていませんよ?」
「そだな。だから、ギルド内で目立っちまってな。居心地悪いったらありゃしない。」
「・・・怪我をされた事もされそうになった事もないと仰ってました、よね?」
戸惑いと混乱が50%ずつといった顔のセレア。
「おう。」
「・・・・・・しかも、お1人、ですよ、ね・・・・・・・・・」
独り言のように呟いているが、一応返答はしておこう。混乱に拍車をかけるかもしれないが、実力面では安心してもらえるかもだし。
「そうだな。1人でも戦闘面では困ってないから、セレアが一緒に来てくれるって言ってくれるまでは当分1人のつもりだったし、パーティーを組むアテもなかったしな。」
かなり思い詰めた表情で、意を決したように俺を真っ直ぐに見つめるセレア。
「・・・・・すみません。失礼は承知の上で言わせていただきます。」
「「信じられません。」」
「だろ?」
ハモられてキョトンとした顔で俺を見つめるセレアの頭を撫でる。
「か~なりムチャクチャやったっぽい事くらいは自覚してるから、それは無理ないって。セレアの反応見たら、だいぶ常識外れだったんだろうなぁってのも分かるし。だから、今回の依頼で見せてやるよ。それくらいは余裕だってトコを、な。」
セレアの表情がパァッと明るくなる。
「連れていっていただけるんですかっ?」
苦笑いを浮かべ、セレアの言葉に答える。
「そこまで心配してくれてるんだ。来るなって言っても無駄だろ?」
俺の腕に抱きつくセレア。
「はいっ。命を懸けて、必ずお守りしますっ。」
そうなのだ。控え目で自分の意見を言わないセレアが、依頼を受けようとするのを止めようとするのも、信じられないなんてセリフを口にするのも、偏に俺の身を案じての事。この分だと、呪印が反応しようとも、俺を1人で行かせまいとしかねない。セレアを危険な目に遭わせたくないから置いていきたいのに、それじゃ本末転倒だ。
でも、だからって命を懸けられるのは困る。
「ただし、命を懸けるってのは無しだ。」
「え?」
「あのな、セレア。仮に、セレアが命を代償に俺を助けてくれたとするぞ?それで、俺が感謝すると思うか?」
「え、あ・・・」
シュンとなるセレア。かなり心が痛いが、それでも言っておかないと。
「大体、ずっと側に置いてくれって言ったのはセレアだぞ?途中でくたばったりしないで、自分の言葉には責任持ってちゃんと側にいろ。」
「あ・・・は、はいっ!!!!」
「ま、それもセレアが一緒にいたいと思ってくれてる限りにはだから、死んででも側から離れたいって言われたらどうしようもないけどな?」
「そっ、そんな事、絶対に有り得ませんっ。私は」
「じゃあ、何があっても絶対に死ぬなよ?」
「ご主人様・・・・はい。セレアは生きて、一生ご主人様をお守りし続けます。」
潤んだ瞳のまま、俺の腕に顔を押し付ける。
よし。これで望んで死ぬような事をしようとはしないだろう。
しかし、とんでもなく嬉し恥ずかしいんですが。
何、責任持って側にいろって。どこのイケメン主人公のセリフ?中の下な俺がこんな事言っても様にならんってのに。元の世界だったら、間違いなく言った瞬間に物を投げられるぞ。それが、一生守りますだなんて、健気な事この上ないセリフを返されるとか。しかも、超絶美人で可愛さが留まる所を知らない子から。
もうこれだけでこの世界の事を好きになれる。ビバ異世界!!!!
携帯食とセレアの着替え一式と外套を買ってから、目的地に向かって出発した。念の為、他に必要な物がないかセレアに確認はしたけど、問題はないそうだ。
さぁ、気合いを入れていこう。今回は相当な数が相手っぽいし、セレアの事を守らないといけない。いや、まぁ、セレアの実力次第では俺が守られる事になりかねないワケですが。できれば、それはご遠慮させていただきたいなぁ。女の子に守られるとか、男としてどうなのって話だからなぁ。
主人公はセレアが蔑視されるのがどうしても気に入りません。ヘタレでチキンな無自覚チート主人公ですが、それに関しては無意識に【威圧】のチート能力を発動させて表面上だけでも、相手に改めさせます。今後も改めさせ続けます。
が、世界の価値観をどうこうというつもりも考えも全くありません。あくまで、セレアへの態度の改善だけが目的です。博愛主義者でも革命家でもありませんから。
では、<小心者の物語>一旦の閉幕とさせていただきます。次回もお付き合いいただければ幸いです。
2016/4/5 武器と防具の値段を追記しました。
2016/4/9 本文の一部を修正しました。