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沈没船の船長

 また、部屋に入る。

 見慣れたというより見飽きた八畳洋間。出口である様子は無い。

「いらっしゃい」 老人が声を掛けてくる。

「どうも」    わたしは適当に声を掛ける。

 またゲームが始まる。


 扉を閉めると同時に、がちゃりっと鍵が掛かる音がする。

 中央にある椅子に腰掛ける。老人と丸テーブルを挟んで向かい合う。さっきまでいた部屋にいた老人と同じ顔をした老人だ。この顔にも見飽きた。

「それでは問題を提示します」

老人はリモコンを持って操作した。壁に掛かったモニターが作動する。

 モニターに問題が表示される。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

   あなたは船の船長である。五人の友人とともに航海に出た。

   突如、船が大岩に激突した。船は今にも沈みそうである。

   あなたは救命胴衣を見つけたが一着しかない。

   その一着は誰に与えるか。

   五人の職業は、美容師、医師、調理師、教師、漫才師、である。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「心理テストみたいな問題ね」

よく雑誌のおまけコーナーにある心理学とはいえない思いつきで書いたような問題だった。選んだ職業があなたの将来結婚したい職業相手です、みたいな。

 老人はわたしの言葉にコメントしてくれなかった。相変わらず仕事熱心な人だ。

「それでは始めます。考慮時間は一時間です。私より“面白い答え”を提示してください」

 老人が砂時計をひっくり返す。考慮時間の始まりだ。


 さてさて。どの職業を優先的に生かすかという問題である。選択肢は自分を含めて六人。しかしここで自分を選ぶことはないだろう。船長が真っ先に逃げ出すなんて規則や職業倫理に照らしてみてもやってはいけにないことだ。

「救命胴衣をなんとか工夫して持って、六人全員助けるなんてことはない?」

「出来ません。優先的に助けるのは必ず一人です」

「自分はともかく、五人のプロフィールは分からないの? 

 年齢とか性別とか趣味とか特技とか」

「自分を含めて五人の違いは職業のみとします。職業以外の条件はすべて同じものとして考えてください」

 映画とかでこういった場面だと「女子供は先に行け」みたいな台詞が聞けることだろう。しかし全員女だったら誰を優先していいか決めづらい。

「他に船員はいないの?」

「いません。乗組員は自分と五人の友人のみです」

「なんでみんな師がつくの? おじいさんの趣味?」

「ゲームの運営に関わる質問には答えられません」

「おじいさん、船に乗ったことある?」

「ゲームの運営に関わる質問には答えられません」

「おじいさん、歳はいくつ?」

「ゲームの運営に関わる質問には答えられません」

「もしかして、戦艦に乗って戦争に行ったことがあるとか?」

「ゲームの運営に関わる質問には答えられません」

相変わらず釣れないのである。


わたしは丸テーブルに置いてある紙とペンを手に取る。今までに集めた情報を整理して考える。というか妄想してみる。

 わたしは船の船長だ。五人の友人とともに航海に出る。しかしこの六人はどうやって知り合ったのだろう。美容師、医師、調理師、教師、漫才師とばらばらな職業の人間達が友達になる機会なんてそうそうないはずだ。高校の同級生とかだろうか。だとしたら複雑な人間関係があるかもしれない。みんなの手前、仲良くしている振りだけはしているけど、あいつのこと実は嫌い、とかとか。そんなことはともかく。

 この五つの職業だと医師が良いほうに目立つ。一番学歴が必要だし高給なイメージもある。しかしだからといって優先的に助けるべきかどうかは考え物だ。他の職業を軽んじているような感触は持ちたくない。

 学歴だけで言うならば漫才師は学歴が必要ない。だから優先的に死んでもいいかと言われると困る。人の命の重さは学歴で判断できるようなものではないと思う。

「まったく」 わたしは天井を仰ぎ見た。

救命胴衣くらい人数分用意しろよ。


砂時計の砂が落ちきった。一時間の考慮時間が終わった。

「それでは解答を提示します」

老人が解答を書いたホワイトボードをこちらに見せる。

「 医師 」

老人はホワイトボードを見せると同時に口に出して読んだ。

「あら、どうして?」

「船が沈没して、六人で漂流することになった場合、他の者の手当てが迅速にかつ正確に行える医師の体調を最優先にしておくことが、一人でも多くの人間を救うこととなります」

 わたしはそれなりに納得していた。遭難したときの場合ね。

 船が沈没して救命胴衣も無かったら、そのまま沈んでいくものだと思っていた。どこかに流れ着くこともあるわよね。そのことを考慮して医師というわけね。

「解答を提示してください」

「はい」

わたしは老人にホワイトボードを見せた。

「一番近くにいる人」

わたしは堂々と宣言した。

「職業以外の条件はすべて同じです」

「位置情報まで同じなわけがないでしょ。必ず全員が違う場所に立っているはずよ」

「位置もすべて同じと仮定して考えてください」

「だったら、一番早く来た人でもいいわ。

 重要なのは、くだらないことで揉めずに迅速に行動することよ。

 慌てて救命胴衣を着に来た人を、おまえは医師でないから着ることは出来ないなんて言えないわよ。暴動になるわ。それなら分かりやすく早い者勝ちにする方が良い。変に理屈をこねくり回すより納得できるわ。一分一秒を争う場面だもの。救命胴衣を着る人は早く決めてしまって、残りの人たちが生き残る道を迅速に見つけるべきだわ」

 そう、現実の場面なら職業がどうのと言っていられない。

「それにね。船が大岩にぶつかったなら、泳いでその大岩に避難すればいいじゃない」



 老人は大きく頷いた。

「よろしい。進みなさい」

「どうも」

わたしは席を立ち、前へ進む。部屋の奥の扉を開ける。

「ねぇ、おじいさん」

わたしは背中越しに老人に尋ねる。

「わたしはあと何回勝てば、この迷宮から抜け出せるの?」

「ゲームの運営に関わる質問には答えられません」

相変わらずそっけない対応だった。







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