透明人間の同一性
また、部屋に入る。
見慣れたというより見飽きた八畳洋間。出口である様子は無い。
「いらっしゃい」 老人が声を掛けてくる。
「どうも」 わたしは適当に声を掛ける。
またゲームが始まる。
扉を閉めると同時に、がちゃりっと鍵が掛かる音がする。
中央にある椅子に腰掛ける。老人と丸テーブルを挟んで向かい合う。この老人はどういう気持ちでわたしと知恵比べをしているのだろうか。給料良いのかな。
「それでは問題を提示します」
老人はリモコンを持って操作した。壁に掛かったモニターが作動する。
モニターに問題が表示される。
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透明人間にしか出来ないことは何か?
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「随分と非現実的な問題ね」
「それでは始めます。考慮時間は一時間です。私より“面白い答え”を提示してください」
老人が砂時計をひっくり返す。考慮時間の始まりだ。
透明人間ね。
「透明人間っていうのは、他の人から見えないって言うこと?」
「その通りです」
「壁のすり抜けとかはできないのね?」
映画によっては壁をすり抜けられる透明人間がいた気がする。
「ありません。他の人から見えていないというだけです」
「おじいさん。透明人間を見たことがある?」
「ゲームの運営に関わる質問には答えられません」
見えないから透明人間というのに、透明人間を見たことがある人がいるはずがない。
相変わらず釣れないのである。
わたしは椅子から立ち上がった。
「どちらへ?」 老人が尋ねる。
「お花を摘みに」
わたしは部屋の横についているドアをあけてトイレに入る。
迷宮のすべての部屋の横にはトイレが着いている。老人との睨めっこに疲れたらここにくるようにしている。
「透明人間ね」
透明人間と聞いてまっさきに思いつくことは、覗きと万引きである。いずれにせよ犯罪だ。そんな答えを出してもゲームに勝てないだろう。あとはせいぜい友達をおどろかすぐらいのことだろう。
しかし、透明人間か。透明人間が現実にいたら、どうなるのか。わたしがこうしてトイレにいる様子も覗かれているのか。想像すると怖くて身震いする。
トイレから戻るとわたしは丸テーブルに置いてある紙とペンを手に取る。
今回もペンで書くようなことはなさそうだ。考えることは犯罪以外の答えをを出したい。どうして透明人間で出来ることと言ったら犯罪しか思いつかないのだろう。「空を自由に飛べたら」だったらもっと夢のある発送が出来たのに。すずめと散歩するとか町の鳥瞰図を描くとか。透明人間は抑圧された人間の欲望の産物なのだろうか。
日常生活を考えてみよう。人に見られて困ることはあるか。常日頃から品行方正に生活している人にとっては透明になろうとなるまいと行動は変わらないような気がする。誰にも暴かれないからといって悪いことをするような人間にはなりたくない。だからと言って善行ばかり積んでいるとも言いがたいけれど。
砂時計の砂が落ちきった。一時間の考慮時間が終わった。
「それでは解答を提示します」
老人が解答を書いたホワイトボードをこちらに見せる。
「 警察の潜入捜査 」
老人はホワイトボードを見せると同時に口に出して読んだ。
「あら、なるほど」
「犯罪捜査など警察には人に見られると困ることがいっぱいあります。透明人間になれば捜査の幅が広がります」
わたしは感心していた。透明人間になって出来ることと言えば思いつくほとんどが犯罪だった。しかし逆に犯罪を取り締まることも出来るとは、なかなか面白い逆転の発想だった。ぜひとも悪用せずに使ってほしい。
「解答を提示してください」
「はい」
わたしは老人にホワイトボードを見せた。
「町のごみ拾い」
わたしは堂々と宣言した。
「説明してください」
「町のごみ拾いよ。道路に落ちている空き缶や吸殻を拾うの」
「それは透明人間でなくても出来ます」
「出来ないわよ。少なくともわたしには」
「なぜですか?」
「“わたしは善い人です”ってアピールするようで、あざといもの」
わたしは肩をすくめて言った。
「学校みんなでごみ拾いしましょう、とかだったら喜んでするけれど。
一人で何の気もなしで唐突に、大きな袋と火バサミを持ってごみ拾いなんて、自分を持ち上げようと小ずるい考えが透けて見えるようで嫌だわ。透明人間だけに透けて見えるわ」
老人はわたしの冗談には反応しなかった。
「それはかなり穿った特殊な見方でしょう」
「そうかしら? 何かきっかけがないと人ってなかなか善いことって出来ないものよ。困っている人がいても、手を差し伸べるにはかなりの勇気がいると思うわ。自分では善いことしても、他人から見たら“善人という評価を受けるためだけにやった卑しい行動"だと思われるかもしれない。でも、透明人間になれば誰かに後ろ指をさされることなく善いことが出来る」
老人は納得したような納得していないような顔をしていた。単にいつも通りの無表情というだけだけど。
老人は大きく頷いた。
「よろしい。進みなさい」
「どうも」
わたしは席を立ち、前へ進む。部屋の奥の扉を開ける。
「ねぇ、おじいさん」
わたしは背中越しに老人に尋ねる。
「わたしはあと何回勝てば、この迷宮から抜け出せるの?」
「ゲームの運営に関わる質問には答えられません」
相変わらずそっけない対応だった。