待ちぼうけ
また、部屋に入る。
見慣れたというより見飽きた八畳洋間。出口である様子は無い。
「いらっしゃい」 老人が声を掛けてくる。
「どうも」 わたしは適当に声を掛ける。
またゲームが始まる。
扉を閉めると同時に、がちゃりっと鍵が掛かる音がする。この迷宮に来た最初の頃は逆走を試みたこともあるが出来なかった。
中央にある椅子に腰掛ける。老人と丸テーブルを挟んで向かい合う。さっきまでいた部屋にいた老人と同じ顔をした老人だ。この顔の老人は一体何人いるのだろうか。少なくとも三十人は超えている。五つ子もびっくりだ。
「それでは問題を提示します」
老人はリモコンを持って操作した。壁に掛かったモニターが作動する。
モニターに問題が表示される。
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ウサギのいない山がある。この山でウサギ狩りをしようと思う。
どうすればよいか。
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「待ちぼうけ?」
頭の中に北原白秋が浮かんだ。ウサギ狩りといったら待ちぼうけだ。
老人はわたしの言葉にコメントしてくれなかった。頭の中では待ちぼうけのメロディがついて離れないくせに。
「それでは始めます。考慮時間は一時間です。私より“面白い答え”を提示してください」
老人が砂時計をひっくり返す。考慮時間の始まりだ。
「それよりお腹が空いたわ。おやつを食べさせて」
わたしは考えるのを後回しにした。頭を回すのは糖分を摂取してからだ。甘いものを食べると頭の回転が良くなるという科学的根拠があるかどうかは知らないが。
「どうぞ」 老人がメニュー表を見せてくれる。
「これ」 わたしは即座に決める。
チョコレートパフェホットファッジソース。
老人はリモコンを操作する。
五分後。モニターの下に小さな隙間が開いた。そこからトレイに乗ったパフェが出てくる。老人はトレイを受け取ると私の前に差し出す。
「どうぞ」
「頂きます」 わたしは両手を合わせた。
この迷宮では食事は全て無料だ。メニュー表にあるものならいくら頼んでもいい。この迷宮がいつまで続くか分からないがメニュー表のパフェは制覇したいと思っている。残り十二種類。
濃厚で暖かなファジーソースが舌を優しく撫で回す。これはいい。
わたしは十分かけてパフェを堪能した。
考慮時間は残り四十五分。
わたしは丸テーブルに置いてある紙とペンを手に取る。今回はペンで書くようなことはあまりない。
しかしウサギ狩りとは物騒な話だ。現代の日本でウサギは愛玩動物だ。狩ろうものなら至る所から抗議が沸く。日本では江戸時代くらいなら食べていたらしい。いまでも食べる国があるようだ。
そんなことはさておき。ウサギだ。
いないはずのウサギを狩らないといけない。もとからウサギはいないのだから、待ちぼうけみたいに切り株の前で座って待っていてもウサギが捕まることはない。
問題はいないウサギをどうやって呼び込むかだ。
ここで一番してはいけない答えは「自分でウサギを放してから狩る」というこたえだろう。そんなありきたりな答えを言うようではゲームに負けてしまう。
だからといって名案は無い。せっかくパフェを食べてよく回る頭にしたのに思いつかないものは思いつかない。名案が浮かぶのを待ちぼうけている気がする。
もう頭から待ちぼうけのメロディが離れない。
砂時計の砂が落ちきった。一時間の考慮時間が終わってしまった。今回の考慮時間は短かった気がする。いや気がするだけではない。パフェを食べていたから実際に考えていた時間が短い。
「それでは解答を提示します」
老人が解答を書いたホワイトボードをこちらに見せる。
「 リスを狩る 」
老人はホワイトボードを見せると同時に口に出して読んだ。
「ウサギじゃないの?」
「生物学上はウサギとリスはかなり近いです。大きくて耳の長いリスを狩って、これはウサギだ、と言うと信じる可能性は高いと思われます」
確かに見た目も似ている気がするけれども。
「解答を提示してください」
「はい」
わたしは老人にホワイトボードを見せた。
「 山にウサギが発生するのを待つ 」
わたしは堂々と宣言した。
「今、山にウサギがいないからって未来にもいないとは限らないじゃない。
ウサギが他の山からやって来たり、町から逃げ出したウサギが住み着いたりするのを待つのよ。何年でも何十年でも」
わたしはパフェのスプーンを老人に向けた。とくに意味は無い。格好良くしてみたいだけだ。
「これが本当の待ちぼうけよ」
あんまり格好つかない台詞だった。
老人は大きく頷いた。
「よろしい。進みなさい」
「どうも」
わたしは席を立ち、前へ進む。部屋の奥の扉を開ける。
「ねぇ、おじいさん」
わたしは背中越しに老人に尋ねる。
「わたしはあと何回勝てば、この迷宮から抜け出せるの?」
「ゲームの運営に関わる質問には答えられません」
相変わらずそっけない対応だった。