ペンは剣よりも自動小銃よりも強い
また、部屋に入る。
見慣れたというより見飽きた八畳洋間。出口である様子は無い。
「いらっしゃい」 老人が声を掛けてくる。
「どうも」 わたしは適当に声を掛ける。
またゲームが始まる。
扉を閉めると同時に、がちゃりっと鍵が掛かる音がする。
中央にある椅子に腰掛ける。老人と丸テーブルを挟んで向かい合う。たまには気の利いたことを言ってくれないかしら。「今日は良い天気ですね」とか。この迷宮からは空はみえないけれど。
「それでは問題を提示します」
老人はリモコンを持って操作した。壁に掛かったモニターが作動する。
モニターに問題が表示される。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ペンは剣よりも強い例を示せ
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「実際に剣より強いペンってなかなか無いわよね」
老人はわたしの言葉にコメントしてくれなかった。この老人のペンは強そうだ。
「それでは始めます。考慮時間は一時間です。私より“面白い答え”を提示してください」
老人が砂時計をひっくり返す。考慮時間の始まりだ。
ペンは剣よりも強し。イギリスの小説家リットンの戯曲「リシュリュー」にある「The pen is mightier than the sword.」のこと。ペンで表現されるものは世論を動かし、武力以上に強い力を発揮するということ。
「おじいさん。“ペンは剣よりも強し”の意味はペンで書いたものは大衆を動かすことが出来るから剣よりも強いっていうことだよね」
「その通りです」
「おじいさん、戯曲リシュリーの内容は知っている?」
「ゲームの運営に関わる質問には答えられません」
「ゲームの答えを考えるのに必要だから答えてもらえる?
諺としての“ペンは剣よりも強し”の意味と戯曲の使われ方は意味がちょっと変わってくるから」
「ゲームの運営に関わる質問には答えられません」
これでも答えてくれないのか。少しでも老人の個人情報に引っかかるなら、答えを導くのに必要だとしても質問に応じてくれない。徹底した仕事ぶりだ。
仕方無い。こちらから確認させてもらおう。
「日本の諺だと、“権力に対抗するためにマスメディアが努力する”みたいないみだけど、戯曲だと“私がペンでサインをすればお前を牢屋に送ることも死刑にすることも出来る”という脅し文句なのよ」
わたしは丸テーブルに置いてある紙とペンを手に取る。そう、このペンがお題だ。よくある黒のボールペン。
「おまえ、剣に勝てるのか?」
わたしはペンに話しかける。当然返事は無い。
砂時計の砂が落ちきった。一時間の考慮時間が終わった。
「それでは解答を提示します」
老人が解答を書いたホワイトボードをこちらに見せる。
「 記録が残る 」
老人はホワイトボードを見せると同時に口に出して読んだ。
「そっか」
わたしは内心焦っていた。焦りを顔に見せないように必死だった。わたしの解答と方向性が違う。
「剣で斬るのは一瞬ですが、文章ならば後世の人間にも影響を与えられます。ペンの力は広く長いという点で剣よりも強いと考えます」
まずい。わたしの解答と方向性が違っていて“より面白い答え"にならないかもしれない。“これも面白いけど、それも面白いよね”みたいな馴れ合いで判定が怪しくなるかもしれない。
いや。でも書いたものは仕方が無い。老人の言うとおりペンで書いたものは記録が残る。逆に言うと一度書いたことは消せない。もうこのまま勢いで乗り切るしかない。
「解答を提示してください」
「はい」
わたしは老人にホワイトボードを見せた。
「 怖い絵を描く 」
わたしは堂々と宣言した。
「剣で振り下ろして相手を斬るまでの時間より、怖い絵を見てショックを受けるまでの時間のほうが短いわ」
なんていったって絵を見る速さは光の速さだ。剣で斬るよりも遥かに速い。ペンで文章を書くと読むのに時間がかかるけれど、絵なら一発で意図が伝わる。一発で相手を失神させれるような絵が描けるかどうかは置いといて。
老人の解答は範囲と持続。わたしの解答は速度。まったく違う尺度でペンと剣を比べている。
「あれ?」 そこでわたしは違和感を覚えた。
「どうかしましたか?」
「おじいさんの解答って“ペンは剣よりも強し”の意味そのままじゃない?」
わたしが戯曲の意味を解説したせいで忘れかけていたけれど、範囲と持続ってそのまま「大衆を動かす」を詳しく説明しただけじゃない。
老人は大きく頷いた。
「よろしい。進みなさい」
「どうも」
わたしは席を立ち、前へ進む。部屋の奥の扉を開ける。
「ねぇ、おじいさん」
わたしは背中越しに老人に尋ねる。
「わたしはあと何回勝てば、この迷宮から抜け出せるの?」
「ゲームの運営に関わる質問には答えられません」
相変わらずそっけない対応だった。




