鏡ジャンケン
また、部屋に入る。
見慣れたというより見飽きた八畳洋間。出口である様子は無い。
「いらっしゃい」 老人が声をかけてくる。
「どうも」 わたしは適当に声を掛ける。
またゲームが始まる。
扉を閉めると同時に、がちゃりっと鍵が掛かる音がする。もう戻れないことを強調する嫌な音だ。
中央にある椅子に腰掛ける。老人と丸テーブルを挟んで向かい合う。
「それでは問題を提示します」
老人はリモコンを持って操作した。壁に掛かったモニターが作動する。
モニターに問題が表示される。
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鏡の中の自分にジャンケンで勝利せよ
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「随分と難しい問題ね」
わたしの感想に老人は相槌すら打ってくれなかった。相変わらず仕事熱心な人だ。
「それでは始めます。考慮時間は一時間です。私より”面白い答え”を提示してください」
老人が砂時計をひっくり返す。問題の提示は液晶モニターというハイテクなものを使うくせに、時間を計るのが砂時計なんてアナログなものを使っているのが、ミスマッチで笑える。
ゲームが始まった。
ルールは明文化するなら簡単。「一時間後、相手より面白い答えを出せたら勝ち」
面白いの判断基準が不明瞭ではある。しかも判定するのは目の前の老人である。一見すると不公平なゲームであるかのように感じられる。しかし今までもなんとか"面白い答え"を出せてきている。"面白い"と言っても笑わせたいのではない。”優秀な”とか”高等な”といった意味になる。
「ジャンケンのルールを確認しましょう」
考慮時間の一時間は大事だ。相手がどんな考え方をしていて、どんな答えを出すか推測する。自分は相手が出した答えを上回る答えを出さないといけない。
そのためにまず問題内容を確認する。自分と相手に問題の理解の仕方の齟齬や誤解があってはいけない。
細かいことでも確認していく必要がある。
老人は右手をわたしに見せてきた。
「ジャンケンポンの合図で双方が互いに同時に手を出す。
手はグー、チョキ、パーの三種類。
グーはチョキに勝ち、チョキはパーに勝ち、パーはグーに勝つ。
以上がジャンケンのルールになります」
老人が丁寧に説明してくれた。
「三回勝負とかではないのね」
「一回です」
「出せる手は手はグー、チョキ、パーの三種類しかないのね」
ここは重要だった。自分で四種類目が設定できるならジャンケンのゲーム構造が変わる。綺麗な三すくみの構造こそがジャンケンの長所であり唯一のルールである。
「グー、チョキ、パーの三種類です」 老人は平坦な口調で告げた。
ここで四種類目を設定できたら、簡単に鏡の自分にジャンケンで勝つことが出来た。新しい手を「ネー」とかにして「ネーでアイコなら、より南側にいる方の勝ちとかにしてしまえば鏡の自分に勝つことが出来る。
そんなことを思っていたけれど、出せる手が三種類しかないならそんなことは出来ない。考え直しだ。
「鏡の大きさに指定はある?」
「自分の出した手が見えるのに十分な大きさとします」
「鏡の枚数に指定はある?」
「任意です」
「他の道具に制限はある?」
「任意です」
鏡の枚数や他の道具は重要で、お互いの出した答えが似ていたとき、鏡の枚数や他の道具が少なければ少ないほど”面白い答え”となる。数学の証明みたいなもので、基本的に命題が証明できるなら文章が短い方が
”優秀な答え”となる。
わたしは丸テーブルに置いてある紙とペンを手に取る。今までに集めた情報を整理して考える。ジャンケンで鏡の中の自分に勝つ方法を考える。そもそも鏡の中の自分に勝つ方法が存在しているかどうかから考えないといけない。
鏡は鏡だ。自分のありのままの姿を映す。ジャンケンでわたしがグーを出せば、鏡の中のわたしもグーを出す。わたしがパーを出せば、鏡の中のあなたもパーを出す。鏡の中のわたしがチョキを出したということは、鏡の外のわたしはチョキを出したということだ。どうやってもアイコになる。
わたしは丸テーブルに置かれた手鏡を持つ。丸い鏡に自分の顔が映る。
「あなたにどうやって勝ちましょうかね」
鏡の中の自分に話しかける。しかし鏡の中の自分は答えてくれなかった。当たり前だけど。
砂時計の砂が落ちきった。一時間の考慮時間が終わった。
「それでは解答を提示します」
老人が解答を書いたホワイトボードをこちらに見せる。
「写真を撮る」
老人はホワイトボードを見せると同時に口に出して読んだ。
「説明は不要でしょう」
「そうね」
自分が鏡の前でグーを出した写真を予めカメラで撮影しておき、ジャンケンをするタイミングで自分はパーを出しておけばよい。そうすれば鏡の中の自分に買ったことになる。写真越しだけど。
「解答を提示してください」
「はい」
わたしは老人にホワイトボードを見せた。
「右手でジャンケンをする」
わたしは堂々と宣言した。
「説明してください」
わたしは、こほんと咳払いをする。
「ジャンケンをする。右手で出した手のみ有効とする。左手で何らかの手を出しても構わないが出しても無効とする。
この条件の下、自分の右手はパー、左手はグーを出す。そうすると鏡の自分は右手がグー、左手がパーとなる。右手だけみれば、自分はパー、鏡はグーとなる。
これで勝利だ」
わたしは老人に勝ちを宣告した。
老人のカメラを使うという発想よりもわたしの発想の方が、道具に頼らないという点で優れている。
老人は大きく頷いた。
「よろしい。進みなさい」
「どうも」
わたしは席を立ち、前へ進む。部屋の奥の扉を開ける。
「ねぇ、おじいさん」
わたしは背中越しに老人に尋ねる。
「わたしはあと何回勝てば、この迷宮から抜け出せるの?」
「ゲームの運営に関わる質問には答えられません」
相変わらずそっけない対応だった。