蓋付の茶碗
また、部屋に入る。
見慣れたというより見飽きた八畳洋間。出口である様子は無い。
「いらっしゃい」 老人が声を掛けてくる。
「どうも」 わたしは適当に声を掛ける。
またゲームが始まる。
扉を閉めると同時に、がちゃりっと鍵が掛かる音がする。
中央にある椅子に腰掛ける。老人と丸テーブルを挟んで向かい合う。目と目があうけれど恋など生まれるはずもない。
「それでは問題を提示します」
老人はリモコンを持って操作した。壁に掛かったモニターが作動する。
モニターに問題が表示される。
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蓋付の飯茶碗に飯がよそってある。
この蓋を外さずに飯を食べるにはどうすればよいか。
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「一休さんかしら?」
昔読んだ本に似たような話があったような気がする。あれはどうやって解決した
のだったかしら。忘れちゃった。
「それでは始めます。考慮時間は一時間です。私より“面白い答え”を提示してください」
老人が砂時計をひっくり返す。考慮時間の始まりだ。
「おなかが空いたわ。メニュー表を頂戴」
「どうぞ」 老人がメニュー表を見せてくれる。
わたしは20ページのメニュー表をめくって昼ごはんに食べるものを探す。
「よし、これにする」
わたしは焼き鮭定食を指さした。
老人はリモコンを操作する。
五分後。モニターの下に小さな隙間が開いた。そこからトレイに乗った焼き鮭定食が出てくる。老人はトレイを受け取ると私の前に差し出す。
「どうぞ」
わたしは目の前に出てきた焼き鮭定食を見る。
「蓋ついてないの!?」 わたしは思わず叫んだ。
定食だから当然ご飯はある。あるけれど蓋はついておらず、ぴかぴかの白米からもくもくと水蒸気が出ている。
「ちくしょう」
何かのヒントになるかと思って、定食を頼んだのに。わたしは無念をかみ締めながら焼き鮭にかじりつく。
「おじいさんは何か食べないの?」
この迷宮に入ってから、時計を見ていないので正確には分からないが、そろそろ昼飯時だと思う。
「ゲームの運営に関わる質問には答えられません」
ただの世間話も許してくれないのである。
考慮時間は残り四十分。
わたしは丸テーブルに置いてある紙とペンを手に取る。しかし今回もペンで書くようなことはあまりない。蓋付の茶碗。当然、普通に考えれば蓋を開けないとご飯は食べられない。蓋に穴が空いているわけではないので食べられない。鍋の蓋程度の穴じゃ米粒じゃ通らないから、大きな穴が必要だ。大きすぎて蓋の意味がないくらいの穴が必要だ。
茶碗にも穴は無いし、閉じ込められたご飯を救出してあげないといけない。そんな手品がありそう。生憎わたしは手品の素養は無いので、どうすればご飯をいただけるのか分からない。
「蓋を外さないで食べる方法ねぇ」
蓋を外さなくても保温性抜群の茶碗が未来になったら出来るのかな。
砂時計の砂が落ちきった。一時間の考慮時間が終わってしまった。
「それでは解答を提示します」
老人が解答を書いたホワイトボードをこちらに見せる。
「 茶碗ごと食べる 」
老人はホワイトボードを見せると同時に口に出して読んだ。
「びっくりした」
わたしは目が丸くなった。この老人の発想力はなかなか猟奇的というか斜め上をいくものだった。陶磁器を食べるなんてナナツバコツブムシもびっくりだ。
「現実的には食べられる素材で茶碗と蓋を作って頂きたい」
それもそうか。陶磁器に歯が負ける様子しか想像していなかったけれど、食べられる茶碗だったのね。
「解答を提示してください」
「はい」
わたしは老人にホワイトボードを見せた。
「 ひっくり返して茶碗をとる 」
わたしは堂々と宣言した。
「蓋の上に乗ったご飯を食べるのよ」
これならどんな茶碗でも蓋を外さずにご飯を食べることが出来る。蓋が取れないなら茶碗をとれば良い。物理的に逆転の発想だ。バランス崩れて、ご飯がこぼれるかもしれないけれど。
老人は大きく頷いた。
「よろしい。進みなさい」
「どうも」
わたしは席を立ち、前へ進む。部屋の奥の扉を開ける。
「ねぇ、おじいさん」
わたしは背中越しに老人に尋ねる。
「わたしはあと何回勝てば、この迷宮から抜け出せるの?」
「ゲームの運営に関わる質問には答えられません」
相変わらずそっけない対応だった。