18話 三すくみの夜と初講義
目の前で三人の女性が睨み合っている。
どうしてこうなった……
思い当たる節は……有りすぎてよくわからない。
『イズミ? 説明してくれるかの?』
水晶球より映し出されている半透明の少女。ノンナ・ラグズ・ルーズガスは目の前の女性達から目を離さずこちらに言葉をかけてきた。
「え~と……説明と言われても……」
「イズミさん。この無駄に偉そうなチビッ子といきなり現れたこの女の子は誰なんですか?」
僕の真横のベッドに腰掛けこちらも残りの女性を睨みつけたままリッカ・カートラが質問をしてくる。
「和泉様、私に説明は不要です。何せ常に行動を共にしているのですから!」
最後に僕の正面に位置し勝ち誇った顔をしてくる神崎さんがいらない一言をのたまう。
神崎さんの発言を聞いた二人から殺気が上がる。てか、映像からも殺気って伝わるんだね。初めて知った。
「はぁ神崎さんは黙ってて」
「酷い! 何で私だけ!」
話しがややこしくなるからだよ。
僕の言葉に落胆する神崎さんを見て残りの二人は口元に笑みを浮かべる。
はぁ……本当にどうしてこうなった……
◆◇◆◇◆◇◆◇
いつまでも睨み合っていては話しが進まない為、自己紹介を兼ねて簡単に説明していった。
「そうですか……貴女が人間のお姫様でしたか」
『そうじゃ。妾がルーズガス神聖帝国の皇女。ノンナ・ラグズ・ルーズガスじゃ。
この度は妾のイズミが世話になったの。ドワーフの娘よ』
「いえいえ、自分の夫を助けるのは妻の務めですから。お気になさらず」
二人の少女は互いに牽制しあい、笑顔なんだけどとても殺伐とした雰囲気を醸し出している。
「小娘共が。精々したの方で言い争っていればいいです。正妻の座は私のものです!」
ノンナとリッカの言い争いを完全に無視して神崎さんが僕に近付いてくる。
とりあえず頭を叩いておこう。
『ちょっと待つのじゃ。そなたが一番怪しいのじゃ』
「そうですよ、いきなり現れてイズミさんの担当者だなんて……信じられません!」
共通の敵を見つけた二人が揃って神崎さんを攻め始める。
が神崎さんは頭を抱えて悶絶している。
そんなに強く叩いてないんだけどな……
「ほら神崎さん。二人が聞きたいことあるって」
「ああ、一瞬和泉様の事意外全て忘れるところでした……
それで? ノンナ・ラグズ・ルーズガス。リッカ・カートラ。この私に聞きたいこととは何ですか?」
何時もの神崎さんとは少し違い、何やら大層な物言いをし始める。
頭を強く叩き過ぎたかな?
『そなたは何者なのじゃと聞いておる』
「そもそも担当者って何ですか? 頭がおかしいんじゃないですか?」
「二人共言葉を慎みなさい。担当者とは異世界より来た者を導く存在……
そもそもですね、私が居なかったら貴女方は和泉様と出会ってすら無かったんですからね!」
言葉遣いがもとに戻ってるし……無理して話してたんだな~
と言うか異世界って言っちゃったよ。僕があれだけ異世界を誤魔化して説明したと言うのに……
「出会えなかったって……どういう事ですか?」
「いいですかリッカ・カートラ。
和泉様は私の転送術が無かったら今頃はまだルーズガス神聖帝国の領地内ですよ。
当然今日の試験に間に合うはずもなく、それどころか街で貴女とぶつかってすらないんですよ」
「それは……」
「そしてノンナ・ラグズ・ルーズガス! 貴女もですよ!」
『なんじゃと!』
「貴女に神託を下したのは他でもないこの私なのです!」
『なんじゃと! あの時と話し方が違うではないか!』
「私だって営業用の喋り方を心得ていますよ!」
神託って営業だったんだ……
と言うかこのままじゃ明日からの修行に差し障りが出ちゃうよ……
こういう時は……助けて~大神さ~ん。
名前を呼んだ瞬間、世界から色が無くなり僕の横にスーツ姿の男が現れる。
なぜ今回はこんな演出してんの?
