自分勝手なチェス
赤いドレスを翻して、また部屋に入る。
見慣れたというより見飽きた八畳洋間。出口である様子は無い。
「いらっしゃい」 老人ではない人が声を掛けてくる。
「あんたかよ」 わたしは不機嫌を隠すことなく声を掛ける。
またゲームが始まるのか。
とりあえず扉を閉めた。がちゃりっと鍵が掛かる音がする。
今回の相手は男だった。
「それじゃあ問題を出すぞ」
男はリモコンを持って操作した。壁に掛かったモニターが作動する。
モニターに問題が表示される。
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チェス
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「普通の知恵比べになったわね」
最近にしては珍しく運の要素が無い。
「それじゃ始めるぞ。制限時間は一時間だ。俺にゲームで勝て」
男が砂時計をひっくり返す。
「わたし、チェスのルール知らないわよ」
勿論、嘘だけど。チェスならきちんと知っている。割と強い。
「安心しろ。俺も知らない」
「なんでこの問題にしたのよ!」
なんなんだこいつ。なんでここにいるんだよ。
「チェスはチェスだが、動き方は自分で決めて良い」
「自分で決めて良い?」
「ああ、交互に自分の駒を動かしていって相手のキングを取れば勝ちだ」
それはチェスと言っていいのだろうか。
「予め駒の動き方は紙にメモしておけ。ゲーム中はその動かし方を代えてはいけない。ただし、その動かし方は相手に見せる必要は無い。ゲーム終了後に不正が無かったか調べるがな」
なるほど。相手がどのような動き方を知らないままでチェスをしろということね。
わたしは丸テーブルに置いてある紙とペンを手に取る。封筒と紙が六つずつ配られる。それに動かし方を記入する。
チェスの駒は六種類。Kキング、Qクイーン、Rルーク、Bビショップ、Nナイト、Pポーン。これらの動かし方を決める。
「あんた、囲碁は出来ないって言っていたわね。将棋は出来るの?」
「いや。知らん」
本当になんでこの男はこの知恵比べの館にいるのだろうか。
砂時計の砂がそろそろ落ち切りそうだ。
「それじゃ、ゲームを始めましょう」
男が両手に白のポーンと黒のポーンを一つずつ隠し持つ。
「どっちを選ぶ?」
トスと呼ばれる先手後手の決め方。白いポーンを選べばこちらが先手となる。脳内シュミレーションによればこのゲームは圧倒的に先手が有利だ。白を選びたい。
「こちらよ」 わたしは男の左手を指差す。
男が手を開く。その手に握られていたのは黒のポーンだった。
「それじゃ、俺の先手だな」
男はにやにやと腹立たしい顔をしていた。おそらくイカサマだろう。やはり男も
このゲームは先手が圧倒的有利だということは分かっているらしい。
こっちもイカサマで先手を取ればよかった。
「よし、始めるぞ」
男が白で先手。わたしが黒で後手。
男が駒を動かす。
Pa7xe2+
男の端にあった黒いポーンがいきなり、こちらのキングの目前に来た。こちらのポーンが一つ取られる。
「うん。まぁそうでしょうね」
「こちらの駒はすべておまえのキングの前に行けるようになっている。このままチェックが続いて受ける駒が無くなった時点でおまえの負けだ」
訊いてもいないのに、駒の動かし方を教えてくれた。
「はい、じゃあわたしの番ね」
わたしは自分のポーンを持って、相手のキングを倒す。
Pd2xe8+
「はい。終わり」
「ちょっと待て。こっちのキングの前にはポーンがいるんだぞ。そんな動き方が出来るか」
「出来るわよ。もともとのチェスだってナイトは他の駒を飛び越せるもの。
チェスも将棋もしらないあんたにそんな発想は無かったでしょうけどね」
男は大きく頷いた。
「オッケー。進みな」
「どうも」
わたしは席を立ち、前へ進む。部屋の奥の扉を開ける。
「ねぇ、あんた」
わたしは背中越しに男に尋ねる。
「わたしはあと何回勝てば、この迷宮から抜け出せるの?」
「そのうち出れるさ」
腹立たしい対応だった。
男の封筒の中身
キング :どこでもいける。
クイーン :どこでもいける。
ルーク :どこでもいける。
ビショップ :どこでもいける。
ナイト :どこでもいける。
ポーン :どこでもいける。
サイリの封筒の中身
キング :相手の駒を飛び越してどこへでもいける。
クイーン :どこへでもいける。
こちらが本当のキング。
キングがとられても、この駒が盤上に有る限りゲームは続く。
ルーク :どこへでもいける。
キングとクイーンが取られたとき、
この駒がキングの役割をすることが出来る。
ビショップ:どこへでもいける。
この駒が相手に取られたとき、次の手番で
もう一つのビショップが相手のキングを取ることが出来る。
ナイト :どこへでもいける。
この駒が相手に取られたとき、次の手番で
もう一つのナイトが相手のキングを取ることが出来る。
ポーン :相手の駒を飛び越してどこへでもいける。
この駒は相手に飛び越されない。




