一分の一トランプ
赤いドレスを翻して、また部屋に入る。
見慣れたというより見飽きた八畳洋間。出口である様子は無い。
「いらっしゃい」 老人ではない人が声を掛けてくる。
「あら、誰?」 わたしは警戒心を隠すことなく声を掛ける。
またゲームが始まるのか。
とりあえず扉を閉めた。がちゃりっと鍵が掛かる音がする。
今回の相手は女の子だった。十歳くらいの女の子だった。可愛い。この知恵比べの迷宮に似つかわしくない可愛い少女だった。
「それじゃ問題を出します」
少女はリモコンを持って操作した。壁に掛かったモニターが作動する。
モニターに問題が表示される。
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トランプの種類を当てよ
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「君、可愛いわね」
問題より少女の可愛さの方が気になる。どんな業を背負えば、こんな知恵比べに参加させられるのだろうか。
「それでは始めます。制限時間は一時間です。あたしにゲームで勝ってください」
少女が砂時計をひっくり返す。
「トランプの種類ってなに?」
「あたしがトランプの山の中から一枚引くので、そのトランプが何のマークで何の数字か当ててください」
丸テーブルの上にはトランプの箱が三十箱以上置かれていた。全て同じ柄のトランプだ。これだけのトランプを買うなんてカジノぐらいなものだろう。
「あなたが箱の中身をチェックしてください。チェックが終わったら、あたしに箱を一つ渡してください。あたしはその箱の中から一枚選びます。あなたはあたしが選んだトランプの種類を当ててください」
少女の説明が終わる。相当無茶な問題だった。
トランプのカードは五十二枚+ジョーカー。適当に言って一発で当てるには相当な豪運がいる。サイコロの六分の一なんか桁違いの場合の数になる。
「このゲーム、わたしに不利じゃない?」
「このくらい頑張ってください」
この少女、恐ろしい。
わたしはトランプの中身をチェックをしながら少女との会話を楽しもうとした。
「お嬢さん、お名前は?」
「答えらえません。あたしのことは適当に呼んでください」
「お嬢さん、歳はいくつ?」
「答えられません。適当に想像してください」
「お嬢さん、友達はいっぱいいる?」
「答えられません。適当に想像してください」
「お嬢さん、ゲームとかする?」
「答えられません。適当に想像してください」
まるで親から「個人的な質問がされたらこう答えなさい」と教えられているかのような判を押した答え方だった。何回も何回もその答え方を練習していたかと思うといじらしい。
少女と会話を楽しみたいのもやまやまだけれど、あんまり質問攻めにするのも可哀そうだ。何にしても少女はゲームの運営に関わる質問には答えられないから「答えられません。適当に想像してください」
っていうだけだろう。
砂時計の砂がそろそろ落ち切りそうだ。
「それじゃ、ゲームを始めましょう」
わたしは少女に切り出した。中身をチェックしたトランプの箱を少女に渡す。
少女はトランプから箱を取り出して、シャッフルした。それから一番上のカードを一枚テーブルの上に伏せて置いた。
「それではこのカードを当ててください」
「お嬢さんも見なくていいの?」
「ええ。あたしがこれを見た反応が、あなたへのヒントになってはいけないもの」
「そう」
わたしは頷いた。そしてホワイトボードを少女に見せる。
「 ジョーカー 」
わたしは堂々と宣言した。
「そのカードはジョーカーよ」
少女は伏せられたカードを裏返す。
確かにジョーカーだった。ジョーカーとして描かれたピエロが少女を嘲笑っているようだった。
「なんで分かったの?」
少女がわたしに尋ねる。
「なんでも何も、その箱のトランプは全部ジョーカーよ」
三十箱のトランプをチェックするときにすり替えておいた。一箱にジョーカーが二枚あったおかげで、ジョーカーだけのトランプセットが出来上がった。
少女は大きく頷いた。
「よろしいです。進んでください」
「どうも」
わたしは席を立ち、前へ進む。部屋の奥の扉を開ける。
「ねぇ、お嬢さん」
わたしは背中越しに少女に尋ねる。
「わたしはあと何回勝てば、この迷宮から抜け出せるの?」
「きっと抜け出せます。頑張ってください」
可愛らしい対応だった。