「私はどこぞの猫型ロボットじゃないんですけどね~」
「流石、呼べば答える担当者! あの人どうにかして下さい」
大神さんのぼやきを無視して神崎さんを指差す。神崎さんは時間が止まっていることに気付かずいかに自分がどれだけ偉い存在か説教していた。
幸せな人だなぁ
「まったく……何をしているのですか? 神崎さん」
「あれ? 先輩? 何で!?」
「まったく……誰かさんのおかげで大変忙しいんですから。これ以上迷惑をかけないで下さい」
そう言って大神さんは神崎さんの襟首を掴み消えていった。
「嫌~私だって結婚したい~寿退社するんだから~!」
神崎さんは悲痛な叫び声をあげながら一緒に消えていった。
ふぃ~まずは一人。
神崎さんと大神さんが消えたことで世界に色が戻り時が動き出す。
『なんじゃ? あやつ急に消えてしまったではないか』
「彼女がいると話しがややこしくなるので退場願いました。
さて、残りはお二方ですが……僕がこの部屋にいることがいけない訳ですし、僕がこの部屋を出て解決にしましょう」
「ダメですよ! 今から外に出ても宿なんてないですし、イズミさん野宿になってしまいます!」
「野宿なんてどうってこと無いですよ。僕がこの部屋にいて二人が喧嘩する方が嫌です」
「わかりました! 喧嘩しませんから!」
『イズミが妾のせいで野宿するのは忍びない……リッカ・カートラよひとまず休戦じゃ』
「わかりました……手を打ちましょう」
『続きはイズミがラグズランドへ戻ってきてからじゃ。お主も一緒に来るがよい』
「望むところです。絶対に負けませんから!」
『イズミよ! 毎日このくらいの時間に話しかけるでの! 不埒な事をするでないぞ!』
「いや明日から男子寮に行くからね?」
「ダメです! そんなことしたら姫様と夜二人きりになるじゃないですか!」
「でも僕男だし……」
「あたしが責任を持って守りぬきます!」
リッカの発言を聞いてなんとか納得したノンナが通信を切り、一緒に寝たがるリッカを反対側のベッドに押し込めなんとか一息つく事が出来た。ノンナが消えた瞬間に
初日、しかもまだ修行すら始まって無いのに……本当に大丈夫なんだろうか?
◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日アードルフに呼び出された僕達はそのままギルドカードを更新し晴れてブラックスミスへと転職した。その際アードルフに親方と呼べと言われたが、マスターではダメなのだろうか?
その日は一日の流れを掴むと言う事でそのままアードルフ改め親方に付きっ切りで指導をしてもらえることになった。午前中は基礎スキルである『鑑定』を中心に座学。午後は実戦を交え外で鉄材を獲ってきてからの短剣の製造だ。
午前中の座学は武器を見て鑑定し、武器の良し悪しを見極める講義だった。まだ慣れていない為か出てくる情報がまちまちで詳しく出る時もあれば武器の名前だけの時もあった。スキルのレベルが上がるまで訓練あるのみだね。
午後の講義は街の外から鉄材を獲ってこなくてはならない為、時間の使い方が結構シビアだ。
今回は初めての講義という事で親方が鉄材を用意してくれた。
まず武具生成の為の材料作りから始まった。武具生成に必要な材料……それはインゴットだ。
インゴットは初期スキルの最期の一つ『金属製造』で作れるらしい。基本の金属と場合によっては強化素材を小型の炉に入れスキルを使えばインゴットの出来上がり。実に簡単だ。
一度に炉に入れられる数は四つまで。その四つの割合で出来上がるインゴットが変わってくるのだと。
例えば鉄を四つ入れれば鉄のインゴットが出来き、鋼鉄を二つに鉄を一個さらに属性のついた素材を入れると属性の付いた鋼鉄のインゴットが出来ると言う仕組みだ。
鋼鉄の作り方は鉄と石炭で作るらしい。らしいと言うのはまだ初心者だから鉄以外の金属を使われてもらえないのだ。
今日一日でわかったことは早くレベルを上げたいという事に限られるだろう。
「よ~し日が暮れてきたので今日はここまでだ! 今日は初日だったから優しくしたが、明日からはビシバシ鍛えて行くからな! 覚悟しておけよ!」
一日の最期に親方が笑顔でそんなことをのたまう。
うん、一筋縄ではいかないと思っていたけどこれはなかなかだね。特にインゴットの配分とかは頭も使うし……まぁでも弱音を吐かずに頑張りますか!
「イズミさん! 帰りましょう!」
「そうだね。あ~今日も疲れた!」
「疲れはお風呂で取るが一番です! さぁ行きますよ!」
「え? お風呂は一人で……」
「ダメです! お風呂は一緒に入るんです! その後はご飯ですよ~」
お風呂は一人で入りたいのに……それにお風呂から出たら部屋でノンナの通信が待っているし……
ああ、ゆっくりしたい……
◆◇◆◇◆◇◆◇
結局グダグダとしているうちに部屋まで戻ってきてしまう。リッカは既にお風呂の準備を整えており一緒に入る気満々だ。
「さぁイズミさん! お風呂に行きますよ!」
「え~いいよ~今日位……明日の朝入るよ~」
「ダメです! 汗もかいてるし、煤の臭いもしますよ」
うっ……女の子に臭いの事を指摘されるとなんだかとても残念な気持ちになってくる。
「そんなんじゃ立派なレディになれないですよ」
「いや……そもそも僕は男だからレディにはなれない……」
「屁理屈言ってないで行きますよ!」
「いや事実だからね!?」
僕の反論は無視され、そのままリッカに引き摺られながらお風呂場まで連れていかれた。
ついつい忘れてしまうが、彼女もドワーフなのだ。その可愛い見た目にころっと騙されてしまうがその力は人間の僕が対抗できるものじゃない。
観念して脱衣場で服を脱いでいると隣に神崎さんが現れた。
なんでもノンナから僕とリッカが一線を越えないように監視するよう頼まれたのだと。
ノンナも心配性だなぁ僕は相手が誰であろうと手を出すつもりはないんだけね。
股間を隠すように大きめのタオルを腰に巻き、いざ戦場へ!
