碁石と偶数
赤いドレスを翻して、また部屋に入る。
見慣れたというより見飽きた八畳洋間。出口である様子は無い。
「いらっしゃい」 老人ではない人が声を掛けてくる。
「あんたかよ」 わたしは不機嫌を隠すことなく声を掛ける。
またゲームが始まるのか。
とりあえず扉を閉めた。がちゃりっと鍵が掛かる音がする。
今回の相手は男だった。男っていうのも不便だな。脳内二人称は何にしようかしら。考えておこう。
「それじゃあ問題を出すぞ」
男はリモコンを持って操作した。壁に掛かったモニターが作動する。
モニターに問題が表示される。
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ニギリ
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「今日のお昼ご飯は寿司にするわ」
問題にもなっていなかった。しかしお腹が空いたから、注文することにした。
「それじゃ始めるぞ。制限時間は一時間だ。俺にゲームで勝て」
男が砂時計をひっくり返す。
「メニューを頂戴。寿司を食べるわ」
「ほらよ」
男がぞんざいにメニュー表を渡してくる。
「はい。これ」
わたしは三秒で寿司を探し当てて注文した。寿司セット松。
男はリモコンを操作する。
五分後。モニターの下に小さな隙間が開いた。そこからトレイに乗った寿司桶が出てくる。男はトレイを受け取るとわたしの前に差し出す。
「ほら、どうぞ」
「頂きます」 わたしは両手を合わせた。
「俺にはくれないのか?」
「あげるわけ無いでしょ」
わたしは食べることに集中した。
「で、ニギリって何?」
寿司を食べ終わって、ようやく問題に取り掛かる。残り時間は四十五分。
「囲碁で先手後手を決めるときにやるやつだ」
「あんた、囲碁なんて出来るの?」
「いや。知らん」
わたしはやるせない気持ちになった。
「わたしも知らないから説明して」
わたしは本当は知っている。けれど知らない振りをして説明を聞きだすことにした。
男が碁笥をテーブルに置いた。
「俺がこの中から白石をいくつか掴む。お前はそれが奇数か偶数かを当てればいい」
「ああ、そうね。分かったわ」
本当は分かっていたけれど、今分かった振りをしておいた。
わたしがやることは単純で、奇数か偶数かを当てるだけ。確率は二分の一。トランプの種類を当てるよりは良心的なゲームだ。
「その白石を見せて」
「ほら」
男は碁笥ごとわたしに差し出した。蓋を取ると中に大量の白石が見えた。
「数えていい?」
「どうぞ。ただその中から俺がいくつ取るかは分からないぞ」
「知っているわよ」
わたしは碁笥の中から石を出して数えだした。きちんと揃っていれば白石は180個あるはずだ。男はこの中から石をいくつか取り出す。石の大きさからすると片手で握れるのは二十個が限界になる。
わたしは白石を数え終わると、次は黒石を数え出した。
砂時計の砂がそろそろ落ち切りそうだ。
「それじゃ、ゲームを始めましょう」
わたしは男に碁笥を差し出した。
「よし、いくぞ」
男は蓋を取って、石を適当に掴む。
「さて、奇数か偶数か?」 男が訊く。
「偶数よ」 わたしは堂々と宣言した。
男が手を開いて、石をテーブルに広げる。
1、2、3、……、13個
「残念、奇数だ」 男は唇の端を持ち上げる。
「いえ、偶数よ」
「13個なんだが」
「いえ、0個よ。ニギリで掴むのは白石よ。黒石を何個掴んでも0個よ」
男に碁笥を渡すときに摩り替えておいた。これならいくら掴んでも0個で偶数だ。
男は大きく頷いた。
「オッケー。進みな」
「どうも」
わたしは席を立ち、前へ進む。部屋の奥の扉を開ける。
「ねぇ、あんた」
わたしは背中越しに男に尋ねる。
「わたしはあと何回勝てば、この迷宮から抜け出せるの?」
「そのうち出れるさ」
腹立たしい対応だった。




