30話 校外実習
翌朝、いつもより早めに目覚めた僕は学園の校庭に向かって一人で歩いていく。昨日メリッサから集合時間を聞くのを忘れていたので、まぁ終日って言ってたから早めに行けば問題ないと考えたからである。
「おはよう、イズミちゃん」
校庭に辿り着くと受付を担当してくれたお姉さんが挨拶をしてきてくれた。
「おはようございます、イルマさん。いや~間に合って良かったですよ」
彼女の名前はイルマ・ハーン。何とマーリンさんの姪っ子だそうだ。本当にハーン一家にはお世話になりっぱなしである。
「メリッサに時間を聞かなかったの?」
「あ~校外実習があることだけしか聞いてないです……」
イルマさんはため息をつくと首を左右に振った。
「まったくあの子は……事務連絡もまともに出来ないなんて……」
イルマさんがぼやいたちょうどその時、、メリッサが姿を表した。まだ眠たげで足元はふらふらしている。
「おはよう、姉さん。それに……イズミも……」
「おはようメリッサ。眠そうだね」
「“おはよう、姉さん”じゃないわよ、あんたイズミちゃんに時間伝えなかったんだって?
こうして遅れずに来れたからいいけど、遅刻して単位が貰えなかったらどうするの!」
寝ぼけ眼のメリッサにイルマさんの雷が落ちる。これにはメリッサも目が覚めたようで、はっと目を見開くとそのまま説教を大人しく聞いていた。
十分位怒られたメリッサは素直に謝って来た。
「まったく……しっかりしなさいよ」
イルマさんは最後にもう一度メリッサに釘を指してから自分の仕事に戻っていった。そして、気まずい雰囲気の僕達が残されたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
気まずい雰囲気が消える事なく佇む事数分後、学園長からの本日の校外実習の内容が説明された。
三人一組のパーティを組み、森や裏山にあるチェックポイントを回り課題をクリアする。そして、この学園に戻ってくるのが今回の校外実習のようだ。要するにオリエンテーリングと言ったところだろう。
パーティのメンバーは既に学園側で作られており、僕のパーティはメリッサと貴族のアレンと言う少年だった。彼は見るからに『いいとこの坊ちゃん』と言った感じの丸々と肥えた男の子だった。
「ふん、パーティは女が二人か……おい! 足を引っ張るなよ!」
アレンはそう言うと鼻を鳴らして先頭を歩き始めた。傲慢が服を着て歩いているかのような振る舞いに少しカチンと来るがまぁ金持ちの子供なんてこんなもんかと自分を納得させる。
オリエンテーリングは順調に進み残すは森の中のチェックポイントだけとなった。途中のポイントはさすが魔法学園と言いたくなるようなものが多数設置されており、なかなか苦戦した。
アレンは後ろからあれやれ、これやれと口だけ出してとうとう最後まで動かなかった。こいつ何しに来ているんだ?