「もう~そんなの巻かなくても誰も気にしませんよ」
「痴女は黙ってて」
「あたしも気にしませんよ? 全部見せ合った仲じゃないですか」
「僕が気にするの!」
もうなんでそうオープンなの? 僕がおかしいの?
三人で背中を流し合い湯船に浸かる。
何だかんだ言ってもやっぱりお風呂は最高だね~これで一人で入っていればさらに文句なしなのに
湯船に浸かりリラックスしていると急に扉が開く音がする。
またこの展開か! 昨日の今日とかちょっと頻繁過ぎませんかね!?
「あら? リッカさんとイズミさんではありませんか。奇遇ですね」
入って来たのはノーラとその付き人の人だった。
まずい! このタイミングは本当によろしく無い!
リッカと目配せをして何とか場を逃れようとする。
神崎さん? ノーラが入って来た時点で消えましたよ! あのヘッポコ担当者め……僕がお風呂から上がる時間位稼げよ~
なるべくノーラを見ないように移動するが、僕も男だどうしても目がノーラを見てしまう。
透き通るような白い肌にハチミツ色の髪が良く似合う。僕と同じ位の腕の細さなのに僕以上の力があるとは到底思えない。これが種族の差ってことなのかな。
きゅっと引き締まった腰からふっくらとしたおしりまでのラインも何というか……
はっ! だからまじまじと見ちゃダメだって!
「お二人はいかがでしたか? ちゃんとついてこれそうですか?」
「そっそうですね~僕なりに頑張ってみますよ」
「あっあたしも頑張ります!」
お付きの人に頭を洗ってもらいながらノーラ質問してくるので無難に答えておく。
しょうがない……相棒が暴れだす前にこれを使うしかない……副作用が嫌だけど背に腹は変えられない!
僕はアイテムから丸薬を取りだし素早く口に含む。丸薬を呑み込んだ瞬間から僕の体に変化が起こる。
平らだった胸が辛うじてBはあるかなぁ位に膨らみ、全体的に丸みを帯びていく。
そして二十年来の付合いだった相棒が……消えてなくなる!
僕が口に含んだ丸薬は『反転丸』と呼ばれるもので一定時間性別を反転させる効果を持つ薬で。
里を出るとき桜華さんがこっそりと作り方と共に持たせてくれた秘薬中の秘薬だ。
何で昨日使わなかったかって? 誰も入って来ないと油断してたのと秘薬の存在を忘れていたからだよ!
「あら、イズミさん……」
マズイ! 変化する前を見られたか!
ノーラの視線が痛いほど突き刺さる……
「……大丈夫ですわ。女の価値は大きさじゃありませんもの」
「え? ああ~! そっそうかな~僕の国じゃみんなこれくらいだよ!?」
最初はノーラの言葉の意味が解らなかったが、視線の先を見てようやく理解する。
でもまさか年下の女の子に胸の大きさで慰められる日が来るなんてね……
ははは……鬱だ。
「そうですの? そう言えばイズミさんの故郷の話しを聞いた事がありませんでしたわね」
何故かそれから僕の故郷について話す事になった。
と言っても僕の本当の故郷は異世界なので、ここではアキツ国の事にしておいた。ただし里の事には一切触れない。僕も命が惜しいしね。
みんなでお風呂に浸かること数十分。そろそろのぼせそうなので先に上がらせてもらう事にした。
何とか脱衣所まで行き体の水滴を取り、寝間着に着替えた所で反転丸の効力がきれた。
危なかった~もうちょっと長居していたらあの二人の前で元に戻る所だった。
緊張から解放され一息ついたその瞬間。僕の体を反転丸の副作用が襲う。
急に動きを止めた僕を不審に思ったのかリッカが声をかけてくる。
「どうしたんですか? イズミさん」
「……あ、ごめん。大丈夫」
「大丈夫ってフラフラしてますよ! もしかしてのぼせました?」
「いや、さっき使った薬の副作用……」
「薬って……もしかして急に女の子になったのって……」
「そう。故郷の薬だったんだけど……ごめんリッカ。部屋まで運んでくれる?」
僕は体中を襲う倦怠感と激痛に耐えながら部屋までリッカに連れてってもらう。
この薬の副作用はホルモンバランスを崩す事から引き起こる倦怠感と筋肉痛や関節痛、それに発熱だ。
簡単に言ってしまえばインフルエンザの症状と同じである。
まぁ副作用もそれほど長引かず今回は一晩くらいだと思うけど……ああ、やっぱり辛い。
ベッドに横になりながら昨日から起こった事を思い出していく。
はぁ初日の夜からこんな有り様とか……進む道を間違えたかな?
ふとそんなことを思いながらも夜は更けていく。ブラックスミスの修行は始まったばかりだ。




