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六面サイコロ

 赤いドレスを翻して、また部屋に入る。

 見慣れたというより見飽きた八畳洋間。出口である様子は無い。

「いらっしゃい」 老人ではない人が声を掛けてくる。

「あんた、誰?」 わたしは警戒心を隠すことなく声を掛ける。

 またゲームが始まるのか。



 扉を閉めようとして、躊躇った。このまま閉めていいものかしら。

「おっと。早く扉を閉めてくれよ」

謎の男がわたしを見下したような口調で命令する。推定年齢二十代後半。

 わたしは舌打ちしながら、仕方なしに扉を閉める。同時に、がちゃりっと鍵が掛かる音がする。

「それじゃあ問題を出すぞ」

男はリモコンを持って操作した。壁に掛かったモニターが作動する。

 モニターに問題が表示される。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

   サイコロ

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「一体なんなのよ?」

問題にもなっていなかった。

「それじゃ始めるぞ。制限時間は一時間だ。俺にゲームで勝て」

 男が砂時計をひっくり返す。



「いや、あんた誰よ?」

わたしは男に尋ねる。問題どころの問題ではない。さもいつものようにゲームが開始されているけれど、明らかに説明不足だ。

「いつものじいさんが風邪引いたんだよ。特に気にすることじゃねぇだろ」

「気にするわよ!」

風邪引いたなんてありふれた日常感を持ち出さないでほしい。こっちは拉致監禁されて謎ゲームに付き合わされているんだ。それなりの雰囲気を作れよ。

「俺は問題を出す。あんたは問題を解く。それだけ分かっていれば充分だろ?」

「問題が“サイコロ”って何なのよ?」

「ああ。サイコロ振って、俺より目が大きければ勝ち」

「今までの知恵比べと全然違うじゃないのよ!」

なんで当たり前のように話を進められるのか。わたしの把握状況を全く把握してくれていない。もしくはわたしに理解させる気が無いのか。



 丸テーブルにはいつものように紙とペンが置かれている。加えて今回はサイコロが一つ置いてあった。こいつを振って目の前の男より大きい目を出せば勝ちということだ。

「挑戦出来るのは一回だけなの?」

「ああ。一回だけだ。一回で勝ってみせろ」

無茶を言う。

「同じ目だったら?」

「そのときだけ、もう一回やろう」

ルールは把握した。

「よし、やるか」

「ちょっとは考えさせなさいよ! 時間はあるんでしょ!?」

最初に制限時間は一時間だって言っていた。

「サイコロを振るだけなのに、何を考えるって言うんだよ?」

「あんた、頭悪いでしょ?」

負けられないゲームなのだから、ありとあらゆる勝機を見出さないといけない。サイコロを一回投げるだけでも考えられることはいっぱいある。

「おう。俺のことはイケメンと呼べ」

「はいはい」 わたしは適当に流した。

これ以上、この男と話すのも嫌になってきた。老人と違ってお喋りなのは有難いけれど、嫌悪感に耐えられない。

「ちょっとトイレ行って来る」

 一人で落ち着いて考えよう。



 砂時計の砂がそろそろ落ちきってしまう。

「それじゃあ、ゲームするわよ」

わたしはサイコロを持って構える。

「よし。やるか」

男はサイコロを振った。

 六の目を出す。

「お。悪いな。六だ」 男は自信満々な笑みを見せる。

「はいはい」

そうなると思ったわよ。なんかそんな気がしてた。ここは知恵比べの迷宮だ。運だけで勝てるようなゲームはないんだろうな。

「早くサイコロ降りなよ」

男がにやにやとしながら言ってくる。腹立たしい。

「はいはい」

わたしは特に気合も気迫も無くサイコロを振った。

 九の目。

「はい。わたしの勝ちね」

「ちょっと待てよ! なんだよ、そのサイコロ!? なんで九の目なんてあるんだよ!」

 わたしのサイコロはペンで目が書き足してある。実際の目は三の目だけれどペンで目を六つ書いておいた。ちなみにどの目が出ても七以上だから、わたしが負けることはない。

「はいはい。わたしの勝ちだからね。先の扉を開けなさい」

「いや、改造したサイコロは反則だろ」

「絶対に六がでるサイコロを使っておいて何言ってるのよ」

男は驚いていた。

「ああ、ばれていたのか」

「ここは知恵比べの迷宮だもの。確率に頼るようなことはしないでしょ」

わたしは自信満々に言った。

 ちなみに、男のサイコロが絶対に六が出るって言ったのは只のはったりである。まさか本当にイカサマだったとは。



 男は大きく頷いた。

「オッケー。進みな」

「どうも」

わたしは席を立ち、前へ進む。部屋の奥の扉を開ける。

「ねぇ、あんた」

わたしは背中越しに男に尋ねる。

「わたしはあと何回勝てば、この迷宮から抜け出せるの?」

「そのうち出れるさ」

腹立たしい対応だった。 

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