56話 ドワーフの花嫁(奪還偏)
~リッカside~
「はぁ……」
窓の外を眺めていると憎たらしい程の快晴が目に入る。厚い雲に覆われた様な自分の心とのギャップに自然とため息が漏れてしまう。
今日はついに迎えてしまった結婚式当日だ。華やかな衣装も綺羅びやかな装飾もあたしの心が曇っている為か、くすんで見える。
この衣装だって本当ならあの人に見てもらいたかったのに……。
「……リッカ……」
声がした方を向くと正装に着替えた父と母が並んでいた。その表情は暗く、とても娘の晴れ姿を前にしたそれではない。
「父さん、母さん」
「リッカ、すまない……父さんが不甲斐ないばっかりに……」
「お店の事は心配しないで、貴女だけでも……」
父は深々と頭を下げ、母は今にも泣きそうな声で話しかけてくる。
「心配しないで、あたし玉の輿よ?」
そんな父や母に心配をかけまいと、あたしは努めて明るい声で話しをする。そうだ、あたしが我慢するだけで全てが上手くいくんだ。
「「リッカ……」」
「ほらほら、父さんも母さんもまだ準備があるでしょう?」
声を揃える両親を背中を押しながら部屋から出そうとする。すると、父が何かを思い出した様に懐から手紙を取り出した。
「そうだ、さっきお前の友達だと言う人から手紙を預かったよ」
「友達? ノーラさんかな?」
彼女とも一緒の寮で暮らすようになって随分と仲良くなれた。結婚式の話しをした時は自分の事のように怒ってくれたっけ……。
「いや、カレッラのお嬢さんじゃなかったよ。銀色の髪が綺麗な人間のお嬢さんだったな」
銀色の髪の女の人……? まさかっ!!
あたしは手紙を受け取ると焦る気持ちを抑えきれず乱暴に封を開けた。
封筒の中には一枚の紙だけ入っており、短い文章でこう書かれている。
『待たせてごめん。今日迎えに行くよ』
差出人の名前は無いが、あたしには直ぐに誰だかわかった。この数ヶ月待ちに待った人からの手紙だから。
「イズミさん」
名前を呼んだ瞬間あたしの心を覆っていた雲から晴れ間が覗いた気がした。
◆◇◆◇◆◇◆◇
イズミさんが迎えに来てくれる。
それだけであたしは天にも昇る気分だ。しかし、これから顔も見たくない相手との結婚式だ。
結婚する事が嬉しいなんて誤解をされたくないので不機嫌な顔になるように気を引き締める。
「見てくださいよリッカさん。まるで僕達の門出を祝福するかのような天気ですよ!」
聞きたくもないのに隣から耳障りな音が入ってくる。どうせあの気持ち悪い顔で笑っているに違いない。
領主の息子であるコイツはドワーフにしては線が細く、なよなよした印象を受ける。
顔は……しっかりと見たわけじゃないからなんとも言えないけど、人を値踏みするような目と顔に張り付けた嫌らしい笑顔が印象に残っていた。
「ほら~リッカさんもせっかくの晴れ着なのだからもっと笑顔にならないと。それにあの予告状の事なら安心してください、対策は万全です」
誰があんたなんかとの結婚式で笑うものですか、冗談でもやめて欲しい。
後半部分を聞き流し、あたしは正面を向いた。
「あの……そろそろ始めても宜しいですか?」
ちょうどのタイミングで一方的に喋る隣のコイツを遮り、司教様が声をかけてきた。仮面で顔を隠しているのでよく分からないが、人間の司教様なのでどうせコイツが金を使って本部のお偉いさんでも呼びつけたのだろう。
「それでは、これより新郎ジョセフ・ブルックと新婦リッカ・カートラさんの結婚式を執り行います」
ついに始まってしまった……イズミさん早く来てくれないかな……。
司教様の祝詞が終わり、ついに二人で愛を誓う場面になってしまった。
イズミさんどうして来てくれないの……?
