西から昇った太陽
また、部屋に入る。
見慣れたというより見飽きた八畳洋間。出口である様子は無い。
「いらっしゃい」 老人が声を掛けてくる。
「どうも」 わたしは適当に声を掛ける。
またゲームが始まる。
扉を閉めると同時に、がちゃりっと鍵が掛かる音がする。
中央にある椅子に腰掛ける。老人と丸テーブルを挟んで向かい合う。この老人、ずっと椅子に座っていて腰を悪くしないのかしら。
「それでは問題を提示します」
老人はリモコンを持って操作した。壁に掛かったモニターが作動する。
モニターに問題が表示される。
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太陽が西から昇るのはどのようなときか
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「太陽だってたまには逆から昇りたい気分になったのかしら」
老人はわたしの言葉にコメントしてくれなかった。この老人は気分なんて不確定なものは嫌いに違いない。
「それでは始めます。考慮時間は一時間です。私より“面白い答え”を提示してください」
老人が砂時計をひっくり返す。考慮時間の始まりだ。
「西から昇らせるのは実現可能なものかしら?」
「現代の科学で実現可能なものとします」
地球を逆回転させることはなしなのね。
「西っていうのは東の反対でいいのよね?」
「その通りです」
「東っていうのは今現在太陽が昇る方角でいいのよね?」
「その通りです」
「なんで夕日って赤いのかしらね」
「ゲームの運営に関わる質問には答えられません」
それくらい答えてくれてもよさそうなのに。どうせ「光の散乱の影響です」一言で終わる話なのに。問題のヒントになることも聞けないようだ。
わたしは丸テーブルに置いてある紙とペンを手に取る。なんとなく山の脇から朝日が昇る絵を描いてみる。これが西だということにしないといけない。
悩ましいのは東西という言葉の意味だ。「東」という単語の定義は「太陽が昇る方角」とされることが多い。つまり太陽が今現在の西から昇ると、昇った方角が東となってしまうから、東西の方角が逆転してしまう。国語辞典だって地球が逆回転することまで考慮に入れて言葉を定義しているわけではない。
ややこしいから、この問題では東西は固定しておこう。太陽が昇ったからっていって方角がその瞬間に変わるのはなしで。
つまり太陽が沈んだ瞬間にそこから昇ればいい。そんなことあるのか。
どうしても発想が地球の逆回転にいってしまう。コペルニクスに反して天動説で考えてみようかしら。そうしたら円盤の地球を半回転させれば、太陽が西から昇る。これでも現代の科学力では無理か。
砂時計の砂が落ちきった。一時間の考慮時間が終わった。
「それでは解答を提示します」
老人が解答を書いたホワイトボードをこちらに見せる。
「 鏡を西に置く 」
老人はホワイトボードを見せると同時に口に出して読んだ。
「東から太陽が昇る様子を西の方向に見ることが出来ます」
「それは西で見ているだけであって、太陽が西から昇っているわけではないよね」
「西の方向で日の出を観測しているのです」
なるほどね。あくまで観測の問題だということか。
「解答を提示してください」
「はい」
わたしは老人にホワイトボードを見せた。
「 飛行機で西に向かう 」
わたしは堂々と宣言した。
「沈んだあとの太陽を地球の自転速度を超える速さで追いかけると、また太陽が見えてくるわ。西から太陽が昇っているように見えるわよ」
地球が逆回転しないなら、地球の速さを越えて逆回転しているように見せればいい。
老人は大きく頷いた。
「よろしい。進みなさい」
「どうも」
わたしは席を立ち、前へ進む。部屋の奥の扉を開ける。
「ねぇ、おじいさん」
わたしは背中越しに老人に尋ねる。
「わたしはあと何回勝てば、この迷宮から抜け出せるの?」
「ゲームの運営に関わる質問には答えられません」
相変わらずそっけない対応だった。