「ん?……今そこの茂みで何か動かなかったか?」
そんなアレンが茂みの一か所を指差しこちらに質問を投げかけてきた。
「森に居る動物か何かじゃないんですか?」
「いや、結構な大きさだったぞ……おい、お前ちょっと見て来い」
そう言ってアレンは僕を指差した。まぁ確認すること自体は問題ないけど、デブに命令されると何か腹が立つ。
文句を言ってもどうせやらされるので僕は渋々茂みを確認しに行く。
「どうせ兎か何かでしょ~」
「何か言ったか?」
「何にも~」
ぼそっと呟いた言葉がどうやら聞こえていたようだ。どんだけ地獄耳だよ……
杖を使って茂みの中に何か居ないか確認しようとすると茂みから何か巨大な物体が恐ろしいスピードで僕の横を通り過ぎて行った。
「ギャ!」
直後真後ろからアレンのぐもった叫び声が聞こえた。慌てて振り向くとでっかいネコの様な動物が仰向けに倒れたアレンを下敷きにしていた。
「アサシンタイガー……」
アレンの直ぐ隣にいるメリッサが何か呟いたようだが、距離が開いている為はっきりとは聞き取れない。
「この! どけよ、クソネコ!!」
アレンは自身の手に火の玉を出現させるとネコの鼻っ面に向けて飛ばした。発射された火の玉はネコの目の前で爆発し、それに驚いたのかネコはアレンから距離をとる。見た目の割にはダメージは無いようだ。僕はその間にメリッサに近付き先ほどの呟きの内容を聞く。
「メリッサ、あのモンスターを知っているの?」
「あれはアサシンタイガー……だと思う。この森に生息しているトラで、キラーグリズリーと共に恐れられているモンスターよ」
メリッサは顔を真っ青にして自分が知りえる情報を教えてくれる。アサシンタイガーと呼ばれたモンスターは正面から見るとサーベルタイガーの様に長い牙が特徴のモンスターだ。トラと言うより豹やチーターに近いかもしれない。地面から肩の高さが目測で二メートル、全体は約五メートルはあるだろう。
「もうダメよ……森でアサシンタイガーに遭遇したら逃げられないって言われているもの……」
「ガァーーーーー!!」
メリッサの言葉が通じたのか今まで喉を鳴らしてこちらを警戒していたアサシンタイガーは大きく一鳴きした。その鳴き声は一定の距離を取っている僕にもビリビリと震えを感じる程の声だった。
「なんだよ……クソッ! クソ~!!」
アレンはそのままアサシンタイガーに背を向けて走り始めた。どうやら恐怖に耐えきれず逃げ出したようだ。しかし森の狩人を目の前にしてその行動は命取りだった。
今までこちらを睨んでいたアサシンタイガーは一瞬でアレンまでの距離を詰めその鋭い爪で背中を引掻いた。地面に倒されたアレンはピクリとも動かず、背中には三本の裂傷が痛々しく走りどくどくと血が流れている。
「クソッ! サンダーランス!!」
いくら貴族のデブで存在が気に入らないと言っても学園の同級生だ。見捨てるなんて出来ない。
僕はアレンに近付きながら今にも喉元に食いかかろうとしているアサシンタイガーに向けて雷の魔法を撃ちこむ。が、魔法を感知できるのかアサシンタイガーはあっさりと僕の魔法を避ける。
まぁアレンから遠ざける事に成功したんだ。よしとしよう。
「おい、大丈夫か? アレン!」
アサシンタイガーに注意を向けながらもアレンの肩を揺さぶる。しかし反応がない。まだ温かく、脈がある事を確認すると僕は印を組み始める。
「お願い、阿形! 吽形!!」
呼び出された二体は既に戦闘モードの様で二メートルを超す狛犬状態で出てきてくれた。阿形がアサシンタイガーに睨みを効かせている間に吽形にアレンの治療をさせる。
「キャーーーー!!」
注意がアレンに行きすぎていたのだろう。放置気味になっていたメリッサに何時の間に現れたのかもう一匹のアサシンタイガーが今にも襲いかかろうとしていた。
さっきの雄叫びは仲間を呼んだのか!!