あたしは泣きそうになる気持ちを何とかグッと抑えた。
イズミさんが約束を破るなんてするはずがない。きっと来てくれる。大丈夫。
崩れ落ちそうになる気持ちに活を入れあたしは王子様が来るのをじっと待つ。
「……それでは新郎ジョセフ・ブルック。
貴方は新婦リッカ・カートラを愛する事を誓いますか?」
「誓います!」
「……宜しい、新婦リッカ・カートラ。
貴女も愛する事を誓いますか?」
間に合わなかった……来てくれるって言ったのに……約束したのに……。
「リッカさん?」
返答の無いあたしを司教様が心配して声をかけてくれる。もとよりあたしが我慢するだけで良かったのだ。式の前にあんな手紙なんて見てしまうから……。
「大丈夫ですか? リッカさん」
「……はい、大丈夫です」
「では、改めまして……新婦リッカ・カートラ。
貴女は新郎ジョセフ・ブルックを愛する事を誓いますか?」
覚悟を決め、これからあたしの一生を縛る言葉を出すため大きく息を吸い込んだ時だった。耳をつんざく程の雷鳴が轟、それと同時に入り口の方から数人が走ってくる足音と共に待ち望んだ声が聞こえてきた。
『その結婚式ちょっと待った~~~~~~!!』
その声に教会に居た全員が入り口を振り向くなか、何か重いものがドアに当たる音が響き渡る。
しかし、ドアが開く気配はなく、静寂が教会を支配した。
「ええ~……」
その状況に思わず口から言葉が漏れてしまったあたしは悪くないと思う。
◇◆◇◆◇◆◇◆
~イズミside~
痛たたた……。まさか教会のドアがこんなに強固だとは思わなかったよ。
思いの外準備に手間取った為に来るのが遅れてしまったから全力疾走してきたんだけど……。
結構な勢いでぶち当たったのにドアは無傷のまま僕の行く手を塞いでいる。
「ご主人様……」
「主よ……」
そして、今日の助っ人として召喚した阿形と吽形の視線が痛い……。
「別に僕が悪い訳じゃ無いもん! それと今日は“親分”って言いな!」
『な、何者ですか!』
ドアの前で騒いでいると中から声をかけられる。聞き覚えがある女性の声に若干むず痒さを覚えながらもきちんと返答をする。
「予告状通り花嫁を頂きに来た者だ! ……あの、だから開けてください!!」
『堂々と泥棒宣言する人を入れる訳無いでしょう!!』
最もな理由だ。
でも困ったなぁこのドアが開かないと話しにならないぞ?
『何処の誰だか知らないが僕の花嫁には指一本触れさせないぞ!』
どうしようか考えていると中から別の今度は野郎の声が聞こえてくる。『僕の花嫁』という発言からコイツが今回のボスなのだろう。
『まぁその僕特製の扉がある限りお前は何も出来ないけどな! 悔しかったらその扉を壊して僕の前に姿を現したまえ! もっともドラゴンでもない限りその扉は壊せないけどな!!』
へぇ……ドラゴンねぇ……。
よし、ならば壊してあげようじゃないの。ちょうど鬱憤も溜まっている事だしね!
「アドバイスをありがとう、じゃお言葉に甘えて壊させてもらうから」
『へ?』
僕は一歩下がると左手を突き出し、魔力を溜めていった。
「僕の左手が真っ赤に燃える! 嫁を取り戻せと轟叫ぶ!!」
昔好きだったアニメのセリフを借りつつ、ドアに向かって魔法を放つ。
「灼ぁ熱! ドラゴンファイア!!」
正式名称は“火龍の息吹き”と言い、火龍が最も得意とする技だ。まぁ要するにドラゴンのブレス攻撃なんだけどね。
炎の魔法が直撃したドアは熱せられたチョコレートの様に溶け始める。
ドアを完全に融解させると、僕は颯爽と教会の中へ飛び込んだ。
「迎えにあがりましたよリッカ嬢! さぁこの私と……」
「ご主人様!!」
「主!!」
二人の声にムッとした僕は無意識に振り向いてしまう。直後、腹部に軽い衝撃と違和感が走る。
この感覚はDQNと戦ったときにに感じた様な……。
恐る恐る下を見ると、案の定腹部から一本の槍が生えていた。
「キャーーー!!」
一瞬の静寂の後、教会中に悲鳴が響き渡った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「まったく、準備をしておいて正解でしたよ」
教会中から悲鳴が上がり我先にと逃げ出す人達で混乱しているなか、ヒールを使おうとした司教を片手で止め白いタキシードっぽい衣装に身を包んだ一人のドワーフがこちらに歩いてきた。
てか折角司教様がヒールを使ってくれようとしたのに止めるなよ。
「敵を回復してどうする気ですか?
まったく……僕が造らせた槍のお味はどうですか? 直接お腹で食べていただきましたが中々の美味でしょう?」
ドワーフは憎たらしい笑みを浮かべながらも、僕の手が届く寸前で歩みを止めた。
コイツ、チビのくせに間合いがわかるなんて……意外とデキる?
