丑の反撃
また、部屋に入る。
見慣れたというより見飽きた八畳洋間。出口である様子は無い。
「いらっしゃい」 老人が声を掛けてくる。
「どうも」 わたしは適当に声を掛ける。
またゲームが始まる。
扉を閉めると同時に、がちゃりっと鍵が掛かる音がする。たまには、ぴろりろり~ん、みたいに軽快な音でもしないかしら。
「それでは問題を提示します」
老人はリモコンを持って操作した。壁に掛かったモニターが作動する。
モニターに問題が表示される。
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神様が十二支を決めるレースを開催した。早めに出発した
ウシは1位でゴールしようとした。しかしゴールの100m
手前で自分の頭にネズミが隠れていることに気が付いた。
このままではゴール手前でネズミはウシの頭を降りて先に
ゴールしてしまう。ウシが勝つためにはどうすれば良いか。
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「十二支の中で辰だけ空想上の動物なのが気になるわよね」
老人はわたしの言葉にコメントしてくれなかった。そういえばさっきの部屋ではサルの問題をやったわね。
「それでは始めます。考慮時間は一時間です。私より“面白い答え”を提示してください」
老人が砂時計をひっくり返す。考慮時間の始まりだ。
「十二支の確認をさせて」
「子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥の十二種類です」
今の話にネズミとウシ以外は登場していない。そしてこの逸話に他の十二支も登場していない。ネコがネズミに騙されてレースに参加出来なかったという話だ。
「ウシはどうやって、ネズミの存在に気付いたの?」
「どのような方法でも構いません」
「ネズミは“ウシが自分の存在に気付いている”ことに気付いているの?」
メタな質問で自分でも分かりづらい質問だと思う。けれどどんなに言葉を選んでも、これ以上簡単な言葉に出来ない。
「気付いていないことにしましょう」
その提案は有難かった。もしネズミが気付いていたら、交渉するという手段から始めないといけなくなる。ゴールまで100mしかない。「ネズミを食い殺す」なんて下手なことをしようとすると、走ってゴールまで逃げ切られる。
「おじいさんの干支はどれ?」
「ゲームの運営に関わる質問には答えられません」
「おじいさん、歳はいくつ?」
「ゲームの運営に関わる質問には答えられません」
「おじいさん、誕生日はいつ?」
「ゲームの運営に関わる質問には答えられません」
ちなみに、わたしは自分の生年月日は忘れた。
わたしは丸テーブルに置いてある紙とペンを手に取る。子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥…をひたすら書く。普通の動物の漢字と違うから難しく感じる。
神様が干支を決めるためにレースを開催したというのは、明らかな後付の話だ。実際に十二支を決めた昔の中国の人は何を思ってこれらの動物をえらんだのだろうか。勤勉な順というわけではあるまい。
砂時計の砂が落ちきった。一時間の考慮時間が終わった。
「それでは解答を提示します」
老人が解答を書いたホワイトボードをこちらに見せる。
「 違うゴールに誘導する 」
老人はホワイトボードを見せると同時に口に出して読んだ。
「ネズミを違うゴールに誘導して、その隙に自分がゴールします」
そう。わたしもそれは思った。しかし穴がある。
「ウシが正しいゴールを知っているなら、ネズミも正しいゴールを知っているんじゃない?」
「そうかもしれませんね」
老人は曖昧な返事をした。勝負はわたしの解答を見てからだものね。
「解答を提示してください」
「はい」
わたしは老人にホワイトボードを見せた。
「 ネズミを振り下ろして全速力でゴールする 」
わたしは堂々と宣言した。
「ウシは足が遅いイメージがあるけど、実際にはすごく速いのよ。スペインの牛追い祭りでは3分間で800mも走るのよ。人間の全速力並よ。
対してネズミは分速100m程度よ。圧倒的にウシの方が速いわ」
日本ではウシが走っているイメージが無いから分かりづらいかもしれない。しかし基本的に大きいなら速いのだ。小さいネズミはちょろちょろ走って速いイメージがあるけれど、所詮短い距離でしかない。きちんとした距離を走って計測すればウシの方が速い。
ウシの方が速いなら下手な小細工をせず、走りきった方が紛れなく勝てる。
老人は大きく頷いた。
「よろしい。進みなさい」
「どうも」
わたしは席を立ち、前へ進む。部屋の奥の扉を開ける。
「ねぇ、おじいさん」
わたしは背中越しに老人に尋ねる。
「わたしはあと何回勝てば、この迷宮から抜け出せるの?」
「ゲームの運営に関わる質問には答えられません」
相変わらずそっけない対応だった。