僕は全力でメリッサに向って走り出す。チャクラによる縮地法と電光石火の合わせ技だ。
「メリッサーー!!」
アサシンタイガーの牙がメリッサに届くギリギリの所でメリッサの体を突き飛ばす事に成功する。
そして僕の右肩と右上腕部に深々と鋭い牙が突き刺さった。
「イズミ!?」
「ガァッ!」
僕は最早言葉にはならない獣じみた咆哮を上げると、腕を食い千切られる前に左手に魔力を集めアサシンタイガーの首目掛けて魔力を解き放つ。放たれた魔力は不可視の刃となりアサシンタイガーの首を切り落とした。さすがのアサシンタイガーも超至近距離で放たれた魔法は避けれなかったようだ。
首を落としたのはエアブレードと言う風の中級魔術で昨日習得した魔法だ。
「イズミ! ああ……どうしようこんなに血が……!!」
メリッサは僕に駆け寄ると傷口を見て震えた声を出した。メリッサに言われて初めて右腕に激痛が走る。深々と突き刺さった牙はそれ自体が灼熱と化しているかと錯覚するほどに熱く感じられた。
僕は何とか腕に取り残されたアサシンタイガーの頭を外し急いで冷却魔法で右腕全体を凍りつかせる。一瞬傷口を焼こうかと考えたけどまだ凍らせた方が治りやすいと思ったからだ。完全に右腕が凍りつくと右手の感覚が消える。
まだ何とか動く左手でメリッサの頭を撫で何とか泣き止ませようとする。
「メリッサ大丈夫。大丈夫だから……」
「でも……でも!!」
「メリッサよく聞いて。吽形と一緒にアレンを学園まで連れて行ってくれないかな?」
僕の言葉を聞いたメリッサは凄い勢いで顔を上げる。僕はメリッサの目を見ながら言葉を続けた。
「あのままじゃアレンが危ないんだ。一刻も早く診せないと死んじゃう可能性が高い」
「でも、イズミはどうするのよ!」
メリッサが掴みかかってくる。僕はその手を優しく包み込む様に握りしめた。
「僕はここで時間を稼ぐよ。阿形もいるし、何とかなるさ」
「でも……でも……イズミだって怪我をしているじゃない!!」
「こんなの唾でもつけておけば直ぐ治るよ。
吽形! 彼をこっちに!」
吽形はアレンを口に咥えると速足で僕の傍まで来て、メリッサに向けて乗れと言わんばかりに伏せた。
「さぁ早く乗って。アレンの息があるうちに」
「本当は貴女なんて乗せたくないんですけどね。ご主人様のお願いですから、特別に乗せてあげます」
吽形は渋々と言った感じでメリッサに話しかける。それでもまだメリッサは躊躇しているよだ。
「乗らないんですか? ボクはこの子を届けて一刻でも早くこの場に戻ってきたいんですよ……それに早くしないと本当にこの子、死にますよ?」
吽形の言葉にようやくメリッサが反応する。ゆっくりとそして恐る恐る吽形にまたがる。
「それではご主人行ってきます……戻るまでに死なないで下さいね」
吽形はそう言い残し学園に向かって走り出した。そのスピードは凄まじく、既に姿を確認する事は出来ない。
「さてと……躾の時間だね」
◇◆◇◆◇◆◇◆
阿形がゆっくりとこちらに近付いてくる。当然アサシンタイガーに対しての警戒は解かない。
現在、アサシンタイガーは五匹に増えている。最初の遠吠えと仲間の血の臭いに誘われたのか、元々集団で狩りをしていたのか……。
まぁどっちでもいいかな、全部倒せばいいだけの事だし。
「さて、主よ……いいか?」
阿形は一応確認の言葉を投げ掛けてくるが、既に殺るき満々だ。龍脈眼越しに魔力が高まっていくのが見てとれる。
「阿形……僕から言うことは一言だよ。『狩り尽くせ』」
「承知した!!」
阿形の口角が上がり、その角度と比例するように高まっていた魔力が殺気へと変化する。
「アォーーーーーーン!!」
阿形の遠吠えはそのまま戦闘開始の合図となった。
体格は阿形の方が若干大きい。数で勝るアサシンタイガーはその数の利を最大限活かすために一斉にに飛びかかる。
しかし、阿形はそんな数などお構い無しと真っ先に飛びかかった一匹をそのまま口に咥えると次々と飛び掛かってくるアサシンタイガーを首を振るだけで撃退していく。