「結構なお手前で。ただ、自分で造れないなら威張るべきじゃ無いね」
「減らず口を……まぁいいでしょうそんな口も利けなくしてあげますよ」
チビに嫌味を返すと、それが気に食わなかったのかチビはスッと右手を上げる。すると一人の男が近付い来るのが視界に入った。
男は僕とチビの間に入り、自然とチビを護る形をとる。一応礼服を着ているのだが、その礼服を破らんと盛り上がっている筋肉をみると相当鍛え上げているのがみてとれる。
「少し遊んであげてください。あ、そうそう教会を薄汚い血で汚すのはNGですよ」
「OKボス」
不意打ちで人のお腹に穴を開けた人物とは思えないセリフだ。血で汚すのが嫌なら最初から槍を使うなよ。
僕はチビを睨みつけようとするが目の前のマッチョが邪魔でうまく睨めない。
「ソウイウコトダ、タノシモウゼ!」
マッチョは片言でそう笑いかけると腹に生えていた槍を一気に引き抜いた。
引き抜かれた槍と共に大量の血が吹き出す――事もなく、二人とも驚きで丸くなった目をぽっかりと空いた僕の腹部へと向けてくる。
「“教会を血で汚すな”って言われたのに、槍を引き抜くとか……アホなの?」
「イヤ……ソレヨリモ、オナカ……エエェ~~??」
片言のマッチョマンに詰め寄りながら説教を始めるが、当のマッチョは未だに驚きから回復していないようだ。
「まぁいいや、ここで大人しくしていて下さいね。雷遁・雷捕縛」
帯状に広がった雷がマッチョマンを縛り上げる。亀甲縛りで。
「OhoooooNoooooo!!」
亀甲縛りで拘束されるマッチョ……。世にも酷い絵図を作ってしまった。
そして酷く醜い物体は悲痛な叫びをあげている。多分だけど、局部に当たっている雷が多大なるダメージを与えているのだろう。
「あ、ごめん。うるさい《サイレント》」
「…………! …………!?」
野太い悲鳴なんて聞く価値もなしと言うことで、沈黙の魔法をかけておく。マッチョはしばらくビクンビクン動いていたが、急に静かになった。気絶でもしたかな?
「さて……と、次はお前かな?」
動かなくなったマッチョマンを凝視していたチビに笑顔で笑いかける。
「ヒィ!」
チビはひきつったような短い悲鳴を上げると転びそうになりながらも司教とリッカがいる場合へと全力で走っていった。
「おい! 早く式を続けるんだ!!」
「なっ!? こんな状況で出来るわけ無いでしょう!!」
「いいからやれ!! 金を出しているのは僕だぞ!!」
何を思ったのかチビは司教に掴みかかり式を強行しようとする。何て言うか残念だ。
「お前も! 僕の妻になると誓えよ!」
そして、あろうことかリッカに掴みかかろうとする。しかし、寸前のところで司教が体を入れリッカを自分の影に隠した。
「乱暴な事はお止めください!」
「おいチビ! その子に指一本でも触れてみろ。この教会ごと吹っ飛ばすぞ?」
司教に続くようにチビに声をかけ、脅しを兼ねて右手に魔力を集める。
「おい! 早く、早くしろって!!」
脅しが聞いたのかチビは泣きそうになりながらも司教を激しく揺さぶり始めた。もはやオモチャをねだる駄々っ子だ。
「いい加減にしろよ! お前らだって僕のパパのお陰でここで仕事が出来るんだろう!!」
「……わかりました。私は貴方の妻になります」
喚き散らすチビが鬱陶しくなり、本気で吹き飛ばそうかと思ったとき、この騒ぎにも関わらずこの教会に居る全員に聞こえるように少女の声が届いた。
「……リッカ?」
「イズミさん、来てくれて本当に嬉しかったです。でもこれ以上私の為に傷付かないで下さい」
少しこもった様なリッカの声が聞こえてくる。
「はーははは! そうだ、始めからそう言えば良かったんだ!」
チビが雑音を掻き鳴らすがここは無視する。
「ごめんなさい、そしてありがとう……」
「ダメだリッカ!!」
有らん限りで叫ぶが、リッカは一度も僕の方を見ず下を向いたままだ。
「本当に良いのですか?」
「はい、構いません。私はその人の妻になります」
リッカがそう言いきると司教は数秒目を閉じてからゆっくりと頷いた。
「わかりました、今の言葉を誓いの言葉とします。それではお二方、誓いのキスを……」
司教の言葉にチビは嬉々として、リッカは俯きながらもしっかりと距離を縮めて行く。
「くっそ! 嘘だろ? 嘘だと言ってくれよ! リッカ!!」
僕の叫び声が虚しく響くなか、二人の顔がだんだんと近付いていき……。
重なった。
「この瞬間、この二人を夫婦と認めます」
逃げずに残っていた僅かな来賓達から徐々に拍手が上がり、ついに結婚式が完了してしまった。




