哲学者の長い食事
また、部屋に入る。
見慣れたというより見飽きた八畳洋間。出口である様子は無い。
「いらっしゃい」 老人が声を掛けてくる。
「どうも」 わたしは適当に声を掛ける。
またゲームが始まる。
扉を閉めると同時に、がちゃりっと鍵が掛かる音がする。以前ここに障害物を挟んで鍵が閉まらないようにしたら、老人に阻止されたっけ。
「それでは問題を提示します」
老人はリモコンを持って操作した。壁に掛かったモニターが作動する。
モニターに問題が表示される。
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二人の哲学者がテーブルを挟んで座っている。
テーブルの上には箸が二本置いてある。
哲学者は箸が二本揃わないとパスタを取ることも食べることも
出来ない。また箸は一度に一本しかとれない」
これからウェイターがパスタを持ってくるがその時刻は分からない。
あなたはこれから二人の哲学者に同じ命令をする。
二人の哲学者が公平に食事をするためにはどのようにすればよいか。
ただし哲学者に名前をつけてはいけない。
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「長い!」
過去最高に長い問題だった。しかも難しい。面白い答えどころか普通の答えすら思いつかない。老人も分かっていないに違いない。
「それでは始めます。考慮時間は一時間です。私より“面白い答え”を提示してください」
老人が砂時計をひっくり返す。考慮時間の始まりだ。
「おじいさん、問題の意味分かる?」
「問題文による説明が不十分である場合は補足します」
「いや、問題自体は分かるんだけどね」
「それでは解答をお考えください」
「箸の他にフォークとか置いていないの?」
「箸のみです。しかも2本持たないと食事出来ません」
「おじいさん、パスタは好き?」
「ゲームの運営に関わる質問には答えられません」
「パスタは箸で食べる? フォークで食べる?」
「ゲームの運営に関わる質問には答えられません」
わたしは丸テーブルに置いてある紙とペンを手に取る。二人の哲学者の絵を描いて実際の場面を想像する。
例えば、二人の哲学者に「右の箸を取れ」と命令すると、お互いに箸を一本ずつ取るだけでパスタを取ることが出来ない。
「一方の箸を取った状態でもう一方の箸を5分間待ったら、一旦箸を置いて5分間待ってから再度食事を試みる」みたいにしても二人の哲学者が同時に箸を入れ替えるだけでパスタは食べられない。
ああ、問題が長ければ解答案も長い。
もし哲学者に名前を付けて良いのなら簡単だ。「二人の哲学者をプラトとアリスとする。プラトが食事をしたあとでアリスが食事をする」と命令するだけで良い。しかし二人の哲学者に名前は付けれないから、この解答は無効だ。
この問題は二人に同じ命令をして食べるタイミングをずらす、にはどうすればよいかという問題である。
砂時計の砂が落ちきった。一時間の考慮時間が終わった。
「それでは解答を提示します」
老人が解答を書いたホワイトボードをこちらに見せる。
「 箸に名前をつける 」
老人はホワイトボードを見せると同時に口に出して読んだ。
「説明します
1:箸Aを取る。取れなかったら10分待って箸Aを取る
2:箸Aを取れたら箸Bを取る。
3:パスタを取る
4:食べる
5:箸を置く
以上で二人の哲学者が食事をすることが出来ます」
老人はホワイトボードに書ききれなかった説明を紙に書いて見せてくれた。
一応理解はした。というかわたしもそれは考えていたからすぐに納得できた。
「解答を提示してください」
「はい」
わたしは老人にホワイトボードを見せた。
「 ウェイターの言うことを聞け 」
わたしは堂々と宣言した。
「哲学者は二人同じ命令しか出来ないから、ウェイターにお願いしてどちらが先に食べるか決めて指示してもらうの。これで複雑な命令はいらないわ」
ウェイターに複雑なお願いしないといけないけれど。
老人は大きく頷いた。
「よろしい。進みなさい」
「どうも」
わたしは席を立ち、前へ進む。部屋の奥の扉を開ける。
「ねぇ、おじいさん」
わたしは背中越しに老人に尋ねる。
「わたしはあと何回勝てば、この迷宮から抜け出せるの?」
「ゲームの運営に関わる質問には答えられません」
相変わらずそっけない対応だった。