咥えられたアサシンタイガーは何とか口から逃れようと足掻くが阿形の牙は深々と喉元に突き刺さっており、抜けることはない。
阿形は更に顎に力を入れたのだろう。ゴキンと嫌な音が鳴るとアサシンタイガーの頭だけが地面に落ちた。そして、阿形は残った体を放り投げた。
あろうことか僕のいる方に向かって……
いきなり目の前に迫ってくる巨体に僕は反応することが出来なかったが、幸いな事にアサシンタイガーの体は僕の横を通り過ぎて行った。
「主よ……危ないぞ?」
「忠告が遅いよ! 僕を殺す気!?」
僕は思わずツッコんでしまう。これは気を引き締めないと殺られるな……味方に。
残り四匹となったアサシンタイガーは三匹が阿形に向かい、残りの一匹が僕を狙い始めた。弱そうな僕だけでも仕留めようと言う魂胆なのだろう。
まぁ僕は人間だし? 片手を怪我しているから簡単に仕留められると思ったんだろうけど……考えが甘いね。
僕はこちらを狙ってくるアサシンタイガーに向けて殺気と魔力をありったけ高めて威嚇する。これでも異世界で修羅場を何回も潜っているのだ。そんじょそこらの人間と一緒にされたくない。
「ザコとは違うのだよ! ザコとは!!」
僕の勢いに気圧されたのかアサシンタイガーの足が止まる。それを見て僕は左手を前に付きだし攻撃を仕掛ける。
「喰らえ!! ストーンキャノン!」
目の前に次々と作られる円錐形の石がこれでもかとアサシンタイガーに降り注ぐ。スピードに自信があるアサシンタイガーだが、さすがに避けきれなくなり始める。
遠距離戦は不利と悟ったのかアサシンタイガーは多少のダメージは無視してそのまま僕に突貫してくる。僕は慌てて回避行動をとるが一瞬遅れ鋭い爪によって左肩を切り裂かれる。
「主!!」
「こっちはいいから自分の敵に集中!!」
まったく、自分は三匹に囲まれているだから自分の心配をしなさい……よっと。
律儀に声を掛けてくる阿形に声を返し、再度突っ込んでくるアサシンタイガーを今度は完璧に避ける。
大分相手のスピードに目が慣れてきたのか難なく避けれるようになる。けど止血をする時間は与えてくれそうにない。
「さてと……あんまし時間もかけてられないから次で終わらすよ~」
僕は自身の血で真っ赤に染まった左手に魔力を集中させ迎撃の構えをとる。
アサシンタイガーは一瞬僕の魔力に躊躇する素振りを見せるが、構わず三度目の突進を仕掛けてくる。自分の爪と牙は確実に相手の命を刈り取れると確信しているのだろう。
僕は飛び掛かってくるイミングで指を鳴らす。すると目前まで迫ったアサシンタイガーの真下から土で出来た槍が三本隆起する。その槍はそのまま喉、胸、腹を突き破りアサシンタイガーの命を奪う。
完全に事切れているのを確認すると、ぶわっと汗が噴き出し今更になって心臓が早鐘を打ったように鼓動を繰り返す。膝も大爆笑し、立って居られなくなりその場にへたりこんでしまう。
一瞬でもタイミングがずれていたら死んでいたのは僕の方だったなぁ。
ユンさんの教えで接近された時の為に一つ無詠唱で使えるように特訓してもらったのが役に立った。
「大丈夫か? 主」
三匹を仕留め終えた阿形が二匹をこちらに飛ばし最後の一匹を口に咥え近付いてくる。僕が一匹仕留める間に三匹全て仕留めるとか……阿形の強さを改めて実感する。
「阿形……ありがとう。助かったよ」
「我輩も良い運動になったぞ。主よ」
阿形はアサシンタイガーの死体を一か所に集めると僕に寄り添うように地面に伏せた。僕は体を引きずるように少し移動するとそのまま阿形のお腹にダイブする。
「小っちゃいのも良いけど、大きいのもいいわ~」
「おいおい、ここは吾輩が抱っこされるのではないか?」
「ごめんね~今だけ……今だけだから、お願い」
僕は阿形のお腹に顔を埋めたまま目を閉じた。今は襲い来る睡魔に打ち勝てそうにない。
「まったく……主は甘えん坊だな」
そんな阿形の言葉を聞きながら僕は眠りについた。




