先の予定を立てましょう
パーティーが2人になって、物語も第二章に突入しました。
しかしながら、相も変わらず、物語はゆっくり進んでいきます。
では、<先の予定を立てましょう>、開幕~♪
それからすぐに俺の腹の虫が大声で不満を挙げた。そう言えば、腹が減って目が覚めたんだっけか。もう外も薄闇に包まれてるみたいだし。
それにしても、締まらないにも程がある・・・セレアも笑ってるし。
「ふふ。お食事にしましょうか。いつもは食堂とお部屋とどちらにされてるんですか?」
「あ、部屋に持ってきてもらってるよ。」
「はいっ。では、頼んできますね。」
「セレアは?もう食ったのか?」
「あ、いえ。」
「じゃあ、セレアも一緒に食おうな。」
「は、はいっ。では、いってきます。」
軽い足取りで部屋を出ていくセレアを見送り、腰に下げたままになっていたショートソードを外して壁に立てかける。
さて、これからどうするか。
現状、俺は派手に依頼をこなして、階級を一気に上げたからギルド内ではかなり目立ってしまっている。噂にもなるだろう。何せ、鉄級に上がっただけでも話題に上ったんだ。今日はまだデューイさんの所までは話は回ってなかったようだけど、それも時間の問題だろう。
で、その冒険者ギルドは国からの資金援助を受けて依頼を出している面もある。つまり、国とのパイプがあるという事だ。そこから考えられる事は、勇者ではないという事で放逐された俺の現在が国に伝わる可能性があるという事だ。万が一にも、有用性があると見なされればどうなるのか分からない。まぁ、銀級程度なら心配ないかもしれないけれど、万が一という事もある。それなら、一旦この街を離れた方がいい。それも、可能な限りに早くに出てしまった方がより無難だろう。
しかし、街を出る前にはアンナちゃんへの恩返しをしてしまわなければ、気持ち良く出発できない。そうとなれば、明日からの行動はもう決まりだな。
この先の行動予定が決まったところで、ドアがノックされる。
「はいはーい。」
ドアを開けにいくと、セレアが立っていた。
「お待たせしました。お食事のお願いをしてきました。」
「ありがと。食事が来るまで、少しのんびりしようか。明日からの行動についても伝えておきたいし。」
「はい。」
セレアを招き入れて、また2人並んで座る。
「明日からの予定だけど、またギルドの依頼をこなしていこうと思う。」
「はいっ。」
「まぁ、俺達の生活費だけなら当面は遊んでても暮らしていけるだけの資金はあるんだけど、恩返ししなきゃなんないからな。」
「恩返し、ですか?」
「そ。さっき話したろ?こっちに来てから最初に世話になった子。恩返ししないと気がすまないから、強制的に受けてもらう事になってる。」
「きょ、強制的に、ですか・・・」
何故か呆れたような顔をされる。
「おう。そこは強制するから。」
「・・・・どうしてか、お相手の方が言い負かされながら感謝されている姿が目に浮かびます・・・」
何故分かる?確かに、アンナちゃんは俺に言い負かされて最後になんかいろいろ諦めたような顔をしてたけど。
「え~と、それと、それが終わり次第、この街から出る。」
突っ込んだら負けな気がして、話を逸らすように先へと進める。
「はい。」
「ただ、他にどんな街があるのかとか、1番近い街まででどのくらいかかるのかとかがさっぱりなんだよ。その辺は追々教えてほしい。」
「はいっ。お任せくださいっ。」
また嬉しそうに表情を輝かせるセレア。何がそんなに嬉しいのやら。そういうのって面倒じゃね?俺なんか、働いてた店内の商品のある場所を聞かれるのすら面倒臭くてたまらんかったのに。仕事だから笑って対応してたけど。
晩飯をすませたら、セレアが食器一式を片付けにいってくれた。自分の分くらい自分でと思ったんだけど、セレアがこれは自分の仕事だから任せてくれと譲らなかったのだ。
「ただいま戻りました。」
「ありがと。」
言いながら、部屋に備え付けてある石に触れて灯りを点ける。触ると光るという不思議アイテムだ。まさにファンタジー。この数日はほとんど使ってなかったけど。何せ、消し方が分からない。時間が経つと勝手に消えるみたいだけど、眩しいから寝る時には邪魔だし、宿に着いたら即寝るって状態が続いてたからな。
しかし、最初はびっくりした。なんで部屋に石が?と思って触ってみたら、いきなり光るんだもんなぁ。
ソファーに座って久しぶりにしみじみとファンタジー気分を味わってたら、隣のセレアが目を輝かせて俺を見つめている事に気付く。
「どした?」
「ご主人様は魔法も使われるんですね。」
なんですと?
「剣をお持ちでしたから、てっきり戦士型だと思っていました。しかも、そんなに無造作に光魔石に魔力を注がれるなんて。まだお若いのに、凄いですっ。」
「え~っと、それってそんなに難しいもんなの?」
「はいっ。魔石に魔力を滞留させるのは高等技術だそうで、才能のある人にしかできないと。」
おぅ・・・思わん所でチートが発生してた。そう言えば、部屋に灯りが必要なら100エニーとかって初日の夜に言われたっけ。てっきりなんか別の灯りの事だとばかり思い込んでた。
「そ、そうなのか。でも、俺、魔法なんか全然使った事ないぞ?」
「え?」
「いや、どんな魔法があるのかすら知らないし。これもなんとなく触ってたら光ってるだけだったりする。」
「な、なんとなく、ですか・・・?し、しかし、魔力の消費は感じられますよね?こんなに明るくなる程に魔力を注がれているんですから。」
「あぁ、うん。言われてみれば微妙に何かが体から減ってる感覚あるな。そうか、やっぱりこれが魔力なのか。薬草の加工した時と同じ感覚だもんな。」
「び、微妙に、ですか・・・もしかして、ご主人様の保持魔力はとんでもなく多いのではないでしょうか?」
「ん~。そう言われても、本気でさっぱりなんだよな。元の世界には魔法なんてなかったし。魔法は使えるもんなら、是非とも使ってみたいけど。」
「ご主人様なら、きっとすぐに使えるようになりますっ。こんな高等技術を自然に使われるんですからっ。時間ができましたら、是非魔術師ギルドに足をお運びくださいっ。」
「魔術師ギルドで魔法を教えてもらえるのか?」
「はい。有料ですが、簡単な治癒魔法から基礎の四属性魔法までは教えてもらえます。特に、簡単な治癒魔法は誰にでも使えるものなので、これから旅に出られるのですから、覚えておいて損はないと思います。薬草は高価ですし。」
「・・・薬草って高いのか?」
「はい。1つ40エニーもしますし、長期間の保存はできないそうです。その分、少々の怪我でしたらすぐに治る程の効力があるそうなので、万一に備えて少しはあった方がいいとは思いますが。」
「なるほど。」
そういう位置取りの物なのか。そりゃ、常に一定の需要があるわな。
納得していると、不意にセレアの表情が怪訝なものに変わる。
「あの、ご主人様。」
「ん?」
「ご主人様はまだ治癒魔法を使えないんですよね?」
「? おう。そんなのがあるって知ったのが今だからな。」
「では、今まで怪我をされた時はどうされていたんですか?」
「怪我なんてした事ないぞ。」
「え?」
「まぁ、森で迷ったときにすっ転んで擦りむいたりはしたけど。」
「し、しかし、冒険者ギルドの依頼を受けてらしたんですよね?あんな短期間で私を引き取ってくださるのに充分な資金を準備してくださったんですから。」
「おう。討伐系のな。あれが1番効率良かったし。」
「お1人で、ですよね?」
「うん。」
「・・・・ご主人様は何かと規格外なんですね・・・」
何やら、いろんな事を諦めたような顔でセレアが呟く。
多分、俺の戦闘能力は何かのチートが働いてるっぽいから、いっそいろいろ諦めてもらった方が話が楽な気もする。するんだけど、なんだかなぁ。
「さて、そろそろ風呂入って寝るかぁ。明日から少し忙しくなるしな。」
露骨に話を逸らしてみる。まぁ、実際に結構話し込んでたし。
「はい。では、ベットを整えておきますね。」
「セレアは入んないのか?」
「え?」
「ここの風呂、結構広くて気持ちいいぞ。それに、入る時は貸し切りだから他の奴の目も気にしなくて大丈夫だし。」
「いっ、いいえっ!そ、そんな贅沢な事できませんっ。私なんて水浴びで充分ですっ。」
「こらこら。いくらなんでも水浴びはないって。夜は涼しいんだから、風邪ひくぞ?」
「し、しかし・・・」
「風呂、嫌いか?」
「い、いえ。入った事がありません。入浴は王族や貴族、あとは富裕層の特権ですから。」
「へぇ。そういうもんなのか。じゃあ、なおさら興味はあるんじゃないのか?」
「え、と・・・それは、その・・・」
「元の世界じゃ風呂は日常だったから、俺なんかほぼ毎日だぞ?」
「そ、そうなんですか?」
「おう。家に風呂があるのが普通だし。まぁ、家の風呂は狭くて足も伸ばせないようなのだけど、ここのは4、5人くらいなら入れそうなくらいに広いからホントに気持ちいい。疲れも取れるし。」
「・・・で、では、お言葉に甘えさせていただいても、よろしいですか?」
「うん。んじゃ、先に入ってきていいよ。受付には俺から言っておくし。」
何故か残念そうな顔をするセレア。
「いっ、いえっ。この上、ご主人様よりも先になんてできませんっ。どうぞご主人様からっ。」
「そうか?んじゃ、お先に。」
そう言って部屋を出ていく。
なんか残念そうな顔してたけど、どうしたんだろ?
俺が風呂から上がり、セレアも入ってきて部屋に再び戻ってきた。
「ご主人様?」
「ん?どした?」
ソファーで寝転びながら、戻ってきたセレアに顔を向ける。
「あの、どうしてソファーに?ベットでお休みになられた方が・・・」
「ベットはセレアが使うんだよ。」
「え!?」
「んなもん当然だろ。女の子にソファーで寝かせて自分がベットなんて選択肢は俺にはないっ。」
「そ、そんなっ。私が我儘を言って一緒に居させていただくんですっ。私なんて床で」
「ダメ。そんなの認めません。」
「し、しかし」
「俺の選択肢にない提案は受け取りません。」
「~~~」
「ええい、謙虚な奴め。んじゃ、命令。ベットで寝ろ。」
そう言うと、セレアが覆い被さるように抱きついてきた。風呂場に置いてあった香料の匂いが僅かに鼻をくすぐる。
「ご主人様は狡いです。命令するのは全部私の為のものばかりで。」
ドギマギしながらも、そっとセレアを抱き返してやる。
「勘違いすんな。これは俺の選択を押し通す為のもんだ。言っちまえば、俺の我儘だな。」
「こんなに優しい我儘なんて聞いた事がありません。」
「んじゃ、これが初だな。」
「もう・・・ご主人様には甘やかされてばかりです。」
「そうかぁ?」
「はい。そうです・・・しかし、やはり私だけがベットを使わせていただくのは心苦しいです。」
「うむぅ・・・」
心苦しいと言われると、これ以上強引にも勧められなくなる。どう納得させるべきか・・
「ですから、その・・・」
どう説き伏せるかを考えていると、セレアはモジモジし始める。
「ご、ご主人様がお嫌でなければ、ですけれど・・・ど、奴隷の身でお、烏滸がましいと思いますけれど、その・・・」
待て。何を言い出すつもりだ?
「ご一緒、させていただく、という事ではいけません、か・・・?」
マジでか!?いや、さっきのセリフで予想は付いてましたましたけどね!?
「きょ、今日は汗もかいていませんし、お風呂にも入らせていただきましたから、その・・・獣臭いなんていう事も、ないかと、思いますし・・・」
はい?獣臭い?
いきなり謎な言葉が出てきて、沸騰しかけた頭が落ち着きを取り戻す。
「セレア?」
「はっ、はいっ。」
「獣臭いって、なんだ?それ。」
「あ・・・その・・」
セレアの声が暗くなる。
「獣人族が人間族によく言われる事で、その、特に私は、よく、言われていましたから・・・ご主人様に良くしていただいて舞い上がってしまっていて、もし、ご不快な」
言葉を中断させるようにギュッと強く抱き締める。
「ご、ご主人様?」
怒りがこみ上げてくる。
なんだよ、獣臭いって。初めて会った時からセレアからはいい匂いしかしないぞ。完全にセレアを侮辱する為だけの言葉だ。しかも、本人がそう思い込んでしまう程に繰り返しに。
「セレアはいい匂いだよ。」
「ぇ・・・」
セレアは俺の上で体を起こして俺を見つめる。
「初めて会った時の事、覚えてるか?」
「は、はい。」
「その時にお茶を煎れてくれたろ?あの時から、セレアからはいい匂いしかしない。」
「・・でも・・・」
セレアの頭を撫でる。
「本当だよ。思い返してもみろ。俺がほんの少しでも顔をしかめた事なんてあったか?」
「い、いいえ。でも、それはご主人様がお優しいから・・・」
「言ったろ?俺は別に特別優しいわけでもなんでもない。臭けりゃ臭いって言うし、嫌な事を進んでやったりもしない。セレアは自分の為にって言ってくれるけど、それはそうしないと俺が嫌だからってだけだ。俺は優しいんじゃない。我儘なんだよ。」
「ご主人様・・・」
「今こうやって言ってるのも、セレアが自分の事をそんな風に思ってるのが気に入らないからだ。俺がいい匂いだって思ってるのに、獣臭いだなんて有り得るか。」
セレアの目が潤み、小刻みに体が震え出す。
「信じられなきゃ、一緒にだって寝てやる。一日中至近距離でいてやる。」
ポタポタとセレアの両目から雫が落ちる。
「もし、セレアにそんな事を言う奴がいたら全力で否定してやる。セレアが俺の言ってる事を信じられるまで、何だってしてやるぞ。」
首に腕を回してガバッと抱きついてくるセレア。
「グスッ・・・分からない、です・・・ずっと・・・ずっと、同族からも・・・・・なのに、ご主人様だけが・・」
「じゃあ、とりあえずは一緒に寝ようか。信じられるまで、ずっとだ。」
「っっ。・・・は、い・・・・はい・・・・・はいっ。」
それから、2人でベットに移り、セレアは俺の胸を掴んだまま俺に抱き包まれるようにしながら、眠りに落ちた。何とも安らかな寝顔を見せて。
しかし・・・
俺が眠れんっ!!!
セレアを慰める為に言ったんでもなんでもなく、掛け値無しにセレアからはいい匂いがする。しかも、セレアは胸を掴んで思いっきり密着したままに寝てるから、柔らかい感触が遠慮無しに伝わってくるのだ。さっきは怒りの余りに一緒に寝るだなんて平気で言えたけど、平静になるとこれはヤヴァイ。
セレアの本意でないままにそういう関係にはなりたくない。なりたくはないが、これはいつまで理性を保てるのか全く自信がない。でも、セレアがもう大丈夫だと言うまでは一緒に寝るのを止めるわけにもいかない。俺からそれを言うと、コンプレックスを抱えたセレアには絶対に誤解しか与えない。
耐えるしかないよなぁ・・・明日からは依頼で徹底的に体を酷使しよう。邪念が入る余地がないくらいに疲れ果てればなんとかなる・・・・・筈だよな?
なんか、重大な見落としをしている気がするものの、沸騰しかけた頭ではそれが何なのかどうしても分からず、夜が更けていくのであった。
今回、セレアの指摘で明らかになった能力は【魔力操作】です。これは必要な時に必要な魔力を十全に扱えるというものです。本来は、高度な魔力制御を要する魔法でも、剣を振りながら難なく扱えるというとんでもチートなんですが・・・主人公は魔術師ギルドの存在を失念してしまっていた為に魔法を知らず、無自覚に行使している為にただの高等技術と化してしまっています。
魔術師ギルドで真面目に魔法を扱えるようになろうとすれば自覚する筈なんですが、この無自覚チート主人公はどうなる事やら・・・
では、<小心者の物語>、一旦の閉幕とさせていただきます。次回もお付き合いいただれば幸いです。
2016/4/9 本文の一部を修正しました。